潜水艦の能力に関する情報で最も重要なのが隠密性を左右する「雑音特性(静粛性)」と索敵能力に関わる「ソナー性能」であることは前回ご説明しました。しかし、潜水艦の能力に関する情報で重要なものはそれだけではありません。
次に重要なものとして挙げられるのが、「潜水可能深度」「水中速力」「水中行動時間」です。これは潜水艦の作戦能力を分ける重要なポイントで、これに関する情報が敵方に渡ると潜水艦の作戦行動に大きな支障をきたします。本記事ではその理由について、簡単に解説していきましょう。
潜水深度-どこに隠れられるのか?
潜水艦の機密情報といえば、代表的なものが「潜水可能深度」です。
公表されている情報はあるのですが、公表されている情報の中でも特に信用出来ないのが深度の情報でしょう。最低でもどれくらい潜れるのかという情報は敵国だけではなく友好国にとっても必要な情報なので公表されますが、本当の限界については秘匿します。
どうしてそこまでして隠す必要があるかというと、潜水艦を探す側の「どこを探すか」という判断は探す潜水艦が「どこまで潜れるのか」で変わってくるからです。
音波の届き方は海の深さ(海水温)によって変化します。そのため、音を発して反射音を聞き取るアクティブソナーでは探したい深度に合わせて発する音を変えなければなりませんし、海の奥深くに沈めるソナーを使う場合にも探したい深度に合わせてソナーの深度を調整しなければなりません。もし、探そうとしている深度よりも深くにいれば、いくらソナーを使っても見つけられません。
また、潜水艦は自らが音を出すことは殆どなく、基本的には他の潜水艦が出している小さな雑音を拾って潜水艦を見つけます。この音も深度が違えば聞き取りにくくなるため、同じ潜水艦でも深度が100m以上違えば、場合によっては互いに相手を見つけられずにすれ違ってしまう可能性すらあるのです。
例えるなら、地中に潜る小さな虫を見つけるようなもの。虫が深く潜っていることに気付かずに浅く土を掘っても見つかりませんし、実は凄く浅いところにいるのに毎回深くまで掘っていると、見つけるまでに時間がかかります。探す側は適切な深度を探すことが大切なのです。
潜水艦サイドとしては、深く潜れる事がバレてしまうと相手は深くまで探しますので、基本的には「深く潜れない」としておく方が好都合でしょう。もちろん、かなり浅いところまでしか潜れない場合には「深く偽ることで探索に時間がかかるようにする」というのも一つの手かもしれません。
もしこの「潜行深度」の情報が漏洩した場合、相手はその深度まで確実に探すようになるでしょう。そうなると深くまで潜っても見つかりやすくなりますし、元々深くまで潜れない場合には浅い深度を広く探索されるようになり、見つかるリスクが高まります。
沿岸部などの浅い海で活動する潜水艦なら潜水深度の情報を必死になって隠す必要もないのですが、日本の場合は太平洋側に深い海が広がっているため、潜行深度の情報はトップクラスに重要な情報です。
水中速力-潜水艦に追い付く速度と艦隊速度
(おやしお型潜水艦_自衛艦隊HP)
潜水艦の機密情報の一つに「最大速度」があります。
これも潜水深度と合わせて公開される情報の一つですが、正確な情報が公開されることは稀です。
第二次世界大戦時代は浮上時の速度の方が速かった潜水艦も、今では設計そのものが水中時に合わせられており、潜航時の方が速度は速くなっています。原子力潜水艦では30ノット以上の速度が出るのが当たり前で、通常動力型でも20ノット前後は出るのが普通です。対する水上艦は艦船にもよりますが、30ノット前後は出るでしょう。
しかし、この艦船の航行速度についての情報の中でも「潜水艦の速度」はとりわけ機密度が高いです。
速度がバレると作戦海域に展開するまでにかかる最短時間が計算できてしまうというのもありますが、一番重要なのは「潜水艦を振り切る(追いつける)速度がバレる」ということです。
潜水艦の任務の中に「敵艦船を追跡・監視」する任務がありますが、速度の遅い潜水艦では簡単に振り切られてしまうわけで、一定の速度は必要となります。また、攻撃後には戦闘海域を離れるのが基本戦術になりますので、素早く逃げる足も欲しいところ。これを馬鹿正直に25ノットなんて公表してしまえば、相手は28ノットで航行できる船を作れば良いので対策は簡単でしょう。
