ジェネリック医薬品(後発医薬品)と言うのは、先に開発された先発医薬品の特許が切れて他社で生産されたコピー品であり、言ってみれば合法的に生産される廉価版の医薬品です。
先発医薬品の特許が切れているので同じ先発医薬品に対して複数の会社がジェネリック医薬品を生産しており、世の中には似たような医薬品が大量に存在していることになります。開発費も殆どかからず、同じ成分で作られるジェネリック医薬品は一体どうやって差別化しているのでしょうか?
当然ながら、同じ先発医薬品に対して作られた複数のジェネリック医薬品は効果が全く同じなので、薬の効果という面で大きな差別化はできません。しかし、このジェネリック医薬品メーカーの努力により、医療業界は大きな変化を迎えようとしています。
ジェネリック医薬品が安い理由
ジェネリック医薬品は、市場では多くの場合先発医薬品の半額前後の価格が付きます。これは、先発医薬品を開発したメーカーがその薬品を開発するために投じた莫大な開発費が医薬品の価格に含まれていないからですが、薬の原価自体はたいした事が無いため、薬の価格の大半が開発費や各種経費に割かれていると言っても過言ではありません。
つまり、莫大な開発費が無くなるだけで、薬の価格は大幅に下落するのです。製品によっては、実に先発医薬品の2割(8割引)の値段で売られている物もあります。
とはいえ、ジェネリック医薬品を開発するにも多少の費用が必要です。開発にあたっては、「先発医薬品と全く同じ成分の薬品をどうやって作るのか」「安定した品質を保てるのか」「生産設備は十分か」「本当に同じ効果があるのか」など、必要なコストは無視できません。
それでも、先発医薬品の開発に比べれば遥かに楽です。ジェネリック医薬品の開発が「マニュアルを見ながらプラモデルの船を作る作業」なら、先発医薬品の開発は「プラスチックの固まりを溶かしながら写真も無しに船を作っていく」ようなものです。その労力に割かれる時間とコストは比べ物になりません。
そんなジェネリック医薬品ですが、世界的なジェネリック医薬品の広がりに遅れて日本でも増大する医療費負担を減らす目的で2009年より政府が本格的にジェネリック医薬品の普及に乗り出し、5年間で40%近い普及率増加を達成(18%→56%)しました。
差別化要素の少ないジェネリック医薬品
ジェネリック医薬品の最大の特徴は、「効果が同じなのに安い」という点です。
しかしその一方で、効果が同じで安い製品をどのメーカーでも作れてしまうため、同じ成分・同じ効果のある薬品が多数出回ってしまうことになります。先発医薬品では、似たような効果であっても成分が違うので、全く同じ効果が出るということは無いので選びようがありましたが、ジェネリック医薬品は成分が同じなので、メーカーが違っても効果が全く同じであり、どこを使えば良いのか分かりません。
10年前であれば、製造方法や形状の違い、管理体制の違いなどによって品質に大きな差があったため、同じ先発医薬品に対して作られた同じ成分のジェネリック医薬品であってもメーカーによって使用時の効果が違うなんてこともありました。しかし、成分だけではなく、生物に投与した場合に本当に同じ効果が出るかを確かめる同等性試験が強化されてからはそう言った事も殆どなくなりました。
つまり、本当に効果が変わらない薬品になってしまうため、ジェネリック医薬品のメーカーは薬の効果以外でジェネリック医薬品を差別化しなければならなくなりました。
(次ページ:価格競争以外の多彩なアプローチ)
価格競争以外の多彩なアプローチ
ジェネリック医薬品の売りが「安さ」である以上、当然「もっと安く売る」と言うのが一つの差別化要素でしょう。
実際に、多くのジェネリック医薬品のメーカーで、自社製品の価格をひたすら価格下げると言う戦略が取られたこともありました。しかし、メーカー同士の過酷な価格競争が行われた結果、各社共に利益が上がらなくなり、生産中止になって新しい薬が作られなくなる事態が多発したため、政府の規制もあって価格競争による差別化は一定の落ち着きを見せます。
そこで始まった差別化の方法は実に多彩なものになりました。
- ニッチなジャンルへ先行や住み分け
- 薬の付加価値
- 生産体制やサポートの強化
- 独自の技術
ニッチへの進出
その一つは、まだ他の会社が進出していないニッチなジャンルの医薬品を開発する事です。ニプロファーマや富士製薬がこれに近いアプローチをしています。
