民間宇宙開発が近年になって存在感を増しています。イーロン・マスクのスペースXはインタープラネタリー・トランスポート・システムという宇宙飛行システム構想を発表し、ゆくゆくは有人火星飛行へと着手する計画です。これ以外にも小型人工衛星の打ち上げプロジェクトが世界的に拡大するなど、宇宙空間の活用はどんどん活発になっていくでしょう。しかしその前に、考えるべき大問題があります。
それは宇宙の「ゴミ問題」。スペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミは、地球上のゴミ問題に負けず劣らず看過できない重大事なのです。
スペースデブリとは
地球の衛星軌道を回る「宇宙ゴミ」スペースデブリには、機能停止して放置された人工衛星、本体から切り離されたロケットの部品、またそうした機器の破片など、大小さまざまな種類があります。
そうした物体は動力がないので、やがて失速して地球の大気圏で燃え尽きるのですが、それまでにはしばらく時間がかかります。
北米やロシア、また日本では、観測システムを使ってその数量を常に観測しています。現在は、大きさが10cm以上の大型デブリが約2万、1cm程度の小型デブリが75万程度存在。それよりも小さい微小デブリとなると、数え切れない数に上ります。
このおびただしい宇宙ゴミは、どのような危険を及ぼすのでしょう。
スペースデブリの危険性
スペースデブリが危険なのは、衝突の危険性があり、衝突した時の被害が大きいという点に尽きます。
地球の衛星軌道を周回する物体は常に高速で移動しています。これは、物体が高速で地球の重力に逆らって動く力と地球の重力がちょうど釣り合う結果、地球との距離が一定に保たれるからです。速度が遅いと地球の重力に引っ張られて大気圏に落ちて燃えてしまい、逆に速度が速すぎると地球の重力を振り切って宇宙の彼方へ飛んでいってしまいます。
衛星軌道のデブリの速度は秒速8kmという、銃弾の速度の10倍程度という猛スピードで飛び回っています。物体の運動エネルギーは2乗倍で増えていくので、銃弾と同じサイズならそのエネルギーは100倍。何かにぶつかればとてつもない破壊力を発揮するのです。
(直径3.2mmのアルミ球を秒速7kmで飛ばし、1mm厚のアルミ板と2.76mm厚のケブラー繊維を貫通させる実験)
高度900kmの軌道にある人工衛星が1年間にデブリに衝突する確率は、およそ350分の1と見積もられています。人工衛星は通常5~10年使用されるので、人工衛星の打ち上げから寿命までにデブリに激突する可能性はおよそ70分の1から35分の1。確率の上では、100台人工衛星を打ち上げればうち1~2台はその寿命までにデブリと激突する計算になります。
高度900kmの軌道は、地球低軌道と呼ばれます。ここは地球との距離が比較的近いことから、小型ロケットでの衛星打ち上げが簡単な上、地上を写す衛星写真も鮮明な画像が取得できるという利点があります。
有名なハッブル宇宙望遠鏡や国際宇宙ステーション、日本初の地球観測衛星である「もも1号」もこの低軌道を周回しています。人間の宇宙開発には欠かせない要所と言っていいでしょう。
2010年に国際宇宙ステーション建設ミッションに参加した日本人宇宙飛行士の山崎直子さんは、デブリの被害を直接受けた宇宙飛行士の一人です。シャトルで宇宙に行った彼女らクルーは、シャトルの窓に小さなヒビを発見しました。これは微少なスペースデブリの衝突に由来するものです。幸いにも、航行や地球への帰還に支障をきたすほどのダメージではありませんでしたが、もし大型のデブリが衝突したのであれば深刻な事態を招いたでしょう。
大型デブリとの激突リスクに備えて、国際宇宙ステーションには緊急回避用のブースターが設置されています。しかしそれが有効なのはデブリの大きさが10cm以上で、前もって接近を検知できる場合のみ。万一間に合わない場合は、宇宙飛行士はステーションから避難しなければなりません。
加えて、スペースデブリの衝突で人工衛星などが破壊されるとそれによりデブリが増えていきます。これが連鎖的に起これば、やがてデブリが自動的にかつ加速度的に増えていき、デブリの増殖を止められなくなるかもしれないという懸念もあります。
この現象はケスラー・シンドロームと呼ばれ、これまでにいくつもの研究やシミュレーションが行われてきました。万一これが現実のものとなれば人類の宇宙開発は大きく後退し、現在衛星を使っているシステムやインフラにもたいへんな悪影響が出ることが予想されます。
スペースデブリの発生原因
宇宙開発の障害となりうるスペースデブリの発生原因は他でもない、過去60年間に行われた宇宙開発です。
この半世紀ほどの間に、実に5000回を超えるロケット打ち上げが行われました。現在主流のロケットは複数のエンジンを組み合わせた多段式ロケットと呼ばれるものです。多段式ロケットは複数のロケットエンジンを備えた構造になっており、それぞれを段階的に噴射して上昇。各エンジンには燃料タンクがついており、燃料タンクが空になればエンジンごと切り離すことができます。こうすれば上昇するにつれロケット全体の重量が減り、効率よく上昇させることができるのです。
このとき切り離されたロケットエンジンは回収されず、宇宙空間で切り離されたものはそのまま宇宙を漂い続け、大型のスペースデブリとなります。この他、機能停止した人工衛星やミッション中に投棄された部品などもそのまま軌道上に放置され、多数の大型デブリを発生させてきました。
アメリカの宇宙監視ネットワークが常時監視している大型デブリの数は2万個以上。総重量は7500トンにも上ります。
この他、軌道上での爆発や激突などが起これば微細なデブリが多数発生します。
