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インターネットを蝕む陰謀論、SNSでQアノンが広がる理由

表の政府とは別に、エリート層が集まった「影の政府」が存在し、人知れず世界を動かしている――。

クラシックな映画の筋書きのような荒唐無稽な話。根拠にも乏しく、いわゆる陰謀論として一笑に付されるような、空想に近い話です。しかしこれが今、インターネット全体を蝕むムーブメントとして広がりつつあります。

インターネットやSNS、人間心理の性質が噛み合って拡散を続ける「Qアノン」と呼ばれる陰謀論の前に、インターネット全体のシステムを見直すべきという声が上がっているのです。

Qアノンのはじまり

Qアノンの発端となったのは、「Q」を名乗ったユーザーの匿名掲示板への書き込み

アメリカの機密情報にアクセスできると自称する「Q」が唱えるのは、世界を裏から操る「影の政府」の存在。「影の政府」を構成するのはアメリカ国内のエリート層であり、トランプ大統領はその目論見をくじこうと密かに動いているというのがQの主張でした。

もちろん主張の根拠は薄く、内容はむしろ面白みのない古典的なものです。ただQの主張は、一部の人の心を強烈につかみました。やがてQの信奉者は匿名掲示板から各種SNSプラットフォームへと広がり、「影の政府」についてQの発言を解釈し、さまざまに情報を発信しています。

Qのフォロワーは今や複数のSNSにまたがって存在し、メインストリームの米国メディアでも取り上げられるなど、日増しに存在感を増しています

Qアノンの存在感は、2020年に起こった新型コロナウイルスのパンデミックによって一層増しています。パンデミックに便乗する形で、自分の影響力を増そうとし、ターゲット層に受け入れてもらいやすい偽情報が流布されています。事実と異なる情報が拡散されることがどれだけの害を及ぼすか、世界中がすでに目の当たりにしてきました。

Qアノンは今や、FBIによって「潜在的なテロリズムの驚異」であるとしてマークしていることが報道されています。

拡大に寄与したと思われる要素

Qアノンに限らず、現代の陰謀論の提唱者はSNSプラットフォームをうまく活用して支持者を増やしています

SNSを使ったPRテクニックの向上だけが要因ではありません。今現在のSNSには、陰謀論を根付かせる助けになるような性質がいくつも存在します。それが人間のもつ本来的な性質と噛み合ってしまうことで、インターネット上での陰謀論への対処は非常に難しいものとなってしまうのです。

信念を変えることのむずかしさ

そもそも、人の信念を変えるのは難しいことです。

何かひとつのことを正しいと信じ始めた人に、その考えを変えさせることは並大抵のことではないのです。

その要因のひとつは、ブーメラン効果という心理学的現象。事実を疑っている人に事実を示しても、一層かたくなに疑うようになるというものです。

もうひとつ、真理の錯誤効果(Illusory truth effect)というものもあります。これはデタラメを何度も繰り返し目にするとだんだん真実らしく思われてきて、それに反する事実を示されても受け入れにくくなるという現象を指します。

これら2つが合わされば、デタラメを何度も聞いたためにそれをなんとなく信じてしまい、その信念が変え難くなるという事態に陥ります。受動的に陥った状態から抜け出せなくなるというのは、アリジゴクに落ちるようなもの

このことは、何が事実かをファクトチェックで示すだけでは、陰謀論の信奉者の考えを変えることは難しいということを示しています。

同時に、陰謀論に対する批判的な報道でさえ発信者側には追い風となります。入れば抜け出しにくいとなれば、人の目に触れれば触れるだけ得なのです。

SNSそのものの性質

人目に触れれば触れただけ得になるという性質は、SNSと非常にうまく噛み合います

SNSの根本にある機能は情報を拡散すること。目を引くものに人が集まり、人が集まることでさらに注目を集める……という本質的な機能は、陰謀論の拡散にも非常に有効に働きます

特に問題視されているのが、SNSのレコメンド機能。これはユーザーのこれまでの行動や関心を分析し、関心を持ちそうなコンテンツや別のユーザーを提案する機能で、さまざまなプラットフォームに搭載される標準的な機能です。

