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酵素とは?化学反応を自在に制御する生物界の職人-酵素のしくみ(1)

酵素は健康に良いもの、化学反応を媒介するもの、鍵と鍵穴の構造で働くもの。どれも正解ですし、何が間違っているということではありません。ただ、酵素というのは普通の人が考えているほど単純なものではなく、科学の世界でもまだまだ良くわかっていない部分の多い非常に特殊な物質です。

また、酵素というのは生命活動には絶対に必要な物質であり、酵素がなくては生物の活動が説明できません。細菌のような小さな生物では、持っている酵素の違いが生命活動の全てを分けることもあるほどです。人間でさえも、食べ物を食べてそれがエネルギーになるまで、全ての過程で酵素が関与しています。酵素がなければ人間は成り立ちません。酵素を理解することは、生物を理解することにも繋がるのです。そんな酵素について、ここでは詳しく扱っていきます。

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酵素は「専門技能を持った職人」のようなもの

酵素は様々な言葉でその存在を語られます。「仲介者」「触媒」「鍵穴」など、どれも的確ですがなんとなくイメージのぼやける言葉です。具体的に何をするのかが分かりやすい言葉としては、「職人」という喩えが良いのではないかと思います。

職人というのは、特殊な技能を持って専門的な仕事をする人のこと。金属加工職人であれば与えられた「金属を特定の形に加工する技能」がありますし、染物職人であれば「布を綺麗に染め上げる技能」を持っています。しかし、金属加工職人には木材加工は出来ませんし、染物職人に壁面塗装は出来ません。

酵素もそれと同じです。違いと言えるのは、「酵素の仕事の大半が化学反応である」という点でしょう。酵素にはそれぞれ「特定の部材を使って特定の仕事をする(化学反応を起こす)技能」がありますが、それ以外のことは全くやりません。これを基質特異性(一つの部材しか扱えない)と反応特異性(一つの仕事しかしない)と呼びますが、酵素の重要な特徴の一つになっています。

例えば、人間の唾液に含まれるアミラーゼという酵素はデンプンに含まれる物質を糖類に変えるスキルがあります。しかし、タンパク質や脂肪などの栄養素に対しては何もしません。その代わり、デンプンを糖類に変える仕事に関しては圧倒的な能力を発揮します。

また、酵素という職人は非常に頑固者で、特定の環境でしか働きません。酸性度(pH)と温度が適した環境になっていないと全く働かないのです。言ってみれば、少しでも暑かったり寒かったりすると何もしない職人みたいなものです。

先ほど例に出したアミラーゼは中性付近じゃないと働きませんので、唾液の中では働きますが強酸性の胃の中では何もしません。一方、胃の中ではペプシンという酸性の環境でタンパク質を分解する酵素があり、デンプンには何もしませんがタンパク質だけは徹底的に分解してくれます。

そして、腸ではペプシンが働かなくなり、別の酵素によって食べ物が消化されていきます。吸収された栄養素は、今度は体内にある様々な酵素によって形を変えていき、最終的には必要な形になって臓器に送り届けられ、酵素を通して消費されます。

これは加工製品が世の中に出回るのと同じです。金属塊を金属板に変える職人。金属板を部品に加工する職人。部品を組み立てる職人。検査する職人。それぞれの職人が一つ一つの過程で自分の仕事を行い、一つの製品が完成します。これと同じ事が酵素でも行われているということです。

人間の体の中にある酵素の数だけで数千種類以上、自然界には数万の酵素があると考えられています。動物の活動から微生物の発酵に至るまで、その全てが酵素のなせる技。酵素を「自然の中で与えられた仕事をこなす職人」だと考えると、しっくり来るのではないでしょうか。

酵素が働くメカニズム

本当の職人には手足があり、道具を使って仕事をします。酵素には自由に動く手なんてありません。どのように働いているのでしょうか?

酵素が「鍵穴」と言われるのは酵素が働くメカニズムに由来しています。実は、酵素は全て別の形をしていて、加工する(化学反応起こす)物質や結合に合わせた形状をしています。

例えば、アミラーゼやペプシンのような消化酵素は特定の結合(グリコシド結合やペプチド結合)にピッタリ合う形状をしています。そして、この結合をみつけるここぞとばかりにくっつき、加水分解によって特定の結合を外していく(分解)のです。

つまり、鍵というのは反応を起こす物質(基質)にあたり、鍵穴は酵素というところでしょうか。形がぴったり一致しないと作用しないという点で、「鍵と鍵穴」という説明がなされるのです。

そこで、形が似ているとどうなるのだろう? という疑問が湧いてきます。

実は、鍵や鍵穴の形状が全く同じで別の物質という事は十分にあり得ます

酵素としては別者なのに鍵穴の形が全く一緒になってしまったことで、別の酵素なのに全く同じ仕事をする酵素というがあります。これはアイソザイムと呼ばれますが、言ってみれば「同じ仕事をする別の職人」ということでしょう。これはどちらかというと偶然生まれてしまうものですが、条件によって生まれる数が変わるため、体の疾患などを発見するマーカーに使われることもあります。

また、形の似ている鍵が鍵穴である酵素に入ってしまうことで、「酵素が仕事をできなくなる」事があります。これが疾患に繋がることもあれば、起こしたくない化学反応を抑制することもできるため、偽物の鍵となる物質が薬などに応用されています。

酵素をそのまま利用するだけではなく、そのメカニズムを応用することでも人の生活が豊かになっているのですね。

 

次回: タンパク質である酵素を口から入れると何が起こる?

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