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タコの知能と町づくり-群れは生物に何をもたらすのか?

2017年9月、何匹ものタコが集まって暮らす「町」が発見されたという調査報告が発表されました。タコは本来単独行動をする生き物です。それが群れで集まって集団生活をしているという調査報告は驚きをもって迎えられました。タコたちはどのようにして社会的行動を学んだのでしょう?

それに迫るべく、タコの知能について、タコたちが作った「町」について、そして生物が群れで集まって暮らすことの利点について探っていきましょう

タコの知能と性格

タコはハチやアリと異なり、群れを作らず単独で行動する場合がほとんどです。本来単独で暮らすタコが社会生活を営むようになるには、個体同士が協調することを学ぶために一定以上の知能が必要であり、事実としてこれまでの観察で、タコの知能はかなり高いことがわかっています。

タコの知能を示す例として、ビンのフタの開け方を独力で発見し開けられるということがよく知られています。

これは以前から知られていたことですが、比較的最近になってシアトル水族館で行われた実験では、より高度なボトルを開けられることが判明しています。

新しい実験では、子どもが開けられないようにフタを押しながら回さないと開けられないタイプのボトルが使われました。実験に参加したビリーというタコは、ボトルの中に入ったえさを取ろうと奮闘し、55分かけて自分で開け方を発見したのです。その後タコのビリーは練習を重ね、最終的には開けるまでの時間を5分にまで短縮しました。

さらにタコは好奇心が強く、周囲の状況をよく観察する生き物です。

近くに投げ入れられたものを見たり、長い足でつかんでよくよく調べるというタコの行動は水族館でも見られるものでしょう。野生のタコを見ても、海中にしかけたカメラを持って行っていじり回すという行動が見られます。

(水中カメラを持って泳ぎ去るタコ。タコに捕まったカメラからの映像)

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは著書『博物学』の中で、人間にも無警戒に近寄ってくるという行動を例に取り、タコの知能は低いだろうと書き残しました。しかしこの行動も裏を返せば、自分に近づいてきた生き物をよく調べようとする好奇心の表れとも解釈できます。

さらに、タコは人の顔を見分けることができます

これはタコの飼育員の間では経験的に知られていたことですが、それを実験によって確かめるため、かつて次のような実験が行われました。

実験の内容は、一人はタコに近づいてえさをやり、別のもう一人は近づいてタコをいじめるという行動を繰り返すというものです。2週間ほど同じことを続けた結果、えさをやる人が近づくとタコはえさをもらえるよう近づいていき、逆にいじめていた人が近づくと身を縮めたり水を吹いたりと、敵対的な行動を取るようになったのです。この結果を見ると、確かにタコは人間の顔を覚え、しかも自分への仕打ちと関連づけて記憶することもできると考えられるでしょう。

こうした実験は、タコの記憶力が高いことを示す結果にもなっています。

集合住宅に暮らすタコ

これほどの知性を持つタコが営む集団生活のようすはどのようなものなのでしょう?

今回発見されたタコの町は、伝説にあるアトランティスにちなんで「オクトランティス」と命名されました。

オクトランティスがあるのは、オーストラリア、シドニーにあるジャービス・ベイという場所。白い砂浜が有名な観光スポットでもあります。オクトランティスの住人は、シドニーコモンオクトパスという種類のタコで、10~15匹程度が集まって暮らしている様子が確認されています。

オクトランティスで観察されたタコの行動は、多様なものでした。

一つは、オクトランティスそのものの建築作業です。

驚くべきことに、オクトランティスのあった場所は元々何もない海底で、タコたちはそこに貝殻を積み上げて住居を作ってきたのです。ただ積み上げるだけでなく、硬いくちばしを使って細かい加工までやっているというのですから、立派な建築作業と呼べるでしょう。建材の貝殻は食べた貝の食べ残しをそのまま使えるので、一切の無駄がありません。

オクトランティスに住むタコには、明確な縄張り意識があることをうかがわせる行動が見られます。その一つは、外敵を追い払う行動です。

タコが集まっているオクトランティスは、捕食者からすれば格好の狩り場です。時々小型のサメなどが近寄ってくることもありますが、そんな時、タコは威嚇のポーズを取って外敵を追い払います

追い払うのは外敵だけではありません。オクトランティスでは住民のタコ同士のケンカがよく見られます。住居がかなり狭いことによるストレスなのか、あるいは集団の規律を守るための行動なのか、ともかくタコ同士の衝突はただのケンカにとどまらず、住人の追放へとつながることもあるのです。


(オクトランティスと住民のタコ。出展: デイリーメールオンライン)

なぜ仲間のタコ同士がケンカをするのか、その原因はまだわかっていません。集団の秩序を守るための決まりごとがあってそれを守れないタコが追い払われるのか、住人の数が増えすぎると弱いタコが追い出されるのか、はたまた、単にそりの合わないタコ同士がケンカをするだけなのか――群れて暮らすタコ同士の交流の様子を調べる、いわば「タコの社会学」とでも呼ぶべき研究が今後の焦点になるかもしれません。