Qアノンの主な主張は「政府の陰謀」。これはたとえば反ワクチンやコロナウイルスの生物兵器説など、別の陰謀論や疑似科学と組み合わせやすいものです。そのため、これまで1つの陰謀論を追っていただけの人をレコメンド機能で取り込みやすいのです。そうして多様な陰謀論とQアノンが関連付けられると、さらに人が集まりやすくなる…という、正のフィードバックが発生します。

たとえばフェイスブックでは、反ワクチンや反ロックダウン、親トランプのフェイスブックグループに参加した後、Qアノン関連のグループがレコメンドに表示されるということがあったと報じられています。

レコメンド・アルゴリズムは、その具体的な内容はさまざまだったものの、政府が極秘の真実を隠蔽しているという考えを共有していたユーザー間の相関関係を認識し、それに沿ってQアノンのコンテンツを提案していたと考えられます。

SNSプラットフォームのレコメンドアルゴリズムの仕様もあって、Qアノンはそれ自体がひとつのブランドになりつつあります。

今ではQアノンという名前が世界的に広まっているため、ローカルな集団がQアノンに言及することで知名度や求心力を得ようという動きが見られるようになっているのです。

たとえばドイツでは、Qアノンの主張が「帝国市民運動家」に強く共鳴していると報じられています。これは、現在のドイツ国家の正当性を認めず、秘密裏にアメリカに支配されているという説を唱えるグループ。

アメリカ社会の上層部に潜む「影の政府」に世界が動かされているというQアノンの主張は、アメリカの支配を否定する帝国市民活動のスローガンに沿っています。世界的に有名なQアノンも同じ旨の主張をしているから……という理屈で、自分たちの主張にハクをつけようという考えがあるのでしょう。

自分の信奉する陰謀論とQアノンを結びつける人が増えれば、事実上Qアノンそのものの影響力が高まっていきます。するとさらに人が集まり……というループで、影響力は際限なく高まっていくのです。

SNSプラットフォーム各社の取り組みと今後の課題

インターネット上での陰謀論の拡散は、SNSプラットフォーム各社も懸念しています。

2020年7月にはツイッター社が、Qアノンの陰謀論を広めるアカウントは歓迎されないという声明を発表。加えてトレンドページの関連トピックやレコメンデーションを削除したほか、Qアノン関連のアカウントを7000以上削除してもいます。

また8月にはフェイスブックでも、大規模なQアノン関連のフェイスブックグループが削除されたと報じられました。削除の理由はヘイトスピーチや偽情報拡散、ハラスメント関連の規約違反。メンバーは20万人を数える大規模なグループだったといいます。

ただ、SNSプラットフォームがアカウント削除や投稿の制限を行ったとしても、それだけでは対策として不十分という声もあります。

人が信じる考えを変えるむずかしさはSNSとはまた別の要素です。そして、情報が善悪の区別なく拡散していくというのは、いってみればインターネットそのものの本質だともいえます。

インターネットで情報が流通しなくなっても、たとえばテレビのニュースで批判的な報道がされれば、ある意味では情報の拡散に寄与することになります。ニューヨーク市の警察組合の組合長がテレビのニュースに出演した時、Qアノンのロゴが入ったマグカップがカメラに映って話題になったという事件もありました。彼自身はQアノンを知らずにそのマグカップを使っていたとしても、信奉者の空想を刺激するには十分でしょう。

まとめ

このように、Qアノンひいては陰謀論対策をするためには、SNSやインターネットだけでなく、メディア全体を視野に入れた上で情報の広がり方を考えていく必要があると考えられます。

ネットワークで結ばれた情報のダイナミズムを捉えるため、情報エコロジーという新しい学問領域が現れつつあるように、対策にはこれまでにない新しい発想が必要になってくるかもしれません。

またQアノンの唱える説自体、大衆の側に立つトランプ大統領が米国のエリート集団に立ち向かうという、社会のエリート層への反発といった趣が色濃いものです。こうした論を信じる人が増える背景には、富の配分の不均衡、社会的流動性の低下などが原因となる不公平感があるとも考えられます。

根本に社会に対する不満があるのだとすれば、陰謀論への対処はさらに難しいものとなるでしょう。

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