彗星探査機ロゼッタが2014年8月、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星にランデブーし、周囲を集会しながら調査を行い、11月12日着陸機フィラエを投下しました。
フィラエは3度大きくバウンドして着陸地点を大きく逸れた後、傾斜の強く太陽の当たらない地形に斜めに着陸する形になりました。そして、機体をきちんと固定できない上、太陽が当たらず充電がままならないままでミッションに挑むこととなります。
短い時間ながらも限界までフィラエは調査を続けますが、最終的に休眠状態に入ることになります。そんな過酷な状況でミッションに挑むことになったフィラエですが、結局のところミッションは成功したのでしょうか?
彗星へのランデブーと彗星探査の難しさ
(http://www.esa.int/)
ロゼッタは2004年にESAのアリアンロケットによって打ち上げられました。打ち上げから数年越しの地球スイングバイ時に小さなトラブル?に見まわれながらも無事に彗星へ向かう軌道に乗ったロゼッタ。
しかし、しばらくするとロゼッタは太陽から離れすぎたことで充電ができなくなり、休眠状態に入らなければならなくなります。これは彗星に限らず、太陽から遠い位置を通る小惑星軌道であれば必ず通る道なのですが、彗星の場合は「太陽から離れている」と言うのが小惑星の場合より重要になります。
というのも、太陽に近づくと彗星の尾が発生してしまうからなのです。
誤解されやすいことなのですが、彗星の尾と言うのは隕石や流星群などとは違って、大気圏との摩擦で発生しているわけではありません。太陽風や太陽放射による「太陽から発せられているエネルギー」によって、彗星表面が解けてはじき出される事によって発生してしいます。
つまり、彗星が太陽に近づくと彗星の尾が発生してしまい、観測状況が大きく変化してしまうのです。彗星の尾の成分などを調べる場合には都合が良いのですが、彗星の核を調べるのは非常に難しくなります。そのため、ロゼッタの彗星ランデブーとフィラエの着陸は太陽からまだ遠く離れている状態で行われました。
フィラエの着陸時のトラブル
十分な姿勢制御装置や減速装置が搭載されていないフィラエは、非常にゆっくりとした速度で彗星表面の着地点アギルギアに向けて投下させられます。着地まで7時間。その間に、様々な状態チェックが行われました。
その際に判明した致命的な不具合の一つが、着地用噴射ガスが作動しなかった事。噴射ガスはガスタンクに貯蔵され、使用前に開栓されて使用可能な状態にする予定でした。しかし、予備の開栓装置も含め、全て作動させたものの噴射ガスが噴射可能な状態にならず、着地用噴射ガスを使用しないで着陸することとなります。
着陸用噴射ガスというのはフィラエが着陸した際のバウンドを抑えこむためのもので、地表に着地すると同時にフィラエ自身を地面に抑えこむ様に噴射され、バウンドによって着陸地点がずれないようにするためのものでした。それが作動しないということは、予想以上に大きくバウンドして着地点がずれる可能性があるということです。
予備の着地装置として搭載されていたのが「ハープーン」、銛です。別にそれでサメを狩るわけではなく、使い方としてはSF作品やゲームなどで良く用いられる方法で、壁などにビシッと打ち付けて巻き取るようにして壁をよじ登ったりするアレです。
つまり、フィラエは彗星表面に銛を打ち込み、それを引っ張ることで彗星から離れないようにしようと考えたわけです。このハープーン発射機には火薬が用いられており、作動確認はできませんでした。そして残念ながら着陸時にハープーンが作動することはなく、フィラエはなんと彗星に着地した直後、1km近く大きく跳ね上がってしまったそうなのです。
彗星表面は重力が弱く、フィラエの着地用の三脚は衝撃を緩和するために多少の柔軟性を持って作られているので、オプションの装備がないとそこまで跳ね上がってしまうものなのですね。本来であれば、数メートルか数十メートル程度のバウンドで済むはずでしたが、これはさすがに想定外でしょう。
