扱いの難しい水素の貯蔵問題に関しては、前回の記事で様々な解決策があることが分かりました。
しかし、問題は貯蔵だけではありません。水素をエネルギー源とする燃料電池は排気に水しか出さない事でクリーンだとされていますが、その水素の製造時に二酸化炭素などを排出したのでは意味がありません。また、水素を作るために膨大エネルギーを使うことで、結果的により多くのエネルギーが消費される社会となっても困ります。
水素がどのように作られ、水素がクリーンなエネルギーであるために越えなければいけない課題について考えて行きます。
水素の製造方法、電気分解か石油の改質か
水素を製造するための方法は大きく分けて3種類あります。
1つ目は、言わずと知れた水の電気分解。
2つ目は、石油などから水素を取り出す改質。
3つ目は、光触媒を利用した人工光合成。
これにも一つ一つ利点と欠点がありますので、比べて行きましょう。
水の電気分解で水素を作る
(水の電気分解と燃料電池のしくみ_FCCJ)
燃料電池が水の電気分解の逆の反応だと説明される事が多いように、水素の生成も水の電気分解によって行う事が出来ます。
上図の電気分解では水素生成時の腐食や効率の問題から白金を用いていますが、白金以外にも炭素や鉄、銅、ニッケルなど様々な金属を使うことができます。技術的なハードルも低く、家庭で簡単に出来る実験としても知られていますね。
しかし、電気分解による水素の生成には致命的な欠陥があります。それは水素の生成に膨大な電力を使うことです。
もちろん、水素の製造に電力を使っても、燃料電池として電力を取り出せるので生成に使った電力が無駄になるわけではないのですが、水素から取り出せる電力は水素を作る時に必要な電力の半分以下であり、残りの半分は熱などの別の形で放出されてしまいます。
つまり、電気分解により水素を作り、水素から電力を取り出すと言うのは、大雑把にいうと「電気(100)→水素→電気(40)+熱(30)+他(30)」のような過程を経ていることになり、どうしてもエネルギーのロスが出てしまいます。
ただ、放出された排熱を暖房や湯沸かしなどに使い、可能な限り無駄を出さないようにする事で最初に投入された電力を回収することができるため、これも使い方次第と言えるでしょう。
とはいえ、電気分解によって水素を大量生成するような施設はまだ作られていない上、電気分解に使われる電力の多くが火力発電によって賄われている現状では、この方法で作られた水素はクリーンとは言えないでしょう。
風力、水力、太陽光、原子力による発電が主流になれば、この方法での水素生成も選択肢の内に入れる事も出来るかもしれません。
- 利点
- 水から無尽蔵に作る事ができる
- 二酸化炭素が出ないのでクリーン
- 欠点
- 生成に膨大な電力が必要になる
- 必要な電力の生成法次第ではクリーンではない
- 既存の大規模生産施設がほとんど無い
石油などから水蒸気改質を利用して水素を作る
(水蒸気改質_TDK)
では、今現在燃料電池などに使われている水素はどのようにして作られているのでしょうか?
実は今使われている水素の大半が石油から作られています。
つまり、結局のところ水素も石油から作られている化石燃料と同じだということです。
石油の主成分は炭化水素であり、その中でも最小のものがメタンです。メタンは1つの炭素と4つの水素から成り立っており、水蒸気と反応させると水素と一酸化炭素が生まれます。更にその一酸化炭素と水蒸気を反応させれば、水素と二酸化炭素が生成されます。
水素を作るのに二酸化炭素が発生してしまっているので、これでは全くクリーンではありません。
ただ、これで水素がクリーンなエネルギーではないと考えるのは早計です。というのも、この水素生成はガソリンや灯油を作る過程のついでに行われる事が多いからです。特に、一酸化炭素と反応させて水素を作ると言うのがポイントです。
一酸化炭素は様々な工場のあらゆる過程で発生しますが、そのまま大気に放出するのは極めて危険な有毒な物質です。そのため、一酸化炭素が発生した場合は、水蒸気を反応させて水素と二酸化炭素で放出するというプロセスが加わるため、石油精製施設や製鉄所、炭酸水生産施設などでは必ずと言って良いほど水素が副産物として生産されています。
この副産物を利用すれば、水素の精製のために余計な化石燃料を使わずに済むでしょう。また、石油ベースで水素を作る事が出来る施設は国内のあらゆる場所に存在していることもあり、しばらくはこれらの施設を使って水素を作っていくことになりそうです。
