2019年はアポロ11号の月着陸から50年の節目の年。
冷戦時代の米ソの宇宙開発競争は宇宙についての知識を深めるという以上に、宇宙という舞台で軍事的優位を得るための競り合いという意味もありました。
たとえば私たちが毎日のように使っているGPS。これは人工衛星なくして成り立たないテクノロジーです。今や人工衛星は重要な社会基盤のひとつになっていますが、それは軍事面でも当てはまること。
このような状況で、実現すれば宇宙における戦略が一変するかもしれないといわれている兵器があります。それがレーザー兵器。
今回の記事では、レーザー兵器の基本的な構造、そして現在の研究開発事例を解説していきます。
レーザー兵器のしくみ
レーザーとは簡単に言えば、強いエネルギーを持った光のことです。
小さなパチンコ玉でさえ高速で飛んできたものがぶつかれば痛いし、速度が十分なら木や金属の板をへこませることだってできます。それは高速で移動するパチンコ玉が、大きなエネルギーを持っているから。
光は光子という粒子を持っており、その粒子の状態に応じてエネルギー量が違います。その際、大きなエネルギーを持っていれば当たった物体に作用することができるのです。
そのエネルギーを熱に変えることで、レーザー兵器は当たったものを焼き切ることができる兵器となります。
では、そのような光をどう作り出すのでしょうか。
レーザーを作る装置の基本的なパーツは、レーザー媒質と共振器です。
レーザー媒質
レーザー媒質とは、光のエネルギーを増幅するために使われる素材のこと。
媒質の素材にはさまざまなものが使われますが、基本的な原理としては誘導放出という現象が利用されています。
誘導放出とは、光のエネルギーを受け取った原子が持っているエネルギーを放出する現象のこと。
原子は原子核と、その周りを一定の軌道で巡る電子から構成されます。
原子核の周りを周回する電子の軌道は、原子の持つエネルギーによって変化します。原子に一定の波長の光が当たると原子は光のエネルギーを吸収し、電子は高い軌道、つまり原子核から離れた軌道へと移動します。これは励起と呼ばれる現象です。
その逆、つまり電子が低い軌道に動くときにはどうなるのでしょう?
起こることは励起の反対で、原子から光が放出されます。これは自然放出と呼ばれる、文字通り原子が励起した直後に自然に発生する現象です。
出典:レーザ加工なび
しかしこうして発生した光は好き勝手な方向に散ってしまう、いわば気まぐれな光。
パレードを思い浮かべてみてください。大勢の人が集まって、各自が進むスピードと向きをちゃんと揃えなければパレードにはなりません。
自然放出でたくさんの原子から光を発生させても、どこにどう進むか知らない人ばかりを集めるようなもの。レーザー光を作るには、進む向きと周波数を揃えた光が必要なのです。
光の向きと周波数を揃えるにはどうすればいいのでしょうか?
