「自然」はどこまで「自然」? 遺伝子操作が変える環境保護のあり方

シンセティック環境保護への流れ

現在進行中のプロジェクトには、絶滅動物の復活や、生物多様性を脅かす病気や外敵の駆除などが存在します。

数千年、数万年のスパンで文化や科学を考えるロング・ナウ協会は現在、複数の絶滅種を復活させるプロジェクトを進めています。2012年にはリョコウバトの復活、2016年にはニューイングランドソウゲンライチョウの復活プロジェクトが発足。将来的にはマンモスを復活させるプロジェクトも計画されています。

ロング・ナウ協会はこうした再生プロジェクトを「脱絶滅」(De-extinction)と呼称していますが、これはDNAを操作する技術活用をクローン作りだけで終わらせないという目標の高さが表れているように思われます。「脱絶滅」のステップは、まず復活させる動物が絶滅以前に暮らしていた生態系と現在の地球環境を比較することから始まります。その後、うまく今の環境と調和していけるモデルを考えた上で自然の中に放していき、最終的には生態系の中に調和させていく。個体ではなく、自然環境の中で存続する種を復活させることこそ「脱絶滅」の目標なのです。リョコウバトの例では北米東部の森、マンモスの場合はツンドラ地帯で「野生動物」として定着させることを目指しています。

絶滅動物を脅かす外敵の駆除にも合成生物学の技術が応用される兆しが見えてきています。アメリカに本拠を置く環境保護団体アイランド・コンサベーションは、絶滅危惧種の海鳥を守るため小島に住むネズミの駆除を行っている団体です。駆除には主に殺鼠剤を使っていますが、大きな島では効果が薄くなります。そこで、遺伝子操作を駆使したネズミ駆除へと研究の舵を切りました。

アイランド・コンサベーションはオーストラリアとアメリカの科学者チームと共同研究を行い、子孫がオスだけになるよう遺伝子操作を施したネズミを作成。このネズミにはさらに、DNAの継承の割合を偏らせて集団の遺伝子を急速に改変する「遺伝子ドライブ」という技術も組み込まれています。このネズミを野生ネズミの集団に紛れ込ませ、「オスだけが生まれる」遺伝子が集団内で広まれば、やがて繁殖できなくなって駆除される、というシナリオです。

そのようなネズミの個体が完成したのは20172月のことですが、すでに多大な議論を巻き起こしています。最も多い批判は、万一想定を超えてネズミが広がってしまえば、広い範囲の生態系をかき乱す可能性があるということです。一方でこの方式でのネズミ駆除の効果事態を疑問視する声もあるなど、実証を踏まない現時点では効果もリスクも未知数だと言うほかないでしょう。

合成生物学の技術を最大限活用すれば、地球環境や生態系をコントロールできる度合いは飛躍的に向上するでしょう。同時に、人間が脱絶滅させた生物が溶け込んだ生態系、あるいは遺伝子操作の結果環境によりよく適応して繁栄する絶滅危惧種などが出現することも予想されます。

その時、今の私たちが持つ「自然」という概念はどう変化するのか。
シンセティック環境保護は絶滅に瀕した動物の運命だけでなく、私たちと自然の関わり方そのものも変えていくのかもしれません。