潜水艦が沈没し、乗組員の救助や事故原因の調査などで必要になるのが深海に潜って活動できる装備です。海上自衛隊デは、潜水艦救難艦「ちはや」と潜水艦救難母艦「ちよだ」を配備し万が一に備えています。
イージス艦や潜水艦と比べると地味な役回りのためあまり知られていないのですが、この潜水艦救難部隊も、機雷掃海部隊と同じく世界トップレベルの水準を持った部隊です。
前編・中編で潜水艦救難の活動についてご説明してきました。後編では、その活動を高い水準で行える海上自衛隊の部隊についてご説明していきましょう。
※前編-深海救難艇と減圧症、沈んだ潜水艦から乗員を救出する困難と克服する方法
※中編-飽和潜水と潜水艦の脱出装具、人が水深100mを越える深海で活動するために
潜水艦救難艦「ちはや」と潜水艦救難母艦「ちよだ」
(潜水艦救難母艦ちよだ_JSMDF)
潜水艦救難艦と言うのは、「深海救難艇」や「レスキューチェンバー」と言った深海に沈んだ救助装備を運用する能力を備え、且つ救助した乗員の減圧症を防ぐための減圧室などを擁する艦艇の事を指します。
ちなみに、潜水艦救難母艦は潜水艦救難艦に潜水艦の母艦としての補給機能を搭載している艦艇のことです。狭い潜水艦で疲れた乗員を休ませ、潜水艦に魚雷・燃料・真水の補給を行い、洋上で潜水艦を再び活動可能な状態に戻せるのです。
ちはやとちよだは潜水艦救難艦ですが、この艦艇の特に優れているところは「飽和潜水」の設備を搭載している点です。飽和潜水については中編で詳しく説明していますが、要は深海にダイバーを送り込む特殊な潜水法のことです。
この設備があるお陰で、深海でも「深海救難艇と共に」ダイバーが現場に潜り、救助活動を支援することが出来ます。「ちはや」には深度450mに対応する圧力装備があり、深度450mの深海に潜って活動すると言う世界2位の潜水記録を持っています。また、ダイバーを送り込む場合、深海救難艇ではなく潜水用の圧力カプセルに乗って途中まで潜ります。
さらに、「ちはや」の深海救難艇(DSRV)は深度1000mの深海に潜れる能力があり、補助の小型無人潜水機(ROV)も搭載しているので、ダイバーが潜れない深海であっても深海救難艇に無人機が随伴してサポートしながら救助活動を行うことができるようになっています。
上の写真の中央部に白い物体がみえますが、これが深海救難艇(DSRV)です。これはクレーンなどで吊り下げられて海中に下ろされるわけではなく、艦の底がパカっと観音開きに開いてそのまま真下に下ろされる形で海中へ投下されます。
(深海救難艇が投下される様子)
(次ページ、救難任務と海上自衛隊の実力)
救難任務の概要と海上自衛隊の実力
救難任務では、まず沈没位置の特定から始まります。
救難艦は一隻しかいませんので、単艦でどこにいるか分からない沈没艦を見つけることは出来ません。通常、沈没艦の捜索は海中の人工物を捜索する能力に長けた「機雷掃海部隊」や「対潜哨戒部隊」と共同して行うことが普通です。
ダイバーはこの間に、飽和潜水に備えて加圧室に入る可能性があります。飽和潜水の準備には時間がかかるため、ある程度沈没艦の深度が把握できてさえいれば、この段階で備えておいた方が良いこともあるのです。ただし、加圧しすぎて減圧するとなると無駄に時間もかかるため、特定できていない場合は行わないでしょう。
沈没艦の捜索ですが、沈没艦の動力が止まっていれば音が出ない上、海底の凹凸に隠れていればソナーであっても見つけるのは容易ではありません。しかし、沈没艦に生存者がいれば艦の外壁を叩くなどをして盛大に音を立てている可能性も高く、通常のソナーでは見つからないような海底の凹凸の隙間に沈んでいたとしても見つけられる可能性があります。