こうした出来事の例は、切り離されたロケットエンジンの爆発、衛星兵器の影響、そして不慮の衝突事故があります。
ロケットのエンジンは燃料を使い切ってから切り離されますが、完全にタンクが空になっているわけではありません。微量に残った燃料はタンクの加熱などの要因で発火し、爆発を起こすケースもあります。
1961年に起きたアメリカのエイブルスターロケットの爆発は、そうした爆発事故の最初の例です。この爆発で高度800~1000kmの一帯に300個もの大型デブリが生み出されました。50年以上経った現在でも、そのうち60%近くがまだ軌道上を漂っています。
衛星兵器の影響でデブリが発生した事例として、2007年に中国で行われた人工衛星破壊実験があります。このとき中国は、運用が終了した自国の気象衛星を弾道ミサイルで攻撃。高度800km地点に3000個近い破片が散乱し、一帯のデブリの量を25%増加させる事態となりました。
不慮の事故による人工衛星の事故でデブリが発生した最初の事例は、2009年に起こりました。アメリカの通信衛星イリジウム-33とロシアの軍事通信衛星コスモス-2251がシベリア上空約800kmで衝突。アメリカ宇宙監視ネットワークがこれによって発生した大型デブリ2000個以上を記録しました。
(衝突事故から50分後のデブリ飛散状況:出典_Wikipedia)
スペースデブリ対策
ここまで、宇宙での活動がスペースデブリの発生原因となる実例を見てきました。ということは逆に言えば、ロケットや人工衛星を打ち上げ、宇宙で活動する際のルールを定めることでデブリの増加を緩和させることができるということです。
事実として、NASAや国連がこれまでにスペースデブリ発生緩和のためのガイドラインを公表しています。その中からいくつか対策を見ていきましょう。
一般的に行われるのは、ミッション関連デブリ(Mission-related debri)の削減です。ミッション関連デブリとは、宇宙空間でのミッション中に意図的に人工衛星本体などから切り離される物体全般を指します。例えばレンズやセンサーの防護カバーや、何らかの留め具がこれに当てはまります。こうしたデブリは数こそ少ないものの、衛星軌道上にとどまる時間が長いため、発生を防ぐことは有効な手立てとされています。現在では切り離される前提の部品はあらかじめケーブルでつないで回収できるようにするか、切り離した後にキャッチできるような仕組みが広く活用されています。
使用期間を過ぎた人工衛星の処分と、それをやりやすくするための設計もデブリ緩和策のひとつです。
低軌道の人工衛星の使用期間が終わる場合、衛星の高度を下げて25年以内に大気圏に突入するようにすることが推奨されています。大気圏に突入して燃え尽きてくれれば、それで処分は完了。
反対に高度を上げ、人工衛星の密度が低い高度2000kmの地帯に逃がすという方法もあります。こちらは静止軌道を回る衛星に対して使われる場合が多い方法です。静止軌道は高度が高いため、大気圏に突入させるよりも高度を上げる方が燃料を使わなくて済むからです。
宇宙空間での爆発を防ぐためには、パッシベーション(passivation)という対策が取られます。軌道上でのロケットエンジンの爆発を思い出してください。宇宙に残された人工衛星の残骸も、燃料が残っていれば爆発する危険性があるのです。それを防ぐために燃料を投棄し、バッテリーを空にして、発火装置を封印するのがパッシベーションです。
デブリ緩和には人工衛星の設計も重要になってきます。可能な場合は使用済みの人工衛星を大気圏に突入させるのですが、その時に衛星が燃え尽きず、地上に落ちてくれば大事故につながります。それを防ぐためには、大気圏突入時に十分細かいサイズまで分割され、個々のパーツがちゃんと燃え尽きるように設計する必要があるのです。
この他に、もう一つの軸として、積極的にデブリを除去することの必要性が叫ばれています。
欧州宇宙機関とNASAが行ったシミュレーションでは、今後一切の打ち上げを行わない場合でも、スペースデブリの総量は増えていくという計算結果が出ています。デブリ緩和策は確かに有効ですが、同時に数を減らすための対策が必要なのです。
欧州宇宙機関はスペースデブリの除去を目的としたクリーン・スペース・イニシアチブを推進しています。現在ネットやロボットアームで機能停止した人工衛星を捕獲する方法を研究中で、2023年からプロジェクトを開始する計画です。
デブリ除去に取り組んでいるのは公的機関だけではありません。
シンガポールで日本人が立ち上げたベンチャー企業「アストロスケール」は、企業の立場からスペースデブリ問題に対処しようとしています。
同社は使用済みの人工衛星などの大型デブリに処分用の人工衛星を吸着させて軌道を変え、大気圏に突入させることで処分します。「ELSA-d」と呼ばれるこのシステムは2019年前半に打ち上げが予定されています。
加えて、IDEA OSG1という衛星の打ち上げも実施予定です。こちらは低軌道に存在する大きさ100マイクロメートル以上のデブリの情報を収集し、デブリの「地図」を作成するための衛星。IDEA OSG1が作る地図は将来の宇宙開発に役立てられることが期待されています。
(ELSA-d実験模式図:出典_アストロスケールHP)
まとめ
宇宙は遠い彼方のようでありながら、地球の衛星軌道上にある衛星からはGPSや衛星写真、長距離通信などのさまざまなサービスが提供されています。なのでスペースデブリは、身近なテクノロジーにも影響を及ぼしうるのです。
今後宇宙探索が進むにつれて人間と宇宙の関わりはどんどん広がりを見せていくことでしょう。しかしその前に、もう少し地球に近い周辺に注意を払い、探索や開発の足かせとなりうるデブリ問題への対策をしっかりと行うことが重要になってきます。