単位の国際基準、メートル・秒・キログラムの定義とその変遷

 

1キログラムの定義

1キログラムの定義は、水1立方センチメートル分の重量を1グラムと定めたことから始まりました。1799年、それを1000倍したプラチナ製の重りを1キログラム原器と定め、1889年にはその重量をもとに国際キログラム原器が作られ、世界標準となりました。

当然ながらキログラム原器にもメートル原器と共通した問題、すなわち触ったりすることで削れてしまい、原器の重さそのものが変わりうるという問題がありました。現に1992年、世界各国で使われるキログラム原器の複製と重さを比較したときに、キログラム原器と複製の重量が食い違うという事件が起きています。


(キログラム原器のレプリカ。出展: Wikipedia_キログラム)

ところが、キログラムの定義は20世紀の間に変えられることはなく、実に130年もの間キログラム原器が使われ続けてきました。メートルや秒と同じくキログラムも物理法則に基づいた定義に切り替えるべきという意見はその間にもずっと存在し、ついに2018年、キログラムの定義を変更するかどうかの審議が行われることとなったのです。

重さとエネルギー量の関係を使う

相対性理論によれば、物質はエネルギーに、エネルギーは物質に変換することができます。信じられないかもしれませんが、原子力発電は質量をエネルギーに変えることで巨大なエネルギーを産んでいるので、これは紛れもない事実です。

理論上、エネルギーから物質を作る場合、その物質の重量は元となるエネルギー量に応じて変化します。このため、1キログラムにピッタリのエネルギー量が分かれば、それを1キログラムのエネルギーと呼べるわけです。

そこで、重さとエネルギー量の関係を使った定義を作ることになりました。これだけ聞くと複雑なようですが、豚肉1キログラムで3860キロカロリー摂れるとわかっていれば、3860キロカロリー分の豚肉を食べると1キログラム食べたとわかるのと理屈は同じです。

もし、豚肉1キログラムあたりのエネルギー量が完璧に毎回同じなら、これはそのままキログラムの定義になっていたことでしょう。ただ、残念ながら肉の持つエネルギー量はその部位や脂肪の量で大きく変動するので使えません。もっと完璧なエネルギー量を持つ何かが必要です。

ここで白羽の矢が立てられたのが「光」、厳密に言えば「光子」(光の粒子)でした。同じ重量でも部位や脂肪の量でエネルギー量が複雑に変わる豚肉と違って、光子のエネルギー量は条件が同じであれば必ず等しくなる上に、シンプルな計算で求められます。1キログラム分のエネルギーを持つ光子を使うことで、純粋に物理学的な方法で信頼性の高い基準を定められるのです。

ここで、1キログラムの重さの物質に等しいエネルギー量を計算してみましょう。物質が持つエネルギー量は、相対性理論の有名な等式「E=mc2(Eがエネルギー量、mが物質の重さ、cが光の速さ)で表せます。1キログラムの定義を決めたいので、重量は「m=1キログラム」となります。光の速さは「c= 299,792,458 m/s」と決まっているので完璧です。

この計算で、「1キログラム分のエネルギーは光の速さの2乗に等しい」ことがわかりました。光子のエネルギー量は周波数(振動数)によって決まるので、次は光子の周波数を計算すれば1キログラムの定義をすることが可能になります。

1キログラムに一致する光の周波数

光子の周波数を決定するためには「E=hν」(hはプランク定数、νは光子の周波数)という等式が使われます。これは周波数によって変わる光子のエネルギー量を計算するための式です。

ここまでで「E=mc2」「E=hν」という2つの式が出てきたわけですが、エネルギーを示す「E」は双方同じ数値です。つまり、これは「mc2=hν」に書き換えられます。「光の速さ(c)」と「プランク定数(h)」は常に一定で、「質量(m)は1キログラム」です。知りたいのは光子の周波数なので、これを変形すれば「ν=c2/h」となります。

これを数字に置き換えると、「ν = 299792458/ 6.626 069 57× 1034」です。
(6.626 069 57× 1034がプランク定数)

言葉で表すなら「1キログラムとは光の速さの2乗をプランク定数で割った周波数を持つ光子のエネルギー量と等しい質量」となります。何ともややこしい話ですが、光の速さの2乗をプランク定数で割れば、1キログラムと等しい光子の周波数が分かるということです。

プランク定数の決定

このようなキログラムの定義は、理論だけを言えばはるか以前から可能なことでした。しかし、今までは肝心の「プランク定数」が綺麗に算出されなかったのです。

「てか、プランク定数ってなに?」

と、気になるところでしょう。これは光子が1回振動する時に持っているエネルギー量のことです。この数字は実験によって求められており、実験によって出てくる数字は機材によって正確性が異なります。

そのため、1キログラムの定義を完璧にするためには正確なプランク定数を実験で算出する必要があったのです。そんな中で日本の産業総合研究所は2017年10月、世界最高レベルの精度でプランク定数の測定に成功し、キログラムの定義改定に大きく貢献しました。

まとめ

日常ですっかり使い慣れたメートルやキログラムは、元をたどれば200年ほどの歴史を有しています。成立から今日までの間、さまざまな経緯を経て変わってきましたが、その経緯は、より普遍的でより信頼できる基準を求めてきた歴史といえるでしょう。

メートルやキログラムの定義が変わっても、普段使うものさしや体重計の数字が変わるわけではありませんが、正確な基準を求める科学者たちの探求はこれからも続いていくのです。

事実、2022年には、国際単位系(SI)接頭辞に新しい接頭語が加わりました

SI接頭語とは「ギガ」や「テラ」のように、数字の大きさを示すときに使われる言葉です。

2022年に加わったのは、10の30乗を表す「クエタ」10の27乗を表す「ロナ」、そして10のマイナス30乗を表す「クエクト」と、10のマイナス27乗を表す「ロント」です。

ゼロが多すぎて途方もない数字ですね。

参考までに、1ギガバイトは10の9乗すなわち10億バイトです。1ギガバイトを10億倍して、それをさらに10億倍すると、10の27乗の1ロナバイトになります

こんなとてつもないスケールの数字を表記する必要性は、まさに科学の進歩が生み出したものです。

ナノテクノロジーや宇宙探査技術の進歩に伴い、宇宙の果てまで届くような巨大スケールの距離や空間、あるいは素粒子レベルの小さな世界を科学の概念で表現する必要が生じてきたのです。