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スターリングエンジンとは?そうりゅう型潜水艦のAIP推進機関は何故燃料電池ではないのか?

そうりゅう型潜水艦のAIP(非大気依存)推進機関には、スターリングエンジンと呼ばれる珍しいエンジンが発電機として搭載されています。

このエンジンは非常に燃費が良く、省エネで排気ガスも少ないエコロジーなエンジンとして近年注目され始めています。しかしその反面、パワー不足やエンジンの大型化などの問題を抱えており、未だに広く普及していません。

そうりゅう型潜水艦でも当初は燃料電池を搭載しようとしていたほどで、スターリングエンジンの採用はある意味仕方なく搭載しただけに過ぎませんでした。現場でもやたら場所を取る割には出力が出ないので使い勝手が悪いと言う不平も上がっているとか。

日本の自動車には燃料電池を搭載している車が既に存在し、ドイツの潜水艦でも燃料電池が採用されています。日本の潜水艦にも搭載できそうなものですが、では何故そうりゅう型には燃料電池ではなくスターリングエンジンが搭載されたのでしょうか?

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スターリングエンジンとは?

スターリングエンジンがそうりゅう型に搭載されていると聞いて、「最新の潜水艦に搭載されているのだから、きっとスターリングエンジンと言うのは新しいエンジンに違いない」と思われるかも知れません。しかし、このスターリングエンジンは新しく発明されたエンジンというわけではなく、原案はディーゼルエンジンなどの内燃機関よりも早い1816年には既に存在していました。

何故、古くに発明されたエンジンを今になって使うのかというと・・・スターリングエンジンは理論的には非常に優れたエンジンであったにも関わらず、技術が追いつかずになかなか陽の目を見ることがなかった悲運のエンジンで、現代になって何とか使えるようになったエンジンだからなのです。

まず、スターリングエンジンはディーゼルエンジンなどとは違った外燃機関です。

エンジンと言うのは何らかの方法でピストンなどを動かして運動エネルギーを得る機関ですが、殆どのエンジンにおいて、熱を加えると気体が膨張することを利用してピストンなどを動かし、運動エネルギーを得ています。

内燃機関が外燃機関かの違いはどうやって気体を膨張させるかの違いにあり、シリンダーの中で燃料を燃やして直接気体を膨張させるディーゼルエンジンは内燃機関で、ボイラーを温めて蒸気を発生させることで間接的に気体を膨張させる蒸気機関は外燃機関となります。ちなみに、内燃機関は燃料を直接膨張させてパワーが高いもののガンガン燃やすので燃費が悪く、外燃機関はわざわざ別の気体を温めているのでパワーが低いものの熱が排気などで逃げずに無駄にならないので燃費が良い傾向にあります。

そして、スターリングエンジンと言うのは、その外燃機関の中でも特に燃料効率の良いエンジンなのです。

スターリングエンジンの原理

スターリングエンジンでは、シリンダー内部の気体を温めると同時に冷やしているというのが一番の特徴だと言えます。


(Astatine211[Wikipedia])

上の図はスターリングエンジンの機構の一例ですが、基本的には温かい空気と冷たい空気を交互に入れ替えるような構造になっているのが特徴です。赤い部分が暖められている空気で青い部分が冷やされている空気です。かなり面白い動き方をしているのがわかりますね。

 これには二つのモノの動きが相互に作用しあっています。

ピストンが動くと空気が入れ替わり、空気が入れ替わって膨張するとピストンの動きが入れ替わります。

ピストンの移動:                             [冷たい空気]←→[温かい空気] 
空気の移動      :      [冷却シリンダーのピストン]←→[加熱シリンダーのピストン]

 

まず、温かい空気が膨張することで加熱シリンダーを左方向に押して、冷却シリンダーを上方向に引っ張り温かい空気を冷却シリンダーに流し込みます。一方、冷たい空気は縮こまろうとすることでシリンダーを下方向に引っ張り、加熱シリンダーを左方向に引っ張って冷たい空気を加熱シリンダーに送り返します

これがうまく順番に作用する様になっていて、スターリングエンジン内部の空気は「ある程度温まったら冷やし、ある程度冷やしたら温める」の繰り返しになっています。その度にピストンが上下され、運動エネルギーが得られると言う仕組みです。

実はこのスターリングエンジンの仕組み、カルノーサイクルと呼ばれる「熱と仕事を交互にやりとりしたら理論上はこうなる」と言う理論でしかなかった効率動作に近い働きをするため、現在考案されているエンジンの中で最も無駄のないエンジンだという事が出来るのです。

要はスターリングエンジンは、「同じだけの燃料を積んだ場合に、最も遠くまで行けるエンジン」だという意味になります。

他のエンジンでは、燃料のエネルギーが機関の仕組み上ある程度は無駄になってしまいますが、このエンジンであれば無駄を非常に小さくして運用する事ができます。

はやぶさ2などに搭載されている「イオンエンジン」も、燃料あたりの推進力が圧倒的と言う理由で搭載されていますが、燃料効率と言うのは燃料に限りのある潜水艦や探査機では非常に重要度の高い関心事なのですね。

潜水艦で発電するなら最良は燃料電池

燃料効率が最も良いとされるスターリングエンジンですが、「遅くて、大きくて、音が出る」と言う潜水艦的には致命的な欠陥があったため、潜水艦が潜水中に発電する機関としてはスターリングエンジンではなく燃料電池がベストであると考えられていました。

そもそも、いくら熱機関として効率が良いとは言え、
「燃料→熱→仕事→電気」と言うプロセスそのものが無駄であり、「燃料→電気」の方がベターなのは火を見るより明らかです。

しかも、スターリングエンジンではピストンがガコガコ動いて音が出る上、排気も若干出るのに対して、燃料電池は無音で排気も水だけ。潜水艦にとっては、完璧な発電装置といえます。

実際、そうりゅう型潜水艦でも燃料電池の研究が進められていました。

しかし、水素と酸素の反応から電気を得る燃料電池では、大量の水素と酸素を長期にわたって貯蔵する必要があり、その貯蔵方法が課題となっていました。酸素はまだ良いのですが、水素を液化保存させて何らかの事故で水素が漏れだした場合、かなり簡単に引火して爆沈します。飛行船に水素を使って爆発したヒンデンブル号の事故などは有名ですが、水素の扱いと言うのは非常に難しいのです。

無論、燃料電池車などのように安全対策がきちんとできれば良いのですが、潜水艦は車の事故とは違い、魚雷や爆雷で攻撃を受ける可能性があります。その上、地上で水素漏れを起こしても軽い水素はどんどん高く登っていくので、車の周辺に充満して離れた場所の少しの火花で爆発するみたいなことにはなりませんが、潜水艦の内部で水素漏れを起こしたら、水素が潜水艦の内部に充満してかなり爆発しやすくなります。

そのため、現在潜水艦で水素を貯蔵する方法として有効なのが、水素吸蔵合金なのです。

(Space-Device株式会社HPより)

水素をそのまま貯蔵するのではなく、水素を吸収する物質を使って水素を貯蔵すると言う方法です。

こうすれば、水素漏れや水素に引火しての爆発事故などを防げるようになり、より安全に燃料電池を運用することができます。そこで、日本も水素吸蔵合金の研究を進めていたのですが、水素吸蔵合金の劣化や貯蔵量の問題が解決できず、日本の潜水艦への搭載は今