ここまで様々な比較を行ってきましたが、どちらも一長一短でかなり難しい比較になってきました。武器は互角でも防具は騎士、適応力は武士ですが、戦術は騎士に若干有利という判断になっています。異論もあるかもしれませんが、もう一つ費用面での比較をしてから、総合評価を出したいと思います。
武士と騎士の装備や戦闘に要する費用
武士の武器・防具・適応力・戦術の比較まですれば十分だろうと思うかもしれませんが、「質」だけを比べても強さの比較はできません。「戦術面」で複数で戦う戦闘を想定した以上、その数についても比べる必要があるでしょう。
また、戦争は始める前から準備の段階で勝敗が決まっていると言いますが、これは戦争に対してどれだけの戦力を整えられるかで勝敗が決まるということを意味しています。戦力を整える上でまず大切なのが「費用」ですが、戦うための費用というのは武士と騎士でどれほどのものだったのでしょうか?
戦争にかかる費用は大きく分けて、「武器の費用」「防具の費用」「傭兵の費用」「糧食の費用」の4つです。ここに注目しながら考えていきましょう。
武士の費用
武士の大きく分けて刀・槍・薙刀・弓とかなり絞られており、バリエーションはあれど基本形は同じです。格が高くなってくると質の良いものを用いましたが、形状や近い方が大きく変わるわけではなく、基本的には「良いものほど丈夫でよく斬れる」という程度の違いしかありません。
名刀はそれこそ高価な代物でしたが、安物の刀を手に入れるのは容易です。槍や弓も同様で、当時から武器の大量生産が可能でした。コスト的に見て、それほど大きな負担にはならなかったでしょう。
防具に至ってもそれは同じで、役職持ちクラスの武士こそ意匠に拘った鎧を着ていましたが、戦国時代の武士の鎧である当世具足は「戦争のための鎧」として考えられており、機能性だけではなく生産性も求められていました。強固な胴体部分に対して手足は従来の防具を踏襲しており、武士の防具も極端に高価なものではなかったようです。
また、人によって体格が違うのでサイズを合わせる必要がありますが、当世具足は鎧同士の繋ぎ目に積極的に紐などを用いていたため、余程の肥満体でない限りどの鎧にも体をフィットさせる事ができました。サイズを合わせるための小さな隙間が弱点にもなるのですが、同じ規格で大量生産するためには重要なポイントです。鎧をフリーサイズにすることで、安価に製造できるようにしたということですね。
武士階級だけでは戦争はできません。傭兵を雇う必要があるでしょう。この場合、足軽が傭兵に近い立場にありました。武士が足軽に対して一定期間毎に費用を支払うこともあれば、主が召し抱えてしまう形のケースも多く、雇用形態は一様ではありません。しかし、足軽が武士よりも戦闘に優れているということはなく、数合わせの側面が強い兵士です。最悪、農民にお金を払って調達すれば良い話で、それほど費用のかかるものではありません。
戦争には糧食が必要です。武士の場合には米・大豆・塩を中心に糧食が形成されており、米と大豆は日本のほぼどこでも大量栽培が可能であり、塩も海から大量生産が可能となります。戦場に持っていく場合には加工が必要ですが、この三種だけで炭水化物・タンパク質・脂質・ミネラルが最低限摂れ、醤油や味噌などの調味料も揃うため、糧食にもさほど費用はかからないと言えるでしょう。
戦争にはお金がかかるものですが、武士でもそれは変わりません。しかし、こうしてみると武器・防具・兵士・糧食に至るまで、どれも大量調達が可能なものばかりです。どうやら、武士の戦費は合理的に抑えられていたと言えそうです。
騎士の費用
騎士の武器と一口に言ってもかなりバリエーションがあります。汎用性の高いロングソードやパイクなどは比較的大量に作られましたが、ハルバードやツヴァイハンダーなどの技量が必要な武器はそれほど沢山は作られていません。職人としても一つの武器生産で食べていけるわけではなく、騎士のニーズに合わせて様々な武器を作る必要があったようです。
武器のコストがやや高くなってしまいますが、上流貴族の騎士でもない限り高い品質は求められない上、ロングソードやパイクなどは製造が容易であり、高価なものと安価なものに差があったと考えれば、平均的なコストはそれほどでも無いでしょう。
