水素が世の中に普及するためには、貯蔵と製造の問題がクリアされた上で水素を市場に供給するための水素インフラが構築されなければなりません。水素インフラと一口に言っても、それは単に水素を製造して輸送するためのシステムを指すのではなく、水素を効率的に消費するための構造などもまとめて水素インフラと呼びます。
水素は人が自力で製造・消費する事が可能な石油燃料に代わる未来のエネルギーと目されおり、そのインフラ構築は未来の水素エネルギー社会を作るための必須要件とも言えるでしょう。
そんな水素インフラと言うのは、どのようにして作られていくのでしょうか?
未来のエネルギーを運用する水素インフラとは?
(水素利用の一例_新関西国際空港)
水素インフラと言うのは、水素の「製造→貯蔵→輸送→利用」までのプロセスを効果的に運用するための構造のことです。製造と貯蔵の手法については簡単にご説明しましたが、ここで重要になってくるのは輸送から利用までのプロセスです。
上図は新関西国際空港が計画中の水素グリッドプロジェクトの一例ですが、この構図はそのまま日本国内のインフラに当てはめる事が出来ます。
再生可能エネルギーなど、クリーンな製造方法により作られた水素を高圧水素タンクや液化水素によって貯蔵し、消費者に配布するための水素ステーションなどに運びます。こうして、水素ステーションなどに運ばれた水素は暖房や温水の供給と同時に発電を行う事が出来るため、不安定になりがちな風力・太陽光発電の補助や非常時に発電を行いつつ冬場の暖房機器のエネルギーとして活用する事も出来るようになります。そして、水素ステーションを拠点に燃料電池車の燃料として水素を活用することで、二酸化炭素を全く排出しない水素インフラが完成する事になるのです。
また、この水素インフラを広げるのに役立つのが、「移動式水素ステーション」のような手軽に水素を運べる装置です。
(移動式水素ステーション_イワタニ)
上図のモデルは35MPa充填用であり乗用車の半分程度のサイズの小型モデルです。70MPaのタンクに使うと半分程度しか充填出来ないので非常用と言えるかもしれませんが、70MPa充填が可能なものでもトラックやワンボックスカーに収まるサイズにはなるのでガス欠時にJAFを呼んだら積んできてくれるかも知れません。
ただ、これだけの大きさがありながら充填出来るのは2台程度です。この大きさで2台なので、大きなトレーラーでも数十台分の供給量しかありません。水素ステーションにも大きな貯蔵タンクや水素生成設備が備えられていますが、それらの供給力も一日数十台程度に留まっています。単にそんなに大量に燃料電池車が出回っていないから要らないというのもあるのですが、ガソリンに比べると供給量が少ない感は否めず、水素インフラを普及させていく上での課題となっています。
しかしながら、輸入に頼る化石燃料を製造から消費の燃料インフラに加えない事で、日本単独でエネルギーインフラを構築出来るという点は大きな強みです。また、水素が高密度のエネルギーを貯蔵しているという点で別のメリットも生まれています。
水素は電力と熱エネルギーを運ぶ道具
水素エネルギーの製造方法は様々ですが、それを利用する際には大半が「電力」と「熱」に変換されて利用されます。
これが水素エネルギーの利点を理解する上で重要なポイントです。
熱は「燃料を燃やす」事で手に入り、電力は「電池から取り出す」ことで手に入ります。水素から取り出せる熱エネルギーは膨大ですが、燃料から取り出せる熱量も十分なものがありますし、電力からも熱は取り出せるので敢えて水素を使う必要はありません。しかし、電力を貯める事が出来る電池のエネルギー貯蔵量は体積・重量あたりで見ると極めて小さく、電力を貯蔵する方法として電池はかなり能率が悪いのです。
そこで水素が注目されています。
燃料電池車と電気自動車を比較した際に走行距離に大きな開きがあったことからも分かるように、水素が電力エネルギーを貯蔵する一形態と考えてみると、水素のエネルギー密度は電池に比べて圧倒的に優れているのです。
つまり、水素というのは電力や熱を効果的に運ぶためのツールといえます。
もちろん、電気を作るだけであれば石油を発電機に入れて発電する方が効率が良い部分もあるのですが、有毒な排気ガスを出してしまう関係で使える状況は限らますし、未来の電力インフラを作る燃料として検討できる方法ではありません。再生可能エネルギーで発電した電力を電池に蓄えるのも素晴らしいのですが、電力容量の関係で用途が限られます。
そこで、長期的に安定して生産できるクリーンな燃料でありながら、電力や熱を大量に蓄えられるというのが水素の大きな利点となるのです。
再生可能エネルギーを運ぶ水素
他にも再生可能エネルギーを運搬する道具としても水素は有効です。
再生可能エネルギーの普及を妨げている要因に、「発電所から消費地への距離」や「発電量と需要のギャップ」が存在しています。再生可能エネルギーを効果的に発電できる場所から消費地まで離れていて送電ロスがあったり、天候や季節によって発電量が変わってしまうようでは、再生可能エネルギーを今後の電力需要を賄うためのエネルギーとするには大きな不安が残ります。
実は、この問題を解決するのが水素です。
発電所で作られた電気は送電の際に一部失われてしまうため、発電所は消費者の近くにおかれなければなりません。北海道の広大な土地に作った風力発電所の電力を東京まで送ろうとすると、どうしても無視できないレベルの送電ロスが出てしまいます。また、洋上に作った巨大な太陽光発電プラントも夜や雨天時には発電出来ません。
しかし、これらの電力を水素という形に変えて貯蔵し、必要に応じて水素で発電したり船や鉄道を使って運搬することで送電ロスや不安定な発電量を是正する事が出来ます。
また、中東の砂漠地帯に大規模な発電・水素製造プラントを作り、そこで製造した水素を石油の代わりに運ぶという手法もあるでしょう。
四季や雨季のある日本で太陽光発電を行うより、砂漠の真ん中で太陽光発電を行った方が効率が良いのは明らかです。問題は中東で作った電力を日本に送電する方法がないことでした。しかし、水素を効果的に活用するインフラができれば、地球の裏側の電力を水素に変えるという方法で再生可能エネルギーを供給することができるようになります。
また、水素はほぼ無尽蔵に作れるため、石油のように油田の残量によって大きな価格変動が起こる事もありません。
その水素を運ぶために化石燃料を使っていたら本末転倒ですが、将来的に石油を代替する燃料として水素は大きな可能性を秘めていると言えるでしょう。
次回は、現実的に水素エネルギー社会を作るためにどのような計画が練られているかについてご説明していきましょう。