サイトアイコン Stone Washer's Journal

「H2A、H2B、イプシロン」:日本の打ち上げロケットには、どのような違いがあるのだろうか?

日本には打ち上げロケットが三種類あるのをご存知だろうか?
H-IIAロケット、H-IIBロケット、そしてイプシロンロケット。

最も頻繁に打ち上げられているロケットはH-IIAロケットだが、時折H-IIBロケットの発射も耳にする。去年の9月にはイプシロンロケットの発射が何度も延期された末に成功したというのも話題になった。そこで、少し疑問に思うかもしれない。
「あれ? こないだ最新のロケット打ち上げていたけど、まだ古いロケット使っているの?」

実を言うと、この三種類のロケットは全て性質・目的の異なる別々のロケットで、様々な目的に合わせて使い分けられている。

関連記事
「はやぶさ2」の解説:ミッション一覧と装備
深宇宙彫刻「DESPATCH」とは?
超小型深宇宙通信実験機「しんえん2」
超小型探査機「PROCYON(プロキオン)」
ホップするローバーミネルバ2の性能は如何に?

打ち上げロケットとは?性能とその任務

打ち上げロケットの任務は、積み荷を宇宙空間の指定の軌道に乗せること。

 指定の軌道と言うのは、大きく分けて3つに分けられる。

最も低い高度で地球を回れる「低軌道」、低軌道より高く且つ地球の自転と同じ速度で回れる静止軌道までの「中軌道」、その更に外側で地球を回れる「高軌道」。場合によっては、月や別の天体を回る軌道や地球の重力圏を脱出するための軌道(厳密には軌道ではない)に乗せられる場合もある。

高軌道上に打ち上げられる場合、普通は打ち上げロケットの推力だけではなく、衛星側に搭載された推進エンジンも使ってこれらの軌道への投入が行われる。次に打ち上げられるはやぶさ2も、小惑星の軌道に合わせた投入が行われるが、大部分の加速がはやぶさ2のイオンエンジンによって行われる事になっている。

打ち上げロケットの任務は一回こっきりの片道ミッション。何度も使えるほどの信頼性は必要ない。一回の打ち上げに確実に耐えてくれて、使い捨てても良いモノを使う。打ち上げそのものにハイテク技術はあまり必要なく、ロシアは50年以上も基本設計を変えずにソユーズロケットを使い続けているほどだ。

そんな打ち上げロケットだが、どうやってモノの良し悪しを測ればよいのだろうか?

見るべきところは、「信頼性」「価格」「運搬能力(ペイロード)の3点。
信頼性や運搬能力と価格はトレードオフで、あちらを立てればこちらが立たない。信頼性が高くて沢山の荷物を乗せられるロケットは当然高いし、その逆であれば安い。

ロケットに積める燃料は限られているので、より高い軌道であればあるほど運べる荷物は少なくなる。そのため、「運搬能力(ペイロード)ってどの軌道に打ち上げる場合の話?」 となるため、非常にややこしい。

低軌道か中軌道のペイロードを記載するのが一般的だが、本記事ではペイロードや運搬能力を言う場合は、「低軌道打ち上げ時」のペイロードを記載する。

日本の主力打ち上げロケットH-IIA

日本の打ち上げロケットといえば、H-IIAロケット。
部品の殆どを国内生産する事に成功した前身のH-IIロケットをベースに、打ち上げ費用を安価に上げるために改良された型だ。

日本製は何でも高いと言われる中で、外国製の部品を使ったH-IIAロケット。全てを日本製にして信頼性が高い事を売りにしたい所だが、軍事転用も可能な打ち上げ事業はどこの国も本気で信頼性の高いものを作ってくる。日本製の僅かなアドバンテージに縋るくらいであれば、一部の部品に外国製を使った方が安上がりだったのだ。

H-IIAロケットは、「信頼性」「価格」「運搬能力」三種をバランスよく組み合わせた汎用型だといえる。

信頼性(発射成功率)は24/25(2014年11月時点)で、十分な信頼性がある。しかし、殆どの打ち上げが日本向けであり全体の打ち上げ回数が少ない。同クラスの打ち上げロケットでみると、シリーズ合計百回以上打ち上げながら9割以上の成功率を保っているロシアやEUのロケットに見劣りしてしまう。

運搬能力は低軌道で15tと申し分ない。打ち上げコストは、H-IIAより遥かに安価だが、11月頭に打ち上げに失敗して話題になった米国の「アンタレス」や世界で最も成功回数の多い「ソユーズ」ロケットのペイロードが7t前後であるから、倍近い重さの荷物を運べる計算になる。

価格は必死に下げて90億前後。本体費用以外にもメンテナンスや検査費用などを含めてのパッケージ価格だ。

今日では世界中で打ち上げの殆どが民間委託されるようになり、日本も三菱重工が打ち上げの殆どを管理している。そのため、何か打ち上げたい物があれば三菱重工に依頼すれば100億ぐらいで可能(宇宙にもの飛ばすには別の国家機関や国際機関に許可を取る必要がある)だ。

世界トップクラスの運搬能力を誇るH-IIBロケット

次に、H-IIAの大型モデルとなるH-IIBロケット。

H-IIAにそっくりだが、クラスタロケットに加えて補助ロケットを4本搭載するのが大きな特徴だ。

クラスタロケットと言うのは一箇所に複数のロケットエンジンを搭載するロケットで、既存の信頼性の高いロケットエンジンをそのまま使えるため、開発費用を抑える事が出来る。実際、H-IIAで使われているロケットエンジンを二機搭載することで信頼性をそのままに出力を高め、開発費用もかなり安く仕上げた。

