脳を侵して人を殺す寄生虫-「芽殖孤虫・フォーラーネグレリア」

感染症を起こす細菌・ウイルス・タンパク質の中には人を簡単に殺してしまうものがいますが、実は寄生虫の中にも人を殺す事のできる種がいます。

寄生虫の中でも、体内で分裂・増殖するような種を外科的に摘出することは非常に困難で、治療薬が進歩するまでは治療法の無い寄生虫というのが多数存在していました。今では「アフリカ睡眠病」を引き起こすトリパノソーマを含め、数多くの寄生虫症が治療可能となっています。

しかし、その中でも21世紀の現代でも治療が困難で、高確率で人を死に至らしめる寄生虫がいます。
それが「芽殖孤虫・フォーラーネグレリア」です。

芽殖孤虫―生態の良く分からない寄生虫

寄生虫の中には芽殖孤虫と呼ばれる寄生虫がいます。

芽殖孤虫は数ミリ程度の小さな条虫(サナダムシの一種)だと考えられていますが、人体では成体になれず、サナダムシとして知られる細長くて巨大な寄生虫にはなりません。体が大きくなるなら摘出も難しくはありませんが、芽殖孤虫は無性生殖により分裂・増殖していくため、外科的な摘出は困難です。

そして、芽殖孤虫にとって人間は最適な宿主ではないため、最適な宿主を探して人体の中を増殖しながら這いまわり、場所を選ばず増えていきます。全身に芽殖孤虫が蔓延り、最終的に増殖した芽殖孤虫が脳に入り込んだり、体内の主要器官で繁殖して機能を阻害すると、寄生された人間は死に至ります。

芽殖孤虫と同じように無性生殖して分裂・増殖するエキノコックスも人を死に至らしめる恐ろしい寄生虫とされてきましたが、治療薬が開発された事で比較的確実に治る病となり、恐ろしい寄生虫とみなされなくなっています。しかし、芽殖孤虫とエキノコックスの間にはある大きな違いがあり、それが芽殖孤虫の治療を困難にしています。

エキノコックスの成体は主にイヌ・キツネの腸内で見つかり、成体生んだ卵がイヌやキツネの糞に混ざり、それを体内に入れてしまった人やネズミの中で幼虫が育ち、その体をイヌやキツネが食べることで繁殖していく寄生虫だと分かっていますが、芽殖孤虫の成体についてはまだ何も分かっていません。孤虫というのは、成虫が分かっておらず条虫なのか線虫なのか明確に区別できないという意味でつけられていますが、成体の近い条虫類であろうと推測されています。

このため、感染経路が特定できず、わざと動物に感染させて行う治療薬の動物実験も行えません。さらに、感染した人間の数自体(十数例)も少ないため、その生態について全くわかっていないのです。

両生類や爬虫類を宿主とする寄生虫だろうと推測はされていますが、まだ詳しいことは分かっていません。基本的には、両生類や爬虫類がいる可能性の高い水をそのまま飲まないようにすることで感染は防げそうですね。

フォーラーネグレリア人喰いアメーバ

Naegleria_trophA(フォーラーネグレリア)

フォーラーネグレリアは「人喰いアメーバ」として有名な寄生虫です。

原発性アメーバ髄膜脳炎を引き起こすアメーバであり、鼻孔から入り込み、鼻孔組織を壊死させて脳に入って脳を徹底的に破壊するアメーバです。

脳を溶かしてそれを栄養として摂取するという生態を持つため、「人喰い」という形容されるアメーバになっています。感染力が低いため、口や胃を通過する経口摂取によって感染することはありません。しかし、温水を好むという性質上、人が泳いだり顔を洗ったりするような水に生息するため、鼻からの感染と言っても侮れるものではありません。

このアメーバは比較的容易に発見され、培養して治療薬の動物実験が行えるアメーバです。しかし、脳には「ブラッドブレインバリア(血液脳関門)」と呼ばれる脳の関所があり、脳に辿り着くことの出来る薬剤が非常に限られているため、決定的な治療薬がまだ見つかっていません。

有効とされる治療薬もいくつか見つかっておりますが、効果は限定的で感染例も少ない(130例前後)ことから、きちんとした効果のある治療薬が見つかるには時間がかかりそうです。ただ、助かった例もいくつかあるのがせめてもの救いでしょう。

その他の危険な寄生虫

日本で遭遇しそうな治療困難で危険な寄生虫は上記2種だけですが、他にも危険な寄生虫は沢山います(治療可能なものも記載)。

マイクロネーマ・デレトリックス

世界で2例しか発見されておらず、馬の感染例がいくつか報告されているだけで謎の多い寄生虫です。

脳に目で見えるレベルの寄生虫が大量発生するのが特徴で、感染例が極めて少ないことから救助された例はありません。脳で大量発生するという点で衝撃的に語られる事の多い寄生虫ですが、芽殖孤虫と同様に「感染例が極めて少ないため治療法がない」という点で共通しています。

寄生虫に限ったことではありませんが、感染例が少ないと治療法の研究も進まず「不治の病」のように扱われる事が多くなります。

トリパノソーマ(アフリカ睡眠病)

治療薬が見つかっていますが、致死率が極めて高いのがトリパノソーマです。

ツェツェバエを媒介にして寄生虫が体内に入り、体内で繁殖しなら脳へ入り込みます。脳で繁殖を始めたトリパノソーマは、人の睡眠リズムを崩すような働きを起こし、突然眠り始めたり、逆に全く眠れなくなったりする特徴があります。

徐々に意識が朦朧となって昏睡状態から死に至りますが、治療薬による治療が可能です。ただ、脳に入り込んで受けたダメージは修復されないため、様々な神経症が残る可能性が高いです。治療を行わなかった場合、大半が死亡します。

エキノコックス

エキノコックスは古くから恐れられている寄生虫で、日本で多数の感染例があります。キツネやイヌの糞に混ざり、糞の付いた農作物などを食べることで感染しますが、加熱などの殺菌で死滅するので予防は簡単です。

ただ、感染しても10年以上発症しないことがあり、じわじわと寄生虫が体内で増えていくのが特徴です。基本的には肝臓に集まる事が多いですが、脳や心臓などに寄生した場合は治療が遅れると死に至る可能性が極めて高い寄生虫症と言えます。

治療薬が存在するので早期発見できれば重篤な病にはなりませんが、進行が遅いので発見が遅れることもあり、重篤化することもある病気です。

寄生虫との戦い

寄生虫とはウイルスや細菌とは全く生態の異なる生物ですが、人間の体にとってはウイルスや細菌とあまり変わらない害を成す事の多い異物です。

治療法は大きなものや繁殖箇所が限られている寄生虫であれば外科的な手法で摘出しますが、それが出来ない場合は治療薬による治療となります。ウイルスや細菌よりも遥かに大きな寄生虫ですが、体の中で死んでしまった異物は自然と分解・排出されていき、傷を負った細胞も多くが修復されて元通りになります。

治療法の無い寄生虫による感染例は、「狂犬病・プリオン病・エイズなどの恐ろしい感染症」と比べると遥かに少なく、大半の寄生虫症が治療可能です。