ただ、高速航行をする敵艦船を潜水艦が高速で追跡するのはかなりのリスクが伴います。騒音が発生するだけではなく、艦首付近で発生する水流でソナー性能が著しく落ちます。よほどの理由がない限り無理に追いかけることは無いでしょう。しかし相手が単艦であったり、油断している事が分かる場合は別です。高速で逃げてもぴったりと張り付き、然るべきタイミングで攻撃できるのが望ましいです。
また、空母などの護衛艦隊に潜水艦を組み込む戦術も主流になってきており、潜水艦だけ足が遅いと艦隊そのものの速度も遅くなってしまいます。海上の高速艦よりも速く航行できる原子力潜水艦は別ですが、通常動力型の場合はその最大速度が「艦隊の最大速度」であり、「潜水艦の追跡を振り切るために必要な速度」でもあるわけです。
例えば、「そうりゅう型潜水艦」は最大速度が20ノットと公表されていますが、日本は「いずも」「ひゅうが」などの空母護衛に潜水艦が加わる戦術を採用しており、空母の速度である30ノットに遥かに及ばないというのは考えにくいです。推測に過ぎませんが、25ノット以上は確実に出るでしょう。リチウムイオンバッテリー採用型は更に速いはずです。
もちろん、原理的に速度が遅くなりがちな通常動力型は「待ち伏せが主体」になりますし、高速で航行すれば音が出るので見つかりやすくなります。そもそも「潜水艦は速度を出さない」と割りきって、本当に速度を犠牲にした設計の潜水艦もあります。それを見極める上でも、潜水艦の速度情報は重要となります。
潜水艦に港付近で待ち伏せされ、いつまでもついてこられたのではたまりません。全速力で何時間航行すれば振りきれるのか、それとも全然振りきれないのか。敵潜水艦を発見し、逃がさないために必要な速度はどれくらいなのか。それが分かるだけでも、戦い方は全く異なるものになります。
やはり「潜水艦がどれくらい速いのか」は喉から手がでるほど欲しい情報の一つでしょう。
(次ページ: 航行時間について)
航行時間-どれくらいの時間を潜っていられるのか
「航行時間」というのは、潜水したまま航行できる時間(連続潜航可能時間)です。レーダーと衛星の発達した現代では、潜水艦が浮上すればすぐに見つかります。そのため、作戦行動中の潜水艦は基本的には潜りっぱなしです。
問題はいつまで潜ったままでいられるのか。速度と合わせれば、その潜水艦の「作戦行動範囲」が算出できます。
どんなに隠密性の高い潜水艦でも、何らかの形でその動きを把握されます。港付近に潜伏するスパイが潜水艦の出港を確認したり、衛星から監視したり、対潜哨戒の部隊がその陰を捉えることもあるでしょう。
そこで重要になるのが、その潜水艦の行動範囲です。発見した場所と時間から潜水艦の存在範囲を推測し捜索するわけですが、航行時間が長ければ長いほど捜索範囲が広がり見つけにくくなります。包囲網や防衛網を作るにしても、行動範囲次第で「どこから狭めていくのか」「どこくらいの戦力が必要なのか」が変わってきます。
一方で原子力潜水艦などはそれが無制限になるわけで、根本的に別の戦い方が必要になるでしょう。
通常動力型では「AIP機関」と呼ばれる大気を使わずに長時間潜っていられる装備が搭載されているのですが、これは原子力潜水艦とは違って有限であり、その性能は「AIP機関」の種類によって異なります。
当然、この性能はトップクラスの機密にあたります。「そうりゅう型潜水艦」では公表値では3週間とされていますが、この数値が本当なのかも怪しいです。そもそもこの潜航可能時間は航行速度によって変わりますので、その細かな数値については更に重大な機密になるでしょう。
深さ、速度、時間が分かれば行動範囲が見えてくる
潜水深度、水中速力、行動時間が判明すれば、その潜水艦が行動できる3次元的な範囲が見えてきます。光が届かない深海に潜む潜水艦を見つけるためには、潜水艦が存在する可能性のある3次元空間を把握していなければなりません。
この水中の3次元空間を把握することで、潜水艦から逃げることも容易になりますし、潜水艦を発見することもできるでしょう。しかし、それが分からないままだと、広い海のどのあたりに潜水艦がいるのか分からないままです。いつまで経っても潜水艦から逃げられませんし、見つけることも難しいです。
こうして考えてみると、あらゆる情報が完璧に秘匿されている潜水艦を探すのは本当に苦労しそうです。