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うなぎの生態と今後の展望、なぜ養殖が進まず、絶滅危惧種になったのか

国際自然保護連合(IUCN)によって、ニホンウナギが絶滅危惧種(レッドリスト)に加わった。

これが取引規制や漁獲量規制に直結するものではないものの、国際取引を規制する条約である「ワシントン条約」によって、規制される可能性が高まった。条約そのものの拘束力は無いが、日本には「種の保存法」と呼ばれる、条約を順守し野生動物を保護するための法律が存在する。条約により規制されれば、日本でも当然規制が行われる。

確かに日本人は鰻をよく食べるが、鰻は贅沢品であり、日本以外で大量に食べる国も少ない。そんな中、なぜ鰻の数が減り、絶滅危惧種にまでなってしまったのだろうか?

ニホンウナギの生態

ウナギという生き物は、見た目だけではなく、生態も普通の魚類とは一線を画す非常に独特な生き物だ。ウナギは川で生活し、海で産卵する。これは、海で生活し、川で産卵する同じ回遊魚のサケとは真逆の生き方と言える。

人間が観察しやすい川で産卵しているのであれば、稚魚の生態から追ってその生態を探ることが出来るが、海で産卵されるとそれが難しい。ウナギは、卵→幼体(レプトケファルス)→シラスウナギ→ウナギと成長していくが、各々で生態が大きく異なり、全てを把握するのが非常に困難である。

レプトケファルス(葉形仔魚)

ウナギの幼体は体長数ミリから数センチで、レプトケファルス(葉形仔魚)と呼ばれ、柳の葉の様に平たく透明だ。とてもウナギには見えず、海を漂うバクテリアの様な姿をしている。同様の形状をしているレプトケファルスはウナギ以外にも多数存在し、識別が困難だ。
この状態での生態把握が一番の課題であり、近年の研究でようやくマリンスノーと呼ばれる微生物の死骸や卵の集まりを摂取していることが分かっているが、マリンスノーはあくまで海中の「濁り」の様なものであり、具体的にどんな物を摂取しているのかまでは分かっていない。

シラスウナギ

海で生まれた幼体であるレプトケファルスは海流(北赤道海流→黒潮)にのり、少しずつ成長する。そして、河口に辿り着く頃には、細長いシラスの様なシラスウナギになる。今日、ウナギの養殖と言えば、この稚魚と呼べる状態のシラスウナギを捕まえ、十分な栄養を与えながら育てる事を言う。河口に辿り着いた段階では、ほとんど白か透明に近い色をしているが、河口で成長し、黄色から黒くなり、ウナギとなる。
卵から成体まで、うなぎを一生に渡って育てる完全養殖の研究については後述するが、商用レベルには達していない。

ウナギ

そして、川に辿り着いたシラスウナギは、塩分を含まない淡水の川で生活するウナギとなるための準備をする。その間に、人間に捕まると養殖ルートになるが、運良く捕まらなければそのまま川に上りウナギとして5年から10年ほど生活する。小魚から虫、エビなど非常に幅広く補食し、生息域も広い。
ウナギの特徴としては、ドジョウなどと同じように汚泥や浅瀬の水がほとんど無い所で生活出来るところにあるが、実はエラ呼吸以外に高い皮膚呼吸能力を持っており、表皮の水分に酸素を蓄え、水がなくても十数時間は生活出来る。

ウナギの産卵

ウナギは固定の巣や縄張りを作り、どんなに離れていても元の巣に戻ってくることが知られており、回遊魚の中でも特に方向感覚に優れた生き物である。成熟したウナギは、河口で海水に慣れたあと、エサなどは一切摂取せずに、まっすぐ産卵場所を目指す。ニホンウナギの場合、産卵場所はマリアナ海嶺であり、そこで生殖・産卵を行う。ヨーロッパウナギの研究では、遠い海をバラバラに渡って来るにも関わらず、生息域の近かったウナギ同士が生殖行動を行っているという報告もある。
産卵後まもなく、成熟したウナギは死んでしまうと考えられている。

 

レッドリストとワシントン条約

非常に興味深い生態を持っているウナギだが、回遊魚の特性上、エルニーニョ現象などの「海流変化に弱く」幼体であるレプトケファルスの状態で、正しい海流に乗れなかった群れはそのまま死滅してしまう。さらに、川で生息している以上、水質変化や護岸工事による環境変化をダイレクトで受け、餌などが取れなくなり数が減る。

それに追い打ちを掛ける様に、というか、最大の原因といえるのが人間(日本人)のシラスウナギの乱獲である。1950年以降増え続けたウナギ消費の殆どが日本であり、事実上ウナギが絶滅危惧種に指定されるに至ったのは、日本人が食べすぎているからと言っても過言ではない。