打ち上げコストは更に高くなるものの、ペイロードが19tとなり世界トップクラスの運搬能力を獲得した。基本設計はH-IIAを踏襲しているため、信頼性は高い。ただ、H-IIA以上の運搬能力があるとはいえ、打ち上げコストが120億とやや高い。ライバルであるEUのアリアンロケットより高価で実績も低いため、諸外国は手が出しにくいだろう。運搬能力に特化した打ち上げロケットだ。

日本国内の打ち上げ需要だけでは打ち上げ実績を延ばす事は出来ず、むしろH-IIAの打ち上げで事足りてしまう。H-IIBを使うのは「こうのとり」宇宙輸送機を発射する場合のみで、せいぜい年に一回が良い所だ。海外の需要をどれくらい取り込めるかが鍵となる。

H-IIBの開発でクラスタエンジンの技術や大型ロケットにおける高い技術力があることは示せたため、あとはシリーズでの打ち上げ実績を積み重ねることがH-IIBの課題だ。今のところ「こうのとり」打ち上げ以外に使われる予定は無いようだが、コストの削減次第で他の衛星などの打ち上げにも使われるかもしれない。

(次ページ: 弾道ミサイルにも応用可能なイプシロンロケット)

弾道ミサイル技術への応用も可能なイプシロンロケット

次に、イプシロンロケットについて説明しよう。

記事上部の写真の通りサイズが圧倒的に小さく、運搬能力はわずかに1.2t。しかし、打ち上げ費用は40億前後で更に安くなる。そんなに安いなら・・・と思うかも知れないが、重さあたりの費用で見てみると利点は少ない。軽い衛星などであれば、大型ロケットの余剰スペースに入れれば事足りる。

しかも、このサイズの小型ロケットは小国でも作っており、インドやウクライナの方が安い。
何故、こんなロケットを作ったのだろうか?

 それは、イプシロンロケットは根本的にH-IIシリーズとはロケットの原理が異なっているからだ。H-IIシリーズは液体燃料型のロケットで、液体酸素と水素を別のタンクに入れて飛びながら混ぜて燃焼させている。この方式だと少ない燃料で強い推力を生むことが出来るため、殆どの大型ロケットがこの方式を採用している。液体燃料方式ロケットの欠点として上げられるのは、内部構造が複雑になる事と燃料をロケット内部に入れっぱなしに出来ない事。

しかし、イプシロンロケットが採用している固体燃料方式は、内部構造が簡単で燃料をロケットの中に入れっぱなしすることが出来る。小型化も容易で、安価で非常に使い勝手の良い方式のロケットなのだ。そのため、大部分の弾道ミサイルが固体燃料方式のロケットエンジンを使っている。

核ミサイルや弾道ミサイルに液体燃料ロケットを使うと発射までに時間がかかるため、肝心な時に使いにくくなってしまうからだ。こう言うと、まるで日本が核ミサイルを使いたくてイプシロンロケットを作った様に聞こえるかもしれない。事実、高度な原子力技術を保有する日本がその気になれば、核爆弾を作ることは可能だ。そして、その核爆弾をイプシロンロケットに搭載すれば、核ミサイルの出来上がりとなる。H-IIAロケットでも核ミサイルは作れるが、核攻撃を受けてからのんびり燃料を注入している時間は無いので無理がある。

そういう懸念もあり、イプシロンロケットに関しては某国から強い批判が浴びせられた。しかし、固体燃料ロケットの技術自体は液体燃料ロケットとは全く別のものであり、液体燃料ロケットには無い大きな利点が存在するのは確かだ。もし、安価なイプシロンロケットのコストが20億レベルにまで落とすことができれば、十分に採算の取れる打ち上げロケットになる。

安価なロケットを作っていつでも打ち上げられる状態で保持出来るということは、必要に応じてすぐに衛星や宇宙ステーションへの補給が可能になるということだ。打ち上げが失敗したり、何らかのトラブルですぐに打ち上げが必要な場合にも、イプシロンロケットは大きな力を発揮するだろう。

有人ロケットの開発は?H-IIAで打ち上げられないのか?

今、殆どの有人ロケットの打ち上げがロシアのソユーズによって行われている。なぜなら、ソユーズが最も確実で実績のあるロケットだからだ。

では、日本がそれを作る予定ないのだろうか?
H-IIAに人を乗せることは出来ないのだろうか?

結論から言えば有人ロケット開発の予定はあるが、H-IIAでは無理。

有人の場合、乗員の生存性確保と言う大きな課題が生じる。打ち上げ時の衝撃や振動対策もそうだが、帰還時の大気圏突入艇や非常時の脱出手段など、根本的に全く新しい技術開発が必要になるのだ。もし、帰りの手段や非常時の脱出方法を考慮しないのであれば、H-IIAの荷物代わりに人を入れることは出来るかもしれないが、それはもはや有人ロケットとは呼ばない。

米露欧に比べると日本の宇宙開発は少し遅れ気味だが、国力が圧倒的に異なる大国と同等の技術力を保有しているのは日本ぐらい。宇宙が大国だけのものではないと、示すためにも日本のJAXAには頑張ってほしいものだ。

モバイルバージョンを終了