クリーンエネルギーが都市の電力需要にどれだけ答えられるかという課題は、再生可能エネルギー普及に関して重要なポイントです。風力や太陽光発電は風や日照の有無で発電量が変動する不安定さがあり、導入のためにはさまざまな工夫が必要となるでしょう。
そうした不安定さを解消した再生可能エネルギーの研究が沖縄県で進められています。海洋温度差発電と呼ばれるその技術は、フルに活用すれば日本全体の電力需要に答えられるポテンシャルを秘めているものです。
本記事では、海洋温度差発電の仕組みについて、また発電だけにとどまらない様々な活用法について解説していきます。
海洋温度差発電の仕組み
海洋温度差発電を一言で説明するなら、水の代わりに沸点が低い物質を使った蒸気機関と言えるでしょう。
海洋温度差発電について理解する上でまず重要になるのは、海は浅い場所と深い場所で温度差があるという点です。
海の表面は常に太陽からの光を受け、その熱を吸収しています。1年間で海が吸収する太陽エネルギーは、累計すると世界の年間エネルギー消費量の約4000倍に達するとか。これほどのエネルギーを受けている海表面の温度は、熱帯域ではおよそ24~30度に達します。
温まった海表面の熱は少しずつ深い場所まで伝わっていきますが、深海まで含めた海全体を温めるにはエネルギーが足りません。なので海は深く潜れば潜るほど水温が下がっていき、深度1000mの海水温度はおよそ4~5度にまで下がります。
海洋温度差発電は、この海の温度差を利用するものです。海の浅い場所と深い場所の温度差が20度ある海でないと発電ができないため、設置場所は熱帯地域に限られます。日本では沖縄、鹿児島、小笠原諸島周辺が発電に適しています。
海洋温度差発電の装置は蒸発器と凝縮器、そしてタービン発電機から構成されます。蒸発器には温かい海表面の海水が流れ、凝縮器には深海からくみ上げた冷たい海水が流れています。そして、装置の中に流れる「作動流体」と呼ばれる物質を温めたり冷やしたりすることで、タービンを回転させて発電するわけです。
作動流体というのは単純に「機械を動かす流体(気体or液体)」という意味で、他の発電方法では水が作動流体として使われています。蒸気タービンを回す火力発電や水圧を利用する水力発電がそうですね。しかし、これは水以外でも代用が可能で、海洋温度差発電ではここがキモになります。
火力発電のように水を蒸発させる熱もありませんし、水力発電と違って水を汲み上げて使うので水が落ちる力を利用することもできません。使えるのは海面と深海の間にある僅かな温度差だけなのです。
そこで、海洋温度差発電では沸点が極めて低く、低温で蒸発する作動流体を利用します。この物質の沸点は海表面の温度で蒸発する温度、つまり15~25度程度が理想的です。その候補として、現在ではアンモニアと水を混ぜたものが有力視されています。
蒸発器に入った作動流体はまず、浅い場所にある海水の熱で温められ蒸発。蒸発してできた気体がタービンを回転させて発電を行い、その後凝縮器へと送られます。凝縮器は深海からの冷たい海水を常に取り込んでおり、その水で作動流体を冷やして再び液体に戻します。液体になった作動流体はポンプで蒸発器へと送られ、また蒸発器で蒸発してタービンを回し発電する……というサイクルができあがるのです。
(出展: 海洋温度差発電実証設備HP)
オープンサイクルシステム
この他、よく知られた方式としてオープンサイクルシステムという方式が存在します。
先ほど説明したのは作動流体がシステム内を循環するためクローズドサイクルと呼ばれます。オープンサイクルシステムは蒸発器と凝縮器、そしてタービンから構成される点は同じですが、作動流体に海水を使うこと、そして発電した後の海水は海に戻される点が異なります。
水を作動流体にすると、海水の温度で蒸発しないのでは? と疑問に思った方もいるでしょう。こちらの方式では海表面の熱は使用せず、真空を利用して水を蒸発させます。
標高の高い場所ではお湯が沸騰する温度が低いということを聞いたことはないでしょうか? 水が沸騰する温度は気圧に応じて変化するもので、気圧が下がると100度を下回り、逆に気圧が上がると100度を上回るのです。標高が高い場所では気圧が低いので、100度に達しなくとも水が沸騰します。
もし気圧を下げに下げ、気圧ゼロ、つまり真空の状態にするとどうなるでしょう? 気圧ゼロの状態では、常温の水でも沸騰して水蒸気が発生します。オープンサイクルシステムはこれを利用するものです。
オープンサイクルシステムの設備では真空ポンプを使い、蒸発器、タービン、凝縮器内を真空に保ちます。まず海表面の海水を蒸発器内に取り込むのですが、蒸発器内部は真空なので、海水はすぐに蒸発します。その水蒸気がタービンを回して発電し、凝縮器内へ。凝縮器に入って冷やされた水蒸気は水に戻り、海中に流されます。
日本で主に研究されているのはクローズドサイクルシステムで、オープンサイクルシステムの開発を積極的に進めているのはフランスです。また、両者を組み合わせたハイブリッドサイクルという方式も存在します。
海洋温度差発電の利点
海洋温度差発電の第一の利点は、安定して継続的な発電が可能という点です。日照量や風量は日によって変化するので、太陽光発電や風力発電の発電量は時間と共に変化します。なので、電力が多く使われる時間帯に発電量が少なくなってしまうということが起こりえます。
