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抗がん剤は何故高い?薬剤の値段を分ける開発コストと市場規模

抗がん剤がいくらするかご存じですか?
がんの種類や薬の種類にもよりますが、基本的にはかなり高価です。一錠数万円するものもあれば、ジェネリック医薬品で一錠数百円の薬まで。一錠百円もかからない市販薬と比べれば大きな差ですよね。

そして、抗がん剤治療ともなれば、その高価な薬を毎日数回飲むことになるのです。月々の負担はどんなに少なくても10万円には達しますし、数十万円の治療費を毎月払っているご家庭だってあるでしょう。高額医療費制度や保険を使ったとして、何年間も払い続けられる費用ではありません。

どうして抗がん剤はこれほどまでに高いのでしょうか?

薬の値段はどうやって決まるのか?

薬はどれも小さいですし、原価なんてたかが知れています。
そのため、「製薬会社がぼったくっている」のだとか、「命に値段をつけて金を稼いでいる」のだとか、「製薬会社と国がつるんでいる」のだとか、色々な陰謀論的な主張が存在します。

しかし、こうした主張はどれも根拠が希薄ですし、製薬会社は大きな経済力を持っていて批判しやすいだけというのもあり、どうにも説得力に欠けています。

そこで、薬の値段はどうやって決まるのかについて考えてみましょう。

薬の価格を決めるのは大きく分けると、影響の大きい順に以下の4つ。

  1. 薬の開発費
  2. 市場の規模
  3. 市場の相場
  4. 薬の製造費

開発費

ジェネリック医薬品は別ですが、薬剤の価格の大部分が薬を開発するために掛かった開発費です。

薬を一つ開発するのに、平均で20年の開発期間と800億の開発費が掛かると言われています。この開発費には設備や資材のコストから開発要員の給料が含まれていますが、忘れてはいけないのが「ボツになった薬の開発費」です。

がんに効果のある化合物を発見し、この化合物を使って薬を開発するとなった時に色々な試行錯誤の結果、効果のない薬や人体に有害な薬も出来てしまいます。こんな薬は販売出来ないと判断するまでに掛かる経費も、やはり販売までこぎつけた薬品の開発費に乗っかってきます。実のところ、開発された薬の9割がボツになると言われており、薬剤開発と言うのは相当にコストの掛かる事業なのです。

なんとか販売までこぎつけられれば良いですが、プロジェクトそのものが失敗に終わり、全ての開発費が無駄になることもあります。そうなってしまうと、製薬会社にとっては大赤字となり、別の製品の利益からその赤字を穴埋めすることになるのです。

こう言った様々な要因からかかってくる開発費が、一つの薬の価格に乗っかっています。

市場規模

開発費の次に重要なのが市場規模です。

市場が小さければ、その薬はあまり沢山売れない製品となるでしょう。そうなると、1000万人が10錠分の薬を使ってくれるなら800億の開発費を回収するのに一錠あたり800円の開発費を乗せるだけで済むところを、十分の一の市場なら100万人が10錠で一錠あたり8000円の開発費が薬に乗っかることになります。つまり、市場が小さいと、開発費を負担する患者さん一人あたりの負担額が倍増するということです。

ただし、開発費の回収と言うのは何年もかけて少しずつ行っていくので、後発品が出にくい薬や競合の少ない市場であれば、単価を下げて少しずつ開発費の回収を行う事もできるでしょう。

開発費に比べると、時期や地域によって規模が大きくかわるため、非常に判断の難しい部分です。

市場相場

また、市場相場も重要な要素でしょう。

他社の薬品より安ければ当然使ってもらいやすくなりますし、高ければ使ってもらいにくくなります。その辺りは、開発費や市場規模との相談になりますが、ジェネリック医薬品なども登場するようになってきているため、先発医薬品は価格勝負がしにくくなってきています。

また、特許切れの薬品を模倣して作られるジェネリック医薬品では、上述の莫大な開発費が大幅に削減されるため単価が大幅に下がる傾向があります。値下げ合戦になって相場が崩壊することを避けるため、価格を下げる余裕があっても、現状の相場に合わせて価格決定がなされることがあります。

製造費

また、製造費も価格決定の要因の一つです。

薬の3Dプリンター(WIRED)なども海外で認可されるようになりましたが、薬というのはプラスチック製のCDケースのように工場のラインの金型だけ変えて同じ機械で作れるわけではありません