そして、フィラエは更にもう一度、合計3度のバウンドを経て彗星に着陸する事となりました。
(http://www.esa.int/)
劣悪な着地点で、時間との勝負
彗星に着地した後、フィラエから送られてきたデータによって、フィラエの着地点の劣悪な環境が明らかになります。
まず、フィラエはかろうじて地面に着地できたものの、機体は大きく斜めになってしまっているということ。ひっくり返っていたわけではないのでまだ良いのですが、斜めになっていると言うことは機体の調査機器が正しく使えない可能性が高くなってしまうということなのです。
彗星には僅かながらに重力があるので、ひっくり返ったら最後、姿勢制御装置なしには簡単には起き上がれません。それでも機体を地面に固定させるハープーン等が使えていれば良いのですが、機体は正しく地面に固定されておらず、迂闊に機体を動かせばひっくり返ってしまう可能性もありました。
さらに、最悪なことに着地点が日が当たらない場所であり、フィラエが充電できなくなっているということが明らかになります。おそらく、フィラエのミッションの中で、これが最も最悪な事態でしょう。
別の記事(ミネルバの移動方法)でも説明していますが、重力の低い天体で移動すると言うのは非常に簡単なのです。むしろ、簡単すぎて動き過ぎてしてしまうのが問題で、フィラエ自身も移動装置を持っていないにも関わらず、着陸後に機器を勢い良く動かすことで移動しています。どういうことかというと、椅子に手足を固定したまま動くようなイメージで、体を勢い良く動かしてちょっと動いた。みたいな感じです。充電が出来るのであれば、もっと良い環境に動くこともできたのでしょうが、残念ながらそれで大きく移動する事は叶いませんでした。
そして、フィラエ(運用チーム)は決断します。
本来は数ヶ月掛けて行うはずだった調査ミッションを短期間でも可能な限り行い、データを持ち帰る事。そして、フィラエは矢継ぎ早に観測機器を作動させ、観測を進めていきます。フィラエは順調に観測を進め、この姿勢では安定性を損なうので危険だと思われていたドリル系の観測機器まで使い始めました。
ドリル系の機器は機体が固定されていなかったことや彗星の表面が予想以上に固かった事などから、うまく使えなかったようですが、その他の観測機器は大部分が動作した事が分かっています。
つまり、フィラエは過酷な環境ながらも観測機器を無事使えたということなのです。
全体としてミッションは成功したのか失敗したのか?
初代はやぶさも苦難の末にサンプル採取に成功していますが、フィラエも様々なトラブルに見舞われながらもなんとか調査を行いました。
その観測データはロゼッタを通じて無事に地球に送られ、 既に研究が始まっています。短期間でかなりのデータを採取したため、観測データの結果が出始めるには時間がかかりますが、初めての結果としてはかなり上出来の成果であり、成功と言えます。
ロゼッタは未だに彗星の回りで調査を行っていますし、休眠中のフィラエは着陸地点がズレたものの精密機器である観測装置の大部分が極寒の宇宙で10年を経ても無事に動いたと言うのは偉業であると言えるでしょう。
むしろ、今まで他の探査機では長期間動かせていた姿勢制御装置やハープーンの発射装置(発火装置)などが動かなかった事が意外なほどです。複数あったハープーンや噴射装置が全く動かなったと言うのは当初の設計ミスなのかもしれませんが、今後の改良で十分改善が可能でしょう。
今後、彗星が太陽に近づき、フィラエに太陽が当たるようになればフィラエは再始動が可能になります。そうなれば、再び調査に入ることできるようになり、新たな観測データを送ってくれるでしょう。
太陽に近づけばいずれ彗星の尾が発生するでしょうが、もしかするとフィラエが世界で初めて彗星の尾を内側から観測する事になるかもしれませんね。
参考:
http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/