群れて暮らすメリット

単独行動する場合がほとんどのタコがこのように集団生活をするようになったのは、自然選択の結果ではないかと考えられています。自然選択の結果ということは、生き残るのにメリットがある行動だということです。動物が集団で暮らすことの利点は、どのようなものがあるのでしょうか。

捕食者に追われる動物にとっては、外敵から逃げる上での利点が数多くあります。

見張りを増やして敵を発見

まず、外敵に備えて見張りをする時には数が多い方が有利です。単独で見張る場合は長時間警戒すると負担が大きくなり、疲れて休むと見張りはできません。しかし数が増えて見張りを交代できるようになると、1匹あたりの負担は減らしつつ途切れなく見張ることが可能になるのです。

モリバトというハトは集団の利点を見張りに活かしています。モリバトの天敵はオオタカですが、群れにいるモリバトの数が大きくなるほど遠くのオオタカを発見できることが確かめられています。オオタカが近づいた時の平均反応距離は、1羽では7m、51羽以上の群れだと44mになるのですから、その効果は絶大と言っていいでしょう。

希釈効果で自分が狙われにくくなる

さらに、群れることのメリットは捕食者に見つかってからも発揮されます。

第一に、襲われても群れの中にいれば個体が襲われる確率は下がります。これは「希釈効果」と呼ばれ、シンプルに考えれば群れが大きくなるほどこの効果は大きくなります。ドッジボールの苦手な人が、つい人が集まっている場所に動いてしまうのも、ある種の希釈効果を期待しているからと言えるでしょう。

ただ、集まれば集まるほど狙われやすくなります。おびただしい数の鳥が群れで空を飛んでいれば、希釈効果は大きくともすぐに見つかって襲われてしまいます。50羽集まって1個体が襲われる確率が1/50になっても、100倍襲われやすくなれば意味はありません。

しかし、魚類の場合は別です。水中では目で見える距離がかなり制限されるので、少数で動いても多数で群れても見つかりやすさはさほど変わりません。こうして数を増やすことのデメリットを回避しつつ、希釈効果の恩恵を最大限に受けることができるのが水中の生物です。

混乱効果で捕食者を惑わせる

もうひとつの効果は、「混乱効果」と呼ばれるものです。これは、捕食者の意思決定や知覚を妨害して狩りを邪魔する効果です。

例えばウサギを追いかける時、1羽を追いかけるのは的が定まっているから簡単です。では3羽いるとどうでしょう。これだと思う1羽に的を絞るまでにはどうしても多少の時間を要するはずです。狩る側が迷えば、それだけ逃げる側は時間を稼げます

逃げる側はさらに、狩る側の気をそらすこともできます。ようやくターゲットを定め、目当てのウサギを追いかけようと駆け出すと、不意に別のウサギが目の前を横切る――。狩る側がつかの間目移りするだけでも、逃げるウサギにとってはしめたものです。横切ったウサギを取れそうだと思ってうっかり手を伸ばし、取り損なってスピードが落ちれば効果は絶大。逃げる側が意識するしないに関わらず、それぞれが好き勝手な方向に逃げていく群れを追いかけさせるというのは、それだけである程度の妨害になるのです。

「二兎を追うものは一兎も得ず」という諺がありますが、その理由を「群れることによって生じる混乱効果によって捕食者の意思決定が妨害されるため」なんて説明されると、妙に説得力がありますね。

狩る側にも大きなメリット

追われる側のメリットばかり説明してきましたが、群れることは捕食者にとってもメリットです。

例えばライオンは、集団で役割分担をして狩りをすることで成功率を上げています。ライオンの群れは身を伏せてこっそりと獲物の群れに近づき、距離が十分縮まると1頭だけが飛び出していきます。獲物は驚いてちりぢりに逃げていきますが、その中には潜んでいるライオンたちの方に向かっていくものがいるので、そのような獲物に的を絞ることで効率よく狩りができるのです。

ライオンがトムソンガゼルを狩る場合、1頭での成功率はわずか15%ですが、2頭になると倍の31%に跳ね上がります。より大型のシマウマやヌーを狩る場合、1頭での成功率は15%、6~8でかかれば43%の成功率になります。

まとめ

このように群れを作ることの利点にシドニーコモンオクトパスが気づいて、実際に社会生活を営むようになるまでには何世代にも渡って個体同士が日常的に交流してきたのではないかと考えられています。

オクトランティスで見られるタコの社会的行動は、哺乳類やは虫類に匹敵するほど複雑かつ高度なものです。それほどの高度な社会性が自然の条件下で発生したのは驚くべきことでしょう。

オクトランティスの事例を考えると、タコ以外の動物でも条件が整えば高度な社会的行動を取るよう進化する可能性があるのです。オクトランティスは単なるタコの行動の変化だけではなく、生物の社会的知能全般について深遠な問題を投げかけるものなのかもしれません。

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