薬の製造方法によって別々の機械を用意し、原料を調達し、製造しています。そのため、薬によって全く新しい工場ラインを作らなければいけなくなる場合もあり、そうした製造のための投資費用も薬の価格に乗っかります。

薬一つに使われる原料の量こそ大したことはないのですが、薬によっては動物の内臓から採取しているものもあり、大量製造が難しい薬も存在します。そうした薬の場合は、原料のコストも薬の価格に影響してくることでしょう。

基本的には開発費と市場規模が価格決定の重要な要素となりますが、薬の価格を考える場合、こうした要素の関係をよく理解しておくことが大切です。

(次ページ:抗がん剤が高価な理由)

抗がん剤が高価な理由

本題に入りましょう。

結論から言うと、抗がん剤が高いのは「認可がおりない薬品が多くて開発費がかかる」ことと「市場(利用者)そのものが小さい」事が理由です。

がんの患者数は80万人を越え、死者は30万人以上。また、日本の死亡者の4人に1人ががんで死亡しているということを考えれば、市場が小さいと言われても「そんなわけはない」と言い返したくなるでしょう。しかし、その一方で糖尿病の患者は700万人以上、その多くが何年も通院して薬を使い続けます

そうなんです。がんの市場が小さいと言われる理由の一つは、「がんの患者は薬を長く使う前に亡くなる」事が多いのです。抗がん剤の効果が不十分なのが悪いのですが、必然的に一人あたりの薬の使用量は減りますし、一錠あたりに乗る開発費も増えてしまいます。また、抗がん剤の薬は人体に有害なものも多く、がんに罹っても薬を使わずに治療するケースも多く、がんに罹ったからと言って苦しむ抗がん剤を使わない事も多いというのも市場(利用者)が狭くなってしまう要因の一つです。

がんに効果のある薬を作るだけでも一苦労なのに、仮にがんを縮小させる効果があったとしても人体への副作用が強すぎて認可が降りずに販売出来ないケースも多く、他の薬と比べて全体の開発費がかかりがちな薬品だというのも抗がん剤の価格が高騰する理由になっています。

副作用に関しては動物実験などで早期に確認できるのですが、少しでも大きな副作用があったら開発が止まる糖尿病の薬などとは違い、多少の副作用が許容される抗がん剤はそのまま開発が進んでしまう事が多いです。そして、実際に臨床試験が始まってみると思ったように効果が上がらず、副作用が強くて使えなかったとなり、開発は失敗となってしまいます。抗がん剤は効果が無いのに副作用が強い薬の代名詞として使われる事が多いですが、市場に出回っているものは「まだマシ」な薬だと言えます。

また、抗がん剤によって効果のある部位が違い、確実にがんを治療出来る薬というのが存在せず、選ばれる薬が分散してしまうのも悩みの種。全体として薬が使われていても、それが分散してしまえば結果的には薬価が上がってしまいます。

開発費がかかるのに使う人が少なく、使ってくれても患者が死んでしまう事がある。
それが抗がん剤なのです。

もちろん、命に関わるがんに対する薬であるため「高くても使う人いるため相場が上がる」というのも、抗がん剤が高くなる理由の重要な要素の一つとして挙げない訳にはいかないでしょう。

それでも抗がん剤は作られる

抗がん剤は製薬会社にとっても、患者にとっても負担の大きい薬です。

しかし、それでも抗がん剤は作られます。

それはある意味、抗がん剤は製薬会社にとっても患者にとっても夢のある薬だからです。患者にとってがんの宣告は、ある意味死の宣告にも聞こえるはずです。そんながんが治るのであればいくらでも払うという患者は多く、製薬会社としては開発費が掛かっても、効果があれば開発費を回収した上で大きな利益を出す事ができます。

抗がん剤の薬価を語る上で、その莫大な利益について議論されることが多いのですが、抗がん剤で利益を上げている製薬会社がある一方で開発に失敗して大きな赤字を出している製薬会社もある事を忘れてはいけません。また、抗がん剤で莫大な利益を上げている製薬会社も、抗がん剤を開発するまでに相当な開発費をつぎ込んでいるはずです。

抗がん剤は副作用が強く効果が曖昧で、価格が高いために医薬業界の悪として語られがちですが、製薬会社だけを責めることは出来ないでしょう。抗がん剤治療を提供する医者。それを選ぶ患者。認可を出す政府。それぞれに責任があるはずです。

抗がん剤が高いからといって安易に製薬会社を非難せず、製薬会社側の事情も少しは踏まえた上でがん治療を選ぶと良いかもしれません。

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