人は毎日当たり前の様に、何の疑いもなく食べ物を口の中に入れています。口の中に入った食べ物は口で細かく噛み砕かれ、唾液に混ぜて緩やかになったところで食道に流されます。
では、口の中にはどのような器官があって、そこで何が起きるかご存じですか?多分、子供でも知っているでしょう。歯があって、舌があって、唾液腺から唾液が出る。その通りです。しかし、案外知っている様で知らない事も沢山あるもの。
虫歯は何故起こるのか、唾液にはどんな機能があるのか。また、昔から「ご飯はよく噛んで食べなさい」と言われますが、お米の様な柔らかいものを何故何度も噛まなければいけないでしょう?
知っているようで知らない歯について、本記事で簡単にご説明していきます。
エナメル質、全ての人が持つ最も硬い部分
「消化器官のしくみ」と題して、いきなり歯から始まるのを不思議に思うかもしれません。非常に硬質で、他の消化器官に比べると酷く異質な存在です。しかし、胃が胃酸によって食物を化学的に分解するのに対して、歯は物理的に食物を破砕すると言う意味では、重要な消化器系の器官といえるでしょう。
まず、歯と言うのは非常に硬い器官で、強力な顎の力を使ってあらゆる食べ物を破砕します。前歯と奥歯で形状が違い、前歯で噛み切ったものを奥歯で破砕するなど、歯によって与えられる役割も違います。肉食動物に見られるような尖った犬歯も健在で、鋭利な形状と丈夫な根を持ち、非常に硬い食物を噛み切ることが出来るようになっています。
歯の構造を示した図は、おそらく誰しも一度は見たことがあるでしょう。小学校かも知れませんし、虫歯になった時に歯医者で見せられたかも知れません。どちらにせよ、歯の構造を見る上で重要なのは二点。
表面部分であり、歯の中でも最も構造的に硬くて白いエナメル(Enamel)質の部分。
そして、歯髄(Pulp)と呼ばれる神経や知覚を司る部分。
特に、エナメル質の部分は人体の中で最も硬質な部位にあたります。カルシウム系の物質(リン酸カルシウム)をベースにしており、骨の一種と言っても良いのですが、組成の割合などが骨とは大きく異なります。硬さで言えば、骨の1.5倍。爪の3倍の硬度を持ちます。
想像しにくいかもしれませんが、ガラスや純鉄より歯は硬いというので驚きです。とはいえ、一般に見る鉄は強度を高めた合金ですし、鉄格子や強化ガラスを歯で壊せるとは思わない方が良いでしょう。ですが、細い鉄なら歯で壊せますし、抜いた歯でガラスに傷をつけてから叩いて割ると言う手口も過去にあったそうです。
歯の硬さ、意外に侮れません。
虫歯菌の働きと歯垢の意味
エナメル質と言う白い部分が硬いのはわかりました。しかし、どんなに物理的に硬くても、細菌が作る酸には敵いません。虫歯菌は口内に存在する糖分を栄養にして繁殖します。そして、迷惑なことに、糖分を食べた結果、排泄物代わりに酸をつくります。
実は、虫歯が作る酸は唾液が中和する働きを持っています。そのため、十分に唾液が分泌されている状態では、酸は歯に効かず、虫歯にはなりません。そこで、虫歯菌は唾液の中和作用を阻害するために、歯垢をつくるようになりました。歯垢で唾液をガードし、安全を確保したところで歯をジワジワ溶かすのです。歯垢は一般に食べかすと言われることがありますが、厳密には虫歯菌の代謝物です。
虫歯予防のブラッシングで重要なのはこの歯垢の除去です。ブラッシングだけで細菌が死ぬことはないのですが、唾液が正常に作用する口内では虫歯菌は何も出来ません。ただし、就寝時にはほとんど唾液が出なくなります。そのため、就寝前にブラッシングをした上で、うがいが奨励されるのですね。
食後にブラッシングが奨励されていますが、食後は唾液が十分出ています。歯垢がすぐに生成されるわけではないので、歯が綺麗であれば、虫歯菌が何をしようが大した影響はありません。そのため、食後のブラッシングは必ずしも必要なものではないと言う歯科医もいます。もちろん、口に残った糖分で細菌は繁殖しますし、ブラッシングをしたから唾液が出なくなるわけでもないので、食後の歯磨きが間違いということでもありません。
ちなみに、虫歯菌は他人の口内から移って繁殖します。そのため、親が口移しで食べ物を食べさせたり、キスなどで虫歯菌を移さなければ、その子供は虫歯になりません。稀に、歯を磨かなくても虫歯になら無い、歯垢ができないと言う人がいますが、そう言う人は口の中でほとんど虫歯菌が繁殖していない状態ということになりますね。