そうして沈没艦の位置が把握できたら、海底の地形をデータと照合し、無人潜水装置や深海救難艇、場合によっては飽和潜水のダイバーを沈没艦に向けて投入します。
潜水艦の周囲に障害物がなければ、そのまま深海救難艇を潜水艦のハッチに接続し、深海救難艇の救助チームなどを派遣して乗組員を深海救難艇に移乗させ、潜水艇を引き揚げます。この際、深海救難艇内部の圧力は潜水艦の内部の圧力合わせてあり、それが高圧でそのまま外に出したら減圧症に掛かってしまうというような場合、乗員を艦内の減圧室へ移動して減圧治療を施します。
また、潜水艦のハッチの前に障害物などがあり、深海救難艇の装備では除去できないような場合、ダイバーや無人機が障害物の除去などを行います。
深海救難艇の大きさでは、すし詰めにしても二十数名程度しか乗り込めないため、最終的には何度も往復して救助活動を行うことになります。
数年おきに行われている国際合同演習、西太平洋潜水艦救難訓練(パシフィック・リーチ演習)において、海上自衛隊の救難部隊は諸外国のチームが救助に失敗する悪天候の中で救助に成功するなど、各演習で高い実績を残しており、飽和潜水能力と合わせて海上自衛隊の潜水艦救難部隊は世界トップレベルの救難能力があると見られているのです。
PS-2救難飛行艇の能力もさることながら、海上・海中問わず、自衛隊の救難能力は高い水準にあると言えますね。
潜水艦の救難以外にも、沈没船の生存者・遺体・遺品の捜索、装備回収など活躍する場は多く、減圧症の治療設備はもちろん、「救難艦」ということで医療設備も整っていることから、海難事故などの救難活動そのものをサポートする能力があります。
「ちはや」「ちよだ」の後継艦開発
2015年現在、旧式化したちよだの後継艦の開発計画が進んでいます。
2015年に就航したいずも型護衛艦にも、東日本大震災の教訓を踏まえた「災害派遣」のプラットフォームとしての機能が盛り込まれましたが、次期潜水艦救難艦開発では、「多目的救難艦」として側面が強く出るようです。
母艦としての補給機能はちはや同様ありませんが、そうりゅう型潜水艦は作戦行動時間が従来艦より長くなっており、従来の潜水艦のように洋上での補給は必要ありません。一回の任務に対して補給なしで作戦海域と母港を往復できますので、わざわざ補給艦は要りません。
さらに、番外編で取り上げる予定ですが、実は潜水艦救難は「パッケージ化」されつつあります。
極端な話、潜水艦の救難だけであれば、「深海救難艇」と「減圧症対策設備」があれば良いので、空輸して現地で組み立ててしまえば良いと言う発想です。米軍などはこの方式に移行する様になってきており、潜水艦救難艦がありません。
日本ではパッケージ化の動きはありませんが、潜水艦救難艦というだけで新造艦を作るのは少々時代遅れです。そのため、「ちよだ」の後継艦は「多目的救難艦」、もしくは昔に言う「病院船」としての側面も持つ新型艦といえるでしょう。
従来ではおおすみ型輸送艦などの大型艦にコンテナ型の治療設備を運び込んで使っていましたが、おそらく新型艦では医療設備やスタッフを強化し、潜水艦の救難を含め、あらゆる海難事故で最大限の能力を発揮できるような艦になるはずです。
[2016/10/18 追記] 非常にややこしい事になっていますが、「ちよだ」後継艦の名称も「ちよだ」と呼ぶそうです。そのまま置き換えになるようなので、運用的には問題ありませんが、本記事で取り扱った「ちよだ」は「初代ちよだ」のことです。「二代目ちよだ」の方もそのうち記事にするかもしれません。
ちなみに、かなり面倒くさいのですが「二代目」というのは潜水艦救難艦としては二代目の「ちよだ」という意味で、「ちよだ」という読み方をする軍艦としては実に五代目にあたります。つまり、初代ちよだと言った方は歴史的には「四代目」にあたるということですね。ややこしいです。