虫垂炎、通称盲腸として知られている病気だが、機能的に要らないとされていた虫垂の疾患であったため、今までは切り取ってしまうのが一般的であった。
それが、21世紀初頭の研究で、「もしかしたら必要かもしれない」と言う所までは分かっていたが、それがどのくらい重要なのかが分かっておらず、健康な虫垂を他の手術のついでに切り取る様な事は減ったものの、「無いよりはマシ程度なら、邪魔になったら取れば良い」と言う全体の風潮は変わらなかった。
しかし、今年4月の大阪大学の研究で、虫垂が人体にとって確実に必要な組織であり、さらに切り取ることで別の疾患を引き起こしやすくなることが明らかになった。
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虫垂、盲腸から伸びる不可解な出っ張り
虫垂炎は、盲腸・盲腸炎などと呼ばれていますが、これは虫垂が盲腸から伸びている器官であり、かつては盲腸の一部であると考えられていた事で、生まれた通称です。本来、「盲腸」と言うのは、別の器官を指す言葉なので、以降は使い分けて呼ぶようにします。
まず、そもそも虫垂とはどこの器官で、虫垂炎とはどこの事を指すのかと言う所からご説明します。
左図は胃腸の断面図ですが、⑥が虫垂で、その左上の⑤が盲腸となります。小腸と大腸を繋ぐ盲腸に出っ張る突起、これが虫垂です。
腸が食べ物を消化する器官であることを考えると、どろどろになった食べ物が虫垂に入ったらどうなるんだろう? とか、虫垂に排泄物が溜まっていつまでも排泄されなくなったりし無いのだろうか? ましてや、消化されない果物の種とかが入り込んだら、そこで成長してしまうんじゃないか? など、色々な疑問が湧いてきます。
実を言うと、多少何かが入り込むことはあるようです。隙間は小さく、基本的には中に何も入らない様に締め付けているので、滅多なことでは入りませんし、入ってもそのうち押し出してしまいます。
しかし、腸内の他の部分と違い行き止まりの虫垂。小さな異物が入り込むだけで大きな問題に発展します。
恐ろしい虫垂炎
それが虫垂炎です。異物が入り込み、雑菌が繁殖すると、虫垂付近の抗体が反応し、炎症に発展するのです。
そして、手術が必要な病気の中で、一番軽いノリで行われるのが虫垂炎。経験の浅い外科医が初手術として行っていたり、発見次第すぐにお腹を開けて切り取ってしまう簡単な虫垂炎の手術ですが、病気自体が軽いわけではありません。
炎症による腹痛はかなりの痛みであり、発熱や嘔吐にも繋がり、かなり重たい症状が出ます。そして、放置すると、虫垂に穴が空き、炎症が付近の内臓に広がっていき、最終的には死に至ります。
滅多なことで死なない病気とされていますが、虫垂炎で人が死なないのは、
「腹痛が激痛であり症状としてわかりやすく、手遅れになる前に確実に発見される事」
「手術による切除が、非常に簡単な事」
の二点が理由であり、滅多なことでは見逃さない病気だから死なないのであって、病気として軽いから人が死なないわけではないのです。
「盲腸くらいで入院や治療なんて要らねえよっ!」と言う人は、そのうち死ぬので気を付けて下さい。
ただ、「盲腸で手術が要らない」と言う可能性は、近年非常に高くなってきています。原因が細菌などの過剰発生である異常、抗生物質での治療が可能です。部位や原因がはっきりしているため、適切に効く抗生物質も増えてきており、薬物療法での治療も可能になっています。
しかし、盲腸がある以上再発の可能性があり、異物が入り込みやすくなっていた場合は高い確率で再発する事になります。そのため、虫垂炎を外科手術で取り除かない理由としては、「手術の傷」や「入院」が手間だという程度でしか無く、「腹腔鏡手術」など、小さな穴を開けるだけで手術できる手法が確立された今となっては、虫垂を取り除くためのハードルが非常に低くなりつつあります。
虫垂が備えていた人体に必須の機能
問題を起こしやすい要らなそうな器官とはいえ、免疫系に重要なリンパや抗体を作る機能を備えていたり、草食動物などでは植物の消化に必要な細菌を蓄える貯蔵庫としても機能しています。これだけ聞くと重要な器官なのですが、それだけであれば人間は別の器官で代用したり食べ物から直接摂取することが可能で、無くても代用が出来るレベルなのです。腎臓が二つあるからと異常が起きたら問答無用で切られる様に、代用が出来るなら要らないのです。
虫垂の機能については、様々な研究によりある程度は明らかになっていましたが、今までの見解としては、「虫垂が持つ機能は、人間の食生活の発達や衛生管理・医療技術の発達により不要になった退化器官」と言うのが一般的でした。つまり、栄養面や衛生管理と言った面で不安のある途上国などでは必要になることもあるが、先進国の衛生・栄養レベルであれば要らないと言う程度の器官と言う認識だったのです。
しかし、この度の研究で、「虫垂にしか出来ない機能」として、IgA陽性細胞の生成というのが発見されました。
IgA細胞というのは、免疫グロブリンA細胞と呼ばれており、ここ10年の間に注目されるようになった細胞です。腸内細胞の免疫機能において、最も重要な細胞だと考えられており、腸内細菌のバランスを整える働きがあります。腸内バランスと言うと、乳酸菌を思い浮かべますが、この乳酸菌もIgA細胞の生成の手助けをしています。つまるところ、乳酸菌でお腹の調子が良くなるのは、虫垂で作られる細胞の働きを補助しているから、と言う言い方も出来ます。
この上の図の、ナイーブB細胞というのが虫垂で作られる細胞であり、この細胞がIgA陽性細胞と言う細胞を生成し、IgA細胞は腸内の細菌のバランスを整えています。細菌のバランスを整えると言うのは、具体的には増えすぎた細菌の活動を抑制し、必要な細菌の活動を活発化させることを意味します。
つまり、虫垂を切除することでIgA陽性細胞が少なくなると、細菌が過剰に増えすぎることで発生する、「炎症性腸疾患」や「食中毒」などの病気にかかりやすくなるということを意味します。
虫垂の切除は実はヤバかったのか?
え、じゃあ虫垂って実は切除しちゃダメだったの?
絶対にダメだということではないようです。まず、IgA細胞は常に作り続けなければいけない細胞ではないため、一旦虫垂が作った後は、腸内には必ず残り続けています。排泄とともに消えてなくなるわけでもないので、切除してすぐにお腹の調子が悪くなるということも無いでしょう。さらに、パイエル板と呼ばれる小腸内の器官でもIgA細胞を生成しています。
しかし、少なくとも虫垂にそう言った重要な機能が備わっていることがわかったので、今後は安易に取り除く様な事は少なくなるかもしれません。切ったとしても、腸内バランスを整えるための食生活や薬物療法などでフォローする事も可能であり、重度の虫垂炎であれば切除する事になるでしょう。
何にせよ、人体の不思議が一つ解明され、健康的な生活を送るための知恵が一つ追加されたことは喜ばしい限りです。
ところで、虫垂が尾てい骨の様な草食動物時代の退化器官ではなく、人体における重要な器官であることがはっきりしましたが、他にもそう言った器官はあるのでしょうか?個人的には、男性の乳首は要らないような気がしますが・・・実はあれも何かに使うのでしょうか?