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「しんえん2」:はやぶさ2と共に地球を離れ外宇宙を目指す超小型深宇宙通信実験機

 2014年11月30日12月1日以降の打ち上げに延期のはやぶさ2。H-IIAロケットによって打ち上げられる予定だが、実ははやぶさ2を搭載するH-IIAロケットには若干の余剰スペース(余剰重量)が存在していた。

外宇宙を目指すための軌道にH-IIAロケットを載せる場合、最大2500kg程度の積み荷が限界とされおり、やはぶさ2の重量は600kgで耐衝撃用の支持材などを合わせても若干の余裕があった。そこで3機の人工衛星が選定され、はやぶさ2と共に外宇宙を目指す事が決まった。

「しんえん2」「PROCYON(プロキオン)」 「DESPATCH」の三機の内、本記事ではしんえん2について扱う。

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ミッションは宇宙の果てからメッセージを届ける事

しんえん2のミッションは極めてシンプル。

その小さく・軽く・入手の容易な部品で作られた機体を使って、地球から遠く離れた宇宙からの通信を試み、 成功させること。

「なんだ。通信するだけか」と思うかもしれない。本機「しんえん2」にエンジンなどは付いておらず、ロケットから放出された後はただ宇宙を漂うだけ。「はやぶさ2」は高性能イオンエンジンを使って更に遠くへ飛んでいく中、しんえん2はそれをその場で見守るだけなのだ。一緒に打ち出される「プロキオン」などは同じくらい超小型の衛星ながらエンジンを搭載し、探査機としての機能を有している。それらと比べると、なんだか「しんえん2」は地味な機体に思える。

ところが、本機の重要性はある意味でその地味さにある。

機能も見た目も地味な機体

<しんえん2>

はやぶさ2

しんえん2は実に地味な機体だ。

エンジンもなく、姿勢制御装置もなく、アンテナも普通で、太陽パネルも機体に貼り付けただけで開いたりしない。

エンジンがついていないので、加速してスピードを得ることは出来ないが打ち出すH-IIAロケットは超高速で宇宙を飛ぶため、それによるスピードをしんえん2も得られる。さらに宇宙には空気がないため減速しない。

そのまま超高速で打ち出されたしんえん2は、どんどん地球から離れていく。離れれば離れるほど電波は拡散し届きにくくなり、通信は困難になる。

探査機である「はやぶさ2」や「プロキオン」が搭載するアンテナは最新技術を使った指向性アンテナで、狙った方向に電波を飛ばすことが出来る。遠くに電波を飛ばすためにはより多くの電気エネルギーが必要になるが、指向性にすることで小さなエネルギーで遠くへ飛ばせるようになる。

ところが、このしんえん2が搭載するのは、車にも付いていそうなごくごく普通の全方向アンテナで強い指向性はない。そもそも、姿勢制御機能が付いていないので、狙った方向にアンテナを向けられないのだ。

太陽パネルも機体に所狭しと貼り付けられただけで、パカっと開いたりはしない。

出来るのは、備え付けのアンテナで通信する事だけ。

え・・・そんだけ? と思いたくなるが、本機の重要性はそのシンプルさにある。

超小型・超軽量の機体と簡易な通信設備

 サイズは50cm程度で、重さがなんと15kg

 これは衛星としては非常に軽い。
超小型探査機と言われている「プロキオン」はやや大きい上に60kgあり、十分軽いがそれよりも軽いということになる。

これだけ軽ければ、どんなロケットにも探査機にも搭載できる。 そして、この大きさとこの軽さを持つ衛星で深宇宙通信を成功させた例は存在しない

そして、実は一番驚きなのが制作費。通常、億単位で金が吹っ飛んでいく衛星制作に対して、本機はなんと制作費が900万円だという。

実は部品の全てに既製品を用いており、極端な話その辺で買える製品を集めて作った衛星ということ。つまり、技術と知識があれば誰にでも作れる衛星で、大量生産も可能という意味でもある。

さらに、汎用的な通信技術を使うことで、誰でも深宇宙通信が出来るのも魅力だ。今まではJAXAやNASAしか深宇宙通信を確立できず、一般的な大学が深宇宙通信を行う事は出来なかった。しかし、しんえん2の電波はアマチュア無線家でも受信・解読が可能だ。

安価で軽くて小型な汎用型衛星。本機の最大の特徴はそこだと言っても良い。

そして、遠くでも通信を確立出来るとしたら・・・宇宙探査の未来が変わる。

「安い軽い小さい」衛星が作る未来

今までの宇宙探査はお金がかかり、時間もかかるものだった。

高価な探査機はたくさん作れないため、目標を絞って時間を掛けて探査をするのが普通。しかも、失敗したら次の探査は殆ど不可能と言っても良い。小さなトラブルが命取りで、一つのミスも許されない。

予定外の何かが起こった瞬間、ミッションは失敗となる。

彗星探査機ロゼッタに搭載されたフィラエが着陸に失敗した事は記憶に新しい。

だが・・・もし簡素で安価な探査機を沢山用意できるとしたらどうだろう?

大きなコンテナに山ほどの探査機を乗せ、小惑星の多いエリアへ飛ばす。そして、小惑星の付近で片っ端から探査機を飛ばすのだ。多少故障したり失敗したところで問題はない。その中には、非常に珍しい小惑星を発見する探査機もあるかも知れない。

探査する価値があり、安全が確認されたところで本命の高価な探査機を飛ばせば、ミッションの成功確率や精度は大幅に高まる。探査機同士の通信を可能にすれば、さらに遠距離の通信が可能になり、地球から死角になって電波が届かない場所からも通信が出来るようになる。

本機はそう言った軽量小型機の通信技術を確立するための実験機なのだ。

本機はあくまで通信実験機だが、搭載アンテナを用いて宇宙の電波環境を測定することも出来る。
深宇宙探査機は高価で貴重・・・そんな常識が打ち破られる日も来るかもしれない。

 

余談だが、日立が開発した3億年間データを保存できる石英ガラスというのも搭載されているようだ。宇宙を漂い続け、ある日おもむろに開いてみてデータが再生されれば、人類の遺産を乗せて遠くへ飛ばすことも夢じゃなくなる。

遠くの宇宙へ旅だった人類が、どこかにいる仲間に向けてメッセージを飛ばす事もできるだろう。

宇宙のどこかをただ漂っているだけなら見つけられないだろうが、通信可能な衛星の中にデータが入っていれば、見つけ出すのはそう難しいことではない。ただ、通信が出来るだけでも、沢山の使い道があるのが宇宙の世界。

光すら届かない宇宙では、電波がだけが命綱なのだから。

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