ジェネリック医薬品と言うと口から飲む服用薬がメインに思われがちですが、注射薬や点滴薬にもジェネリック医薬品は存在します。また、希少な病気にだけ使われる薬品だったり、特定の症状が出た時にだけ使われるものだったり、限られた病院でしか使われない薬品というものがあります。
広く使われる医薬品はそれだけ需要が大きく、ジェネリック医薬品を使う側も大きなコスト削減が望めますが、その分競争が激しくなります。しかし、ニッチなジャンルの医薬品は需要が少なく、使う側としてもそれほど大きなコスト削減に繋がりませんが、競争は少ないので価格は安定します。
また、ニッチなジャンルの医薬品であっても全国的に見れば十分な数量になり、それを独占できれば企業としては大きな利益に繋がります。さらにそう言ったニッチな業界に先に進出した場合、先行して独占したメーカーが支配的な利益を得る事が出来るため、後から他のメーカーが出てきても、わざわざニッチな用途の薬品を入れ替えたりすることはありません。
こうして主要な薬品以外のニッチなジャンルにもジェネリック医薬品が進出した事で、医療業界全体のコスト削減が実現しました。
薬の付加価値
効果と価格以外に差別化要因が無いと思われがちのジェネリックですが、実は「使い方」や「見た目」の面で差別化が可能です。第一三共エスファなどが得意としています。
口の中の唾液で溶ける「口腔内崩壊錠」などが良い例で、水の摂取が制限されるような病気や喉に薬が引っかかる人は水と一緒に固形の薬品を飲む事ができません。そのため、口の中で上手く溶ける薬が必要になるのです。使い方としてはそこまで主流ではないため先発医薬品で作られる事がなく、ジェネリックならではの製品となります。東和製薬は口の中で崩れやすく触っても崩れない薬の技術を開発し、様々なジェネリック医薬品に応用しています。
また、薬品の印字や形状を工夫する事で、医療従事者がより薬を扱いやすくするような工夫も見られます。薬の誤投与は致命的な医療ミスになるため、見た目が似ている薬を同じ病院で扱う事は非常に危険です。そこで、見た目を他の類似薬と変えたり、薬の名前を印字する事で他の薬とは違うことをひと目で分かりやすくするのです。レーザー印刷によって小さな薬にも印字が出来るようにした沢井製薬の技術もこれに分類されるでしょう。
つまり、アプローチとしては、医療関係者や患者さんがより薬を安全に使いやすくするための工夫と言えるでしょう。
生産体制やサポートの強化
薬が足りなくなると患者さんの命に関わります。
急な病気の流行や想定外の患者さんなどがあると、病院にストックしている薬が一気に少なくなる事があります。そうした場合に素早く追加の薬を発注して届けてくれると言うのは、薬を使う側としては非常にありがたいのです。
生産体制や供給体制を強化する事で急な薬の需要にも対応できるジェネリック医薬品メーカーと言うのは、病院や薬局から高い信頼を得られるため、会社そのものの差別化要素として大きなアピールが出来るでしょう。特に、国際的な製薬企業であるマイランやテバなどは世界各地に製造拠点を持っており、世界的に見て高い供給能力と技術力を持っています。
また、その病院のための「オーダーメイド薬品」の製造などを請け負うことで、他のジェネリック医薬品メーカーとは一味違った立ち位置を得ることも可能です。
独自の技術
その他にも、根本的に作るのが難しい薬品のジェネリック医薬品・医療材料というのも存在します。
遺伝子組み換えによって生産されるバイオ医薬品や、高度な生産設備が必要な注射剤や吸入剤、インプラント医療の材料やパッチなど、どこのジェネリック医薬品メーカーでも作れるわけではないジェネリック製品というのも数多く存在しています。
薄利多売が基本となるジェネリック医薬品の中でも、利益を上げやすい分野であり、世界第二位の製薬企業ノバルティスファーマの「サンド」のような大手メーカーのジェネリック部門などではこう言った高度な技術が必要なジェネリック医薬品などが主流になることが多いです。
ジェネリック医薬品によって変わる医療
価格ばかりがピックアップされやすいジェネリック医薬品ですが、「同じ効果の薬を多数の会社が作る」事で価格以外にも大きなメリットが生まれています。
先発医薬品のメーカーは効果だけに注力しがちでしたが、効果が同じ医薬品では別の道を探らなくてはいけません。価格や効果だけが薬にとって大切なことではなく、薬を使う側に対する配慮というのも薬を使う上で大切な事です。
薬をより安全に使うため、薬をより使いやすくするため、薬が必要な時に必ず届けるため、ジェネリック医薬品の製造メーカーは日々努力しています。
こうした差別化の努力によって、医療業界は大きな変化を遂げようとしているのですね。