再生可能エネルギーから電気分解で水素を作れるようになるまでの繋ぎという位置づけですが、すぐに安価で大量生産が出来るというのは大きな利点になりますね。
他にも、メタンが都市ガスに含まれていることを利用し、水素を使いたいときに都市ガスから改質して活用するという方法が既にエネファームなどで行われており、幅広い利用法が考えられるのも特長です。
- 利点
- 既存の施設でそのまま水素の大量生産が出来る
- 石油精製時に出る一酸化炭素を利用して作れる
- 欠点
- 化石燃料をベースにしており再生可能エネルギーではない
- 水素の生成時に二酸化炭素が発生するのでクリーンではない
(次ページ:人工光合成によって水素を作る)
光触媒を利用した人工光合成によって水素を作る
(人工光合成のしくみ_産総研)
電気分解と石油の改質以外で注目されているのが、光触媒を使った人工光合成の利用です。
※関連記事:植物の光合成と人工光合成は何が違うのか?人に有用なエネルギーを作る力
これは、光触媒を利用した反応で自ら水素を取り出すという反応で、植物の光合成と同じような原理で水素が作られています。この方法であれば水素の生成に石油も電力も必要ないため、最も理想的な水素の生成方法だと言えるでしょう。
光触媒は発見された当初こそ水素を作るための手法として注目されましたが、太陽光からのエネルギー変換効率が0.1%程度というその効率の悪さから忘れ去られてしまいました。現在では、光触媒を利用した抗菌作用に注目して様々な分野に活用されています。
しかし、そんな光触媒の技術も進歩しており、太陽光からのエネルギー変換効率が2%まで向上しています。これが電力からのエネルギー変換効率であれば最悪(発電所では40%程度)ですが、太陽光からのエネルギー変換効率ですのでそこまで悪くありません。太陽光発電ですら、発見された当時は1%程度でした。また、植物の光合成によるエネルギー変換効率が0.3%程度であることに比べれば、非常に高効率だと言えます。
この人工光合成の技術は、水素エネルギーを利用した燃料電池の進歩と共に再び注目されるようになり、変換効率が2011年から4年で5倍以上になっています。人工光合成による水素生成が実用レベルにするためには変換効率が10%程度は必要であると見られており、2022年の実現を目指して研究が行われているところです。
さらに、太陽光を使うといえば太陽光発電が有名ですが、太陽光発電のエネルギー変換効率が現在20%前後なので人工光合成の効率が2%程度なら太陽光発電で作った電力の電気分解で水素を作った方が良いですね。
ただ、太陽光発電も人工光合成も必要なエネルギーが太陽なので、同じような場所に同じような形で設置されそうです。将来的には、水素生成施設と太陽光発電施設が同じ所に出来るかも知れません。
- 利点
- 太陽光から直接水素を生成出来るのでクリーン
- 電気分解のように生成に電力などが全く必要ない
- 欠点
- 水素の生成効率が極めて低い
- 新規の設備投資が必要で光触媒も高価
水素がクリーンなエネルギーであるために
水素がクリーンなエネルギーであるための課題は非常に多いです。
電気分解をするなら「電気分解に使う電力はクリーンなのかどうか」
石油改質を行うなら「水素生成のためだけに石油が消費されていないか」
人工光合成なら「設備投資に使われたエネルギーを回収できる効率があるか」
などが考えられます。
人工光合成であれば効率は悪くてもクリーンなので問題はないのですが、あまりにも効率が悪いため、設備に使った資材の分だけのエネルギーが回収出来るかどうかが課題です。また、人工光合成と太陽光発電はどちらも太陽光のエネルギーを使っているという点で共通しており、現状は人工光合成の設備を作るなら太陽光発電の施設を作った方が有用ということになります。石油の改質は、水素エネルギー社会が広がるまでの過渡期に使われる事はあると思いますが、将来的には減らしていきたい製造方法です。
光触媒は研究途上であり、現実的には電気分解による大量生成となるでしょう。しかし、電気分解に使われるエネルギーがクリーンな再生可能エネルギーでなければならず、そちらの整備もまだまだ進んでいません。
まだまだ発展途上ではありますが、再生可能エネルギーへの転換はどちらにせよ進めていく必要があることで、その中で石油に変わるエネルギーとして水素エネルギーが広がっていくことになるでしょう。
そうして水素が大規模に利用されるようになれば、水素エネルギー社会を支えるインフラの普及が不可欠です。そこで、次回は水素エネルギー社会を支える水素インフラについて、お話していきたいと思います。