ただし、フルプレートアーマーのような鎧は別です。完全に体を金属で覆う防具であるため、着用する人によって特殊な調整が必要になります。サイズ調整のための専門の技師などもおり、防具を販売する商人にも簡単なサイズ調整の技量が求められました。さらに、製造自体にもそれなりの技術が必要だったため、武器に比べて非常に高価だったようです。
また、騎士の鎧と言ってもフルプレートアーマーだけではなく、様々なバリエーションがあり、全く別の特徴を持った鎧が多数存在しました。そのため、職人はそれに合わせて鎧を作らなければならず、かなりのコストがかかったようです。
傭兵の調達に関しても武士とは少々異なった事情があります。パイク兵や弓兵のような下級兵士で構成される兵士は安価に調達できますが、西洋には騎士並に装備が整ったプロの傭兵がいました。彼らに支払う費用は当然相応のものになるため、やや高くつくこともあるでしょう。それでも、農兵のような立場の兵士もいたため、一様にコストが掛かったわけではありません。
騎士の糧食は、小麦・芋類・肉・魚・乳製品とかなり幅広かったようです。小麦と芋はどこでも摂れるので良いのですが、タンパク源となる肉・魚・乳製品が地域によって調達できないこともあり、地域差がありました。特にタンパク源の安定供給が難しく、糧食がパンや芋だけだったケースも多かったようです。
騎士といっても国がバラバラなので、糧食事情が整っていたかどうかはその国によるのかもしれません。
比較と結果
ここで、武士と騎士の戦費について比較してみます。費用的にコストが少ない方を挙げて行きましょう。
- 武器の費用:互角
武士の刀の生産は工程が多く手間が掛かって費用が高そうに思われますが、刀の職人は需要も高かったことから刀だけを作ればよく、生産効率という面では十分に優れたものでした。騎士の武器はバリエーションがあり、生産効率は悪かったと予測されます。ただ、騎士の武器は武士の刀に比べれば加工が容易だったため、安価なものはかなり安価です。
- 防具の費用:武士
騎士の防具は防御力が高い分非常に手が込んでおり、かなり値の張るものでした。武士なら2領あった鎧も騎士はメインのフルプレートアーマーが1領で、予備に軽装なものが何領かあるだけという形です。サイズに合わせて作る必要があり、中古のものでさえ調整費用が必要になります。その点、生産性重視の当世具足はかなり安価な防具だったといえるでしょう。
- 傭兵の費用:武士
武士が数合わせに足軽を使っていたのと比較すると、西洋の戦場では騎士よりも傭兵が主力となるケースもあり、傭兵の費用はかなり高くつきました。ただ、単純に武士階級の数が西洋の騎士に比べると多く、「武士の数」>「騎士の数」という構図ができており、騎士に払う費用の代わりに傭兵に払っていたと考えることも出来そうです。
- 糧食の費用:武士
糧食の費用は単純に文化の差です。米・大豆・塩という大量生産が容易な安価な材料だけで必要な栄養価が賄える文化があった農耕民族の日本武士に対して、西洋騎士は狩猟民族の文化がベースでした。必然的に肉類に頼る部分が増え、当時の畜産技術では肉類安定供給は困難となり、糧食のコストは高くなりがちです。小麦やイモ類も優秀な糧食ですが、タンパク源が不足することから長期的な糧食として考えると不十分でしょう。
費用的な面では武士が有利という結果になりました。つまり、大規模な戦力を整え長期間戦うことを考えた場合には武士が有利になるということです。特に、日本は農耕技術の発展と足軽の活用に伴って戦闘規模と継戦能力が飛躍的に高まりました。
一方、西洋では騎士が中心となっていた時代ではそれほど大きな戦力は確保できず、糧食の確保も略奪に頼ったケースも多く、遠征が可能な期間も限られています。皮肉な事に、マスケット銃と戦列歩兵が発達で騎士階級が廃れた事によって戦費の事情が変化し、西洋の戦争も大規模・長期化する事になります。
ある意味、戦争を行うための準備という面では武士が先を言っていたと言えるかも知れません。
【その5へ続く】