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「逆オイルショック」の2020年 いま振り返りたい木炭の話

2020年4月、史上初めて原油先物価格がマイナスにまで下落しました。

理由を簡単に言えば、貯蔵するコストを支払って保有しておくよりもお金を払って別の人に引き取ってもらう方が得だという考えが大勢になったため。さまざまな要因が重なった結果ですが、世界に衝撃が走りました。

石油が日本で普及したのは20世紀中頃のこと。それまで家庭の調理や暖房は木炭が広く使われていました。さらにさかのぼって、江戸時代で使われていたのはもっぱら薪。

時代が下って木炭に移り変わったのは火力が高い、煙が出ないなどの利点があるためでした。しかし、木炭のそうした性質は何によるものなのでしょうか?

本記事では、炭焼きで起こる化学変化、そして木と木炭の構造の違いについて解説していきます。

木炭の作り方

木炭を作る工程は炭焼きと呼ばれます。焼くとはいっても、木が燃えるのとは少し違う現象。

木炭を作る炭焼きは、化学的には熱分解と呼ばれます。これは酸素をシャットアウトした密閉空間で木材を熱することで起こる化学反応。

ポイントは酸素をシャットアウトすること。酸素がある環境だと、木に含まれる炭素と酸素が結びつき燃えてしまいます。こうなればできるのはただの消し炭です。

炭焼き、つまり熱分解の場合は酸素がごく少ないため、大部分の炭素が酸素と結びつかないまま残ります。

炭焼きで起こることはある意味で燃焼とあべこべの現象です。つまり、木を構成する組織から炭素以外のものがなくなっていきます

燃焼 炭焼き
酸素が必要 酸素は不要
物質が酸素と結びつく 酸素や水素が離れていく
灰と消し炭ができる 木炭と木酢液が採れる

炭焼きの過程で木材を構成するセルロースやリグニンなどの繊維物質が分解され、分子の中から水素や酸素が取り除かれていきます。加えて、木に含まれる酢酸やメタノールなども熱によって蒸発していきます。温度を管理して十分時間をかければ、やがて木材は高純度の炭素の塊になっていくのです。

こうしてできるのが木炭というわけ。

薪と木炭の違い

では、ただの薪と木炭は具体的にどう違うのでしょうか?

煙の有無

薪は自然の木をそのまま使うのではなく、ある程度乾燥させてから燃やすもの。しかし乾燥したとはいえ、薪にも20%ほど水分が残っています。薪を燃やすと木に残った水分や、さらにアルコールやタールなどの有機物が熱で蒸発し、煙となって空気中に舞い上がります。

一方、木炭を燃やしても煙はほとんど出ません

その理由は、蒸発するような成分が炭焼きによって取り除かれているため。木炭は水分含有量5~10%、炭素含有率80~90%とほぼ純粋な木炭の塊なので、燃焼したときに発生するのは一酸化炭素と二酸化炭素がほとんどなのです。

どちらの気体も無色無臭なので、木炭は燃えても見た目上何も出ません。

熱量

さらに木炭は水分が少ない分、同じだけの量を燃やして得られる熱量が薪よりも多いのです。

何かを燃やして発生する熱量はジュールという単位で測ります。

たとえば樫の木の薪を1kg燃やすと、得られる熱量は2千万ジュール(=20MJ)。1MJで0℃の氷を3kg溶かせるので、樫の木の薪を1kg燃やせば0℃の氷を60kg分溶かせることになります。

これが水分含有量3%の木炭1kgになると、熱量は30MJに。炭焼きの工程を踏むことで熱量は1.5倍になるのです。

こうした性質から当然、木炭の保存は湿気を避けて行われます。湿ったまま放置すれば割れることもあるのだとか。

木炭の活用

燃料

木炭の活用法と聞いて、すぐに思いつく用途は暖房や調理のための燃料でしょう。

日本では江戸時代まで木炭は高級品で、一般家庭はおもに薪を使っていました

それが広く普及したのは明治時代に入ってから。木炭の需要拡大、そして生産地の増加にともなって一般家庭に広まり、それから20世紀半ばまで暖房に調理にと活躍していました。

製鉄

木炭は燃えるとき、空気中の酸素だけでなく、周辺の物質からも酸素を奪って取り込みます。このように物質から酸素を奪う性質をもつものは還元剤と呼ばれ、アルミの精錬や髪のパーマ剤などに応用されています。

還元剤は鉄を作るにも欠かせない材料です。古代から製鉄には、木炭が還元剤として使われてきました

鉄を作ることの根本は、大ざっぱに言えば鉄原子と酸素原子を切り離すことです。自然に存在する鉄鉱石は酸素と結びついた状態で、いわばサビた鉄のかたまり。丈夫で輝く鉄を作るには、鉄原子と結びついた酸素を取り除く必要があるのです。

古代の製鉄では、そのために木炭が使われました。鉄鉱石の塊を木炭で加熱することで還元反応を起こし、鉄原子と結びついた酸素を木炭に移動させることで、サビのない輝く鉄が作られていたのです。

現代の製鉄では木炭に代わって、石炭から作られるコークスが還元剤として使われています。

活性炭

臭いや汚れを吸着するという木炭の性質は、古代から知られていました。紀元前1500年のエジプトの記録からは、膿んだ傷の消臭に木炭が使われていたことがわかっています。

さらに紀元前400年の記録によれば、木炭で水をろ過できることが当時すでに知られており、船旅の時に水の容器に木炭を入れてきれいに保っていたといいます。

活性炭は、木炭のこの性質を強化したもの。

木炭には表面に細かい穴がたくさん空いており、細かい有機物を吸着して取り除きます。

炭焼きの段階で薬品を加えるなどの特殊な工程を踏むと、普通の炭よりもさらに細かい微細孔をたくさん備えた活性炭ができあがります。

活性炭の微細孔は木炭よりもさらに深く、さらに内部で枝分かれして網の目のようになっています。これによって、ちょうど人間の脳のしわのように、コンパクトなまま広い表面積を確保できます


出典:株式会社エム・イー・ティー

表面積が広ければそれだけ多くの分子を吸着できるので、小さな炭でも強力な効果を発揮するというわけなのです。今の日本の家庭ではもっぱらこの形で木炭が活用されていますね。

まとめ

国際エネルギー機関が発表した世界エネルギー展望2020年版では、新型コロナウイルスの影響で石油需要が下がる一方、電力需要に発電量が左右されない再生可能エネルギーのシェアが上がっていると報告されています。

こうした事実から、石油を当たり前に使ってきた時代が変化しつつあると見るむきもあります。

かつて薪が木炭に、そして木炭が石油に移り変わっていったように、ゆくゆくは石油にも変化の時が来るのかもしれません。

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