歯の異常を検知する歯髄
さて、虫歯菌の繁殖を防げなければ、酸で徐々に歯のエナメル質が溶けていき、溶けて出来た穴で虫歯菌が繁殖します。これが、虫歯です。
虫歯になると、虫歯菌で溶かされた歯で虫歯菌が大量繁殖し、もはや唾液の持つ殺菌作用やうがい、ブラッシングなどではどうしようもない状態になります。歯は目で見えず、エナメル質の部分には感覚器官がありません。歯科医などの診察を受けなければ、虫歯の有無は容易には確認できません。
しかし、一定レベルを越えて虫歯が進行した場合、虫歯の侵蝕は歯髄に達します。そうすると、人は痛みを感じることで歯の異常を検知できるのです。
歯髄には神経が通っており、歯の温度や虫歯による侵食などを痛みなどで検知することが出来ます。虫歯が痛む場合、この歯髄に虫歯菌が入り込んでいるか、虫歯や損傷によって薄くなったエナメル質を通し、急激な温度変化の影響を受けたかのどちらかです。
どちらにせよ、歯が傷んだ場合には何らかの異常があると言えます。顎から伸びる末梢神経が反応すれば痛むので、「痛み」=「虫歯」と言うわけではないのですが、どこかの歯がピンポイントに痛いと言う場合には虫歯の可能性が高いでしょう。
この歯髄には顎から伸びる神経と血管が通っており、神経は脳に、血管は心臓へと続いています。つまり、歯髄(神経)に達した虫歯菌は、血管などを通して脳や全身に広がることが出来るということになります。
死のリスクすらある虫歯の恐怖
所詮は虫歯。なんて、虫歯を馬鹿にする人もいるかもしれません。
しかし、虫歯と言うのは風邪とは違い、放っておいて治るものではありません。風邪が勝手に治るのは、体内の免疫細胞が細菌と戦いながら抗体を作り、体の中から排除してくれるからです。虫歯と呼ばれる前段階で、細菌が歯垢に隠れて少し歯を溶かしている程度であれば、唾液による再石灰化によって溶かされた歯を修復することが出来ますが、虫歯になってしまった状態ではそうは行きません。
そうして虫歯菌は口内から歯へと侵攻してきますが、歯には免疫細胞などはありません。つまり、歯で住処を作った虫歯菌は、歯が抜け落ちない限り決していなくなることはないのです。逆に言えば、抜け落ちる仕組みになっている歯は非常に賢いといえます。最高硬度の繋がった歯を修復しながら使うより、一つ一つ捨てられるようにしたほうが効率が良いですよね。
一応、ボロボロになった歯は自然に抜け落ちる様になっているので、そこまでいけば「治る」のですが、果たしてそれを治ったというのか疑問です。
さて、虫歯が歯髄に達した程度であればまだ何とかなります。歯を抜くか削れば、虫歯菌がそれ以上深くに入り込むことはありません。しかし、虫歯菌が一度神経に達してしまうと非常に厄介です。歯の中にいる内は、虫歯菌が移動できるスペースは限られていましたが、顎の神経に入り込んでしまえば暴れ放題です。
虫歯菌の侵攻を検知した細胞たちが非常事態状態になり、炎症反応を起こして何とか追いだそうとします。運が良ければ追い出すことも出来ますが、歯に拠点を持つ虫歯菌は次から次へと増えていきます。炎症が広がっていくと顎が腫れ、漫画やアニメにあるような「頬が腫れた」あの虫歯顔になります。ここまで来るとかなりマズいです。
ここまで来ると、虫歯ではなく「感染症」との戦いです。
感染症が悪化すれば脳や心臓に達し、機能不全を起こせば死に至ります。
その前に、感染症の原因となった歯が抜けるか、抜ける前段階として歯の根が溶け、神経部分が塞がって虫歯菌の増援を防げる様になっていれば良いのですが、そうなっていないとなかなか治りません。
虫歯が痛み、腫れ始めたらもはや抜き差しなら無い状態です。
歯は抜くことになるでしょうが、すぐに病院に行きましょう。
唾液との関わり
本記事の中でも、あちこちに唾液が歯を助けているような説明がありましたが、唾液というのは歯と密接な関わり合いがあリます。
唾液と言えば、食べ物を飲み込みやすくするための物質のように思われがちですが、実は虫歯を防ぎつつ、歯を修復する機能も持っているのです。
虫歯を防ぐだけではなく口内細菌に対する殺菌能力も持っており、食事と言う面だけでなく、免疫機構としても非常に重要な働きを持っているのです。そんな唾液について、次回の記事でご説明していきたいと思います。