怪我の治り方について、乾燥療法?湿潤療法?それぞれの特徴と細胞たちの働き-傷の治療(前編)

乾燥療法の特徴

乾燥療法は、傷口をしっかり乾燥させて「かさぶたを作って治す」方法です。今まではこちらが一般的でした。

傷口を乾燥させるとかさぶたが出来ます。時折、「かさぶたは血小板だ」などという説明がなされることがありますが、血小板以外にも血小板が作ったタンパク質の残滓や修復中に乾燥して死んでしまった仮の細胞に加え、血液中の様々なものが混ざっています。むしろ、量的にはそう言った細胞の方が多いので、血小板と言ってしまうのは乱暴な説明かもしれません。

このかさぶたはかなり硬質で、当然出血は防げますし、細菌や異物の侵入を防ぐ効果もあります。傷口が勝手に開かないように固定する効果もあるので、なかなか優れたアイテムなのですが、かさぶたの下では修復細胞達が非常に窮屈そうに活動しています。

放っておけば、徐々にかさぶたを押し上げながら細胞の修復をしてくれますが、かさぶたが邪魔で遅々として修復が進まないのです。先ほどの例で言えば、焼け出された瓦礫が完全に取り除けなかったために、建設作業の邪魔になっているような状態です。

最悪、完全に治っていない状態でかさぶたが剥がれてしまい、再び出血して新しい傷になっていまいます。かさぶたが痒いのも、周辺の皮膚細胞がかさぶたを異物だと感じて化学物質を放出しているからなのです。例えるなら、「火事」ほどじゃないにしても、「これ何? 邪魔なんだけど?」とガヤガヤと騒いでいる状態だと言ってもいいでしょう。

かさぶたのお陰で傷は強固に塞がれていますが、いわば焼け残った瓦礫で延焼が止まっただけの状態なので、健全な状態とはいえません。

湿潤療法の特徴

そこで、最近注目され始めたのが湿潤療法です。
湿潤療法と言うのは、傷口を乾燥させずに密閉し、「グチュグチュの状態のまま傷を治す」方法
になります。

傷口がドロドロの状態だとなんだか気持ち悪いかもしれませんが、そのドロドロは「線維芽細胞が作った仮の細胞や血小板がばら撒いたタンパク質で満たされた状態」なのです。つまり、「今、修復頑張ってます」と言う状態です。

ここで傷口を乾燥させてしまうと、修復を頑張っている彼らが干からびて死にます。

細胞というのは基本的には乾燥に弱いものです。水分で満たされているからこそ生きていられるわけで、むしろ乾燥に強い表皮が細胞の中でも異例なのです。厳密に言えば、体の一番外側を担当している表皮細胞は既に死んでいたりします。乾燥したくない細胞たちは、死体を外に並べて乾燥の盾にしているわけです。

傷口でも同じようなことが起き、乾燥して死んだ細胞たちを盾にして、粛々と細胞修復を行います。湿潤療法では、出来る限りこれらの細胞たちを殺さないようにするのです。

しかし、ジュクジュクの状態だと細菌が入り混んだり、繁殖したりするのではないかという懸念も確かにあります。可能な限り密閉してそれらを防ぎますが、最初の傷が出来た段階で入った細菌達も乾燥しないで生き残っているので、彼らが繁殖することも出来ます。

そこで獅子奮迅の活躍をするのが免疫細胞です。傷が出来ると同時に招集され、傷口に殺到します。火事場泥棒の細菌達は、瞬く間に御用となります。彼らは非常に頼もしく、地球上に存在する大部分の細菌や異物は免疫細胞が退治してくれます。稀に対抗できない細菌やウイルスがありますが、存在が稀で、殆どが人間たちに名前を知られて警戒されている有名人(エボラやエイズなど)ばかりです。

ちなみに、乾燥すると免疫細胞達も死んでしまう上に、死んだ細胞が邪魔で活動範囲が限られることになり、乾燥させた場合の方が免疫細胞をくぐり抜けた細菌達が暗躍しやすくなるようです。

傷の治りも早く、傷跡も残りにくく、感染症も防ぎやすい。メリットの多い方式ですね。

つまるところ、乾燥させて細胞を殺すのは非常にマズいということ。

人体には、基本的には人間に有益な細胞や物質が大多数を占めています。傷口を乾燥させれば確かにすぐに傷口が塞がりますが、人間に取って有益な細胞を大量に殺していることにもなります。有益な細胞が死ねば、異物や細菌が人体に害を為す可能性も高まりますし、修復自体も遅くなってしまいます。

逆に、水分を保って細胞を活かせば、害を為す細菌も生き残る一方で、圧倒的な大多数を占める有益な細胞も生き残っています。水分を保つと共に傷口を人為的に塞いでしまえば、細菌が新たに外から入り込むことはなく、有益な細胞が援軍として次々と集まってきます。最終的にはホームグラウンドで自在に活躍する免疫細胞が細菌を駆逐し、安全に傷の修復を行えるようになります。

そのため、敵味方の細胞をまとめて殺す乾燥療法より、敵味方含めて皆を活かす湿潤療法が優れているといえるのです。まとめて殺せと仲間を見捨てるより、敵に奪われる事を覚悟でせっせと仲間のために食料を運んだ方が良いということです。

湿潤療法はあらゆる面で乾燥療法に優っているのですが、洗って放置しておけば良い乾燥療法と違って少々手間が多いのがデメリットでしょう。ラップを使えば良いなど言われますが、ラップでは不適切なケースもあります。かさぶたで硬く覆われているわけでもないので、激しい運動などで悪化してしまうこともあります。

何でもかんでもこれ、と決めつけるのではなく、傷の状態や日頃の生活なども鑑みて最適な治療法を選びましょう。

後編へ続く