そのためには自然放出でエネルギーが放出されきってしまう前に、電子に一定の周波数を持つ光を当てるのです。そうすると、当たった光と周波数や向きが同じ光が原子から放出されます。これは誘導放出という現象です。
媒質の原子を励起させた直後に一定の周波数の光を当てれば、同じ方向に進む光が新たに放たれ、媒質に当たった光線に新しく発生した光が加わります。
これは進む向きとスピードをちゃんと知っている人がパレードに加わったようなもので、レーザー光はこうやってエネルギーを増していくのです。ただ、光が1回媒質を通っただけでは得られるエネルギーはごく少ないのが困りもの。
レーザー共振器
ここで役立つのが共振器です。
これはいわば、ものすごく光を反射する合わせ鏡。光があらぬ方向に飛んでいかないよう正確に向かい合わせになっているため、光は果てしなく反射を続け、鏡の間に「閉じ込められて」しまうのです。
この合わせ鏡の間に媒質を置くと、往復する光が何度も媒質の中を通ります。光が媒質の中を通る度に誘導放出が起こり、やがて強力なレーザー光ができるというしくみ。
レーザーを「発射」するには、共振器のどちらかに、わずかに光を通す鏡を配置します。そうすると増幅されたレーザー光がそこを通り抜け、外部へと出ていきます。
レーザー兵器の軍事利用
レーザーを兵器として活用する試みは、知られている限りではアメリカで盛んに行われています。
銃弾や砲弾と比べた場合
・弾薬が不要
・命中精度が高い
という利点があります。
弾薬いらず
電力があれば発射できるということは、弾薬の補給が必要なくなるということ。弾薬の補給管理が燃料に一本化されるため、ロジスティクスの効率化が図れます。
これは特に大型の艦船にとって意味を持ちます。空母などの大型艦船でも、ミサイルやドローン、小型船を使った攻撃は十分な脅威。それら小型の攻撃兵器に対応するため、防衛用の装備は欠かせないのです。
しかし船に積める弾薬はどうしても限られるもの。例えばアメリカ海軍の駆逐艦が搭載している地対空ミサイルはせいぜい数十発。ひとつの目標に2発撃つ場合を考えると、けして余裕があるとはいえません。
さらに弾薬を補充しようと思えば、戦場を遠く離れた安全な場所で行う必要があります。
こうした事情があって、大型の艦船は効率的な運用が難しいという難点がありました。艦船の防御兵器にレーザーが採用されれば、発電用の燃料がある限り発射しつづけられるため、運用効率のアップにつながると期待されています。
命中精度
星の光は気の遠くなるような距離をまっすぐ移動して地球に届きます。光を応用するレーザーもそれと同じで、重力や風などの影響をあまり受けず、しかも光の速さで直進していくもの。この性質によって、弾丸や砲弾よりもはるかに正確な射撃ができるのです。
さらにミサイルや砲弾と違って爆風を生じないため、狙った目標以外への巻き添えが起こりにくい兵器でもあります。
イラクやアフガンでは市街地を舞台に、民間人と敵が入り交じった状態での戦闘が発生しました。高い精度でピンポイントに攻撃ができるレーザー兵器は、民間人への被害を減らすためにも有効だとみられています。
宇宙で活躍するレーザー兵器
地上、海洋での活躍が期待されているレーザー兵器ですが、ある意味では、その真価は宇宙でこそ発揮されるのでは、という意見もあります。
衛星を使った通信や偵察は、ミサイルの精密誘導、相手国の軍事行動や施設の監視など、現代の軍隊に欠かせない機能を担うもの。さまざまな機能を備えた人工衛星の効果的な運用は、地上での軍事的優位に直結します。
人工衛星を攻撃するには、地上からのミサイル発射や攻撃用衛星の打ち上げなどがあります。
レーザーは出力さえ十分であればかなりの距離を直進するもの。地上から衛星軌道上にある人工衛星を直接狙い撃つことさえ可能なのです。
現在ではロシアと中国が宇宙での軍事的優位を目指して積極的に動いているとみられています。そして両国ともその一環として、アメリカの人口衛星を攻撃するためにレーザー兵器を研究しているとみられています。
中国は現在、アメリカに次ぐ数の人工衛星を保有する宇宙の軍事大国。公には宇宙の平和利用を語りつつも、アメリカの推定では、その影で宇宙での優位を得るための軍備拡張を進めているとみられています。
予測の粋を出ない情報ですが、2020年までには地上から低軌道衛星の妨害ができるレーザーを配備できる可能性があります。
ロシアは明確に宇宙での優位獲得に向けて動いています。その動きは中国と比べても顕著で、2018年7月以前にはすでに衛星攻撃用兵器とみられるレーザー兵器の配備を始めていることがアメリカの調べでわかっています。
まとめ
砲弾ともミサイルとも異なるレーザーは、アメリカをはじめとする、いわゆる軍事大国が長年研究を続けている兵器分野。
そこからは地上戦や船舶での戦闘だけでなく、宇宙での軍事的優位を得ようともくろむ国家の戦略が見えてきます。宇宙はあくまで平和利用する、というのが国際的な論調ですが、水面下で進むこのような兵器開発は、他を出し抜こうとにらみ合う宇宙開発の裏舞台をうっすらと映し出しているようです。