一方で海洋温度差発電が利用する海水温度は、熱帯地域であれば年間でほとんど変化することはありません。装置を稼働させる電力は発電量の一部でまかなえるので、気象条件や季節に左右されず安定した発電をノンストップで続けることができるのです。
また、発電施設を洋上に造ることが可能です。大規模な発電施設を建設する場合でも土地を占有することはありません。この技術はハワイでも精力的な研究開発が進められていますが、このような特徴は土地の面積が狭い国や地域に利点があるといえるでしょう。
再生可能エネルギーは、発電コストを下げて市場での競争力を保つことが普及への課題です。この点を他の再生可能エネルギーと比べてみましょう。
海洋エネルギー資源利用推進機構によれば、海洋温度差発電の商用利用時の発電コストは、出力1万kW級の設備で20円/1kWh、出力10万kW級の設備では半分の10円/kWhとなります。kWhはキロワット時と読み、1キロワットの電力を1時間発電した場合の電力量を指します。
経済産業省発表のエネルギー白書2017によれば、現時点で日本の再生可能エネルギーの発電量は太陽光が最も多く、バイオマス発電と風力発電がそれに続いています。資源エネルギー庁の省エネルギー・新エネルギー部が公開している再生可能エネルギーの大量導入時代における政策課題についてを参考に、日本の太陽光発電と風力発電の発電コストを見てみましょう。
まず太陽光発電を見ると、現在の発電コストはおよそ21円/kWhに相当します。これは、1万kW級の海洋温度差発電施設の発電コストとほぼ同じぐらい。政府の方針としては今後コスト削減を進める方向に向かっており、非住宅用太陽光発電、つまり一般住宅以外に設置する太陽光発電設備の発電コストを2020年には約14円/kWh、2030年には約7円/kWhまで削減するという目標を設定しています。2030年目標にまでなるとさすがに発電コストは太陽光の方が低くなりますが、現段階で見れば海洋温度差発電の発電コストは十分安価といえるでしょう。
次に風力発電を見てみましょう。現在の発電コストは13.9円/kWhとなっており、10万kW級の設備より少し高い水準です。風力発電も今後コスト削減を目指す計画で、現在の目標は2030年までに発電コストを8~9円/kWhまで引き下げることです。この段階になっても、10万kW級の大規模な設備であれば同程度の価格競争力を維持できそうです。
こうしたデータを見ると、海洋温度差発電は発電コストの面でも優秀な技術であることがうかがえます。さらに日本を囲む海を最大限に活用すれば発電量もかなりのものに上ります。新エネルギー・産業技術総合開発機構が発光した再生可能エネルギー技術白書によれば、海の表層と深層の温度差が20度以上の海域に絞り、日本の排他的経済水域をフル活用して設備を構築した場合、年間発電量は約1兆3700億kWhに達すると予想されています。2015年時点での日本の年間発電総量が約9000億kWhなので、理論上は日本の電力消費を全てまかなうことができるのです。
発電以外の用途
海洋温度差発電の設備は、発電以外の用途にも活用できます。その一つに、建物の冷房があります。海洋温度差発電の施設は凝縮器を冷やすために絶えず深海から冷たい海水をくみ上げていますが、その水をただ捨てるのではなく、建物の配管に通して冷房に活用するというアイデアがあるのです。
さらに、海洋温度差発電が普及することで、海水中に溶け出したレアメタルを回収できるようになるかもしれません。
海水中には塩の他に77種類もの元素が含まれており、その中にはウランや金、電子機器に使われるリチウムイオン電池の原料となるリチウムなど、希少な金属もあります。海全体を見れば埋蔵量は莫大なもので、ウランなら約46億トンで、現在確認されている地上での埋蔵量の約1000倍。金は1400万トンに上り、人類がこれまで掘り出した金の総量の約100倍です。
これだけの希少金属が取れれば大もうけ……と思いきや、実はコストの問題が足かせとなって実現できないままになっています。海全体には膨大な量の希少金属があっても、海水1トン中に含まれるウランはわずか3.3mg、金はもっと少ない0.01mgです。まとまった量が欲しければ途方もない量の海水をくみ上げる必要があり、当然コストがかかります。
また、海水中には他の物質も多数含まれるため、それらの物質と目的の物質を分離しなければならず、こちらも相応のコストが発生します。このため、希少金属を採取できても利益にならないのです。
海洋温度差発電では、このうち多量の海水をくみ上げる作業を発電目的で行っており、発電のついでに希少金属を集めるることで海水からのレアメタル回収のコストは最小化されるのです。コスト面での課題が一部解決されるため、海水からの希少金属採取実現に向けて大きく前進すると期待されています。
日本のエネルギー需要のかなりの部分をまかなえるだけでなく、海水から資源まで得られる可能性を秘めた海洋温度差発電。まだまだ注目度は低いですが、いつの日か、海からの素晴らしい恩恵をこれまで以上に得られるようになる日が来るのかもしれません。