シラスウナギにまで成長しさえすれば、比較的生命力の強いウナギは容易に養殖が可能で、天然のウナギは5年以上かけて成長するところを、豊富な餌を与えられた養殖ウナギは2年前後で十分な大きさに成長する。ちなみに、天然ウナギの数そのものが減っている事もあり、現在市場に出回っているウナギのほとんどが稚魚から育てられた養殖ウナギだ。養殖の大半が中国で行われているが、それは日本人が安く食べるために中国で養殖しているのであって、中国人が大量に食べていると言うことではない。

そして養殖が主流とは言え、卵を生むところからシラスウナギになるプロセスまでは天然のプロセスであり、人間の及ぶところではなく、天然で生まれた稚魚を捕獲している以上、ウナギの絶対数は減っていく。

日本だけではなくヨーロッパでも需要があったヨーロッパウナギは、1970年代と比較し、10分の1にまで漁獲量が減り、2001年に絶滅危惧種に指定されている。ちなみに、急激に減ったのは日本への輸出が始まってからである。

そして、遂にニホンウナギの「稚魚」の漁獲量が、30年間で半分以下になったため、国際自然保護連合(IUCN)がニホンウナギを絶滅危惧種に指定した。絶滅危惧種には3つのレベルがあり、危険度の高い順に「寸前(CR)」「危惧(EN)」「危急(VU)」と分かれている。ニホンウナギは絶滅危惧レベルは「危惧」であり、ヨーロッパウナギの「寸前」に比べるとマシと言える。


IUCNの絶滅危惧種(レッドリスト)は、あくまで分類・警告を目的としており、それ自体が何か国際的な力を持つものではない。しかし、1975年に制定されたワシントン条約は少し趣きが違う。

こちらは、世界175[ヶ国が批准する国際取引規制の取り決めに関する条約であり、この条約で規制された動植物の取引が大幅に制限される。冒頭で述べたように罰則があるわけではないが、日本では法律に組み込まれており、条約で規制された動植物の取引を、国際取引だけでなく、国内でも規制出来るようになっている。

既にヨーロッパウナギは2007年のワシントン条約会議で規制することが決定しており、中国やヨーロッパからの輸入は行われていない。2010年にも、ニホンウナギと同様に「危惧」と分類されたタイセイヨウクロマグロを、取引規制するかどうかが話し合われた。結果的に否決されたものの、否決された理由はマグロの取引については、「大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)と言う、規制について話し合う専門の組織がある」からであり、マグロの保存に規制が必要ないからと言うわけではない。

実は、去年2013年のワシントン条約会議でもニホンウナギの規制を議論しようという動きがあったものの、日本側の意向で話し合われることはなかった。次回の会議は2016年頃と目されており、高確率でニホンウナギの規制について話し合われると思われる。今回は、マグロの時の様にウナギの漁獲について話し合う専門の組織などはないため、規制が決められる可能性は非常に高い。

切り札の完全養殖技術は間に合うのか?

現在、主なウナギの取引業者は、アフリカ産のウナギやインド洋のウナギに目星を付け、輸入を進めようと動いているが、遠からずヨーロッパウナギやニホンウナギの二の舞になることは目に見えている。

一時しのぎではなく、長期的にウナギを安定供給する方法も進んでいる。それが、ニホンウナギの完全養殖技術である。

昔からウナギの完全養殖については研究が進められており、ウナギの卵の人工孵化に成功したのが1973年の事だった。しかし、ウナギの幼体であるレプトケファルスに関しては、全く養殖技術のノウハウが無く、何を食べるかすらもよく分かっていなかった。そして、実に40年近く研究が進められ、ようやくアブラツノザメというサメの卵を食べることが分かり、完全養殖に成功した。

しかし、商用化には課題は山積みである。

まず、レプトケファルスの餌として与えているサメの卵は大量に入手できる類のものではなく、簡単に作れるもので代用しなければならない事。

次に、シラスウナギには雌雄が無く、自然環境で成長していく上で雌雄が決まる。シラスウナギを養殖すると、殆どが雄になるため、今は定期的に雌のホルモンを注入して無理やり雌にしているため、これもコストがかかります。雌雄を決める環境要因を特定し、雌雄の変化をコントロールできるようにならなくてはなりません。

これらの問題を解決し、基礎技術を確立出来るのが2016年頃と見られており、奇しくも次のワシントン条約の年と重なる。

完全養殖技術を確立し、国際取引に頼らないでウナギを生産することが出来るのか、それともニホンウナギ以外のウナギを次から次へと食べ尽くしていくのか、日本のウナギ文化の命運が分かれるのは、2年後の2016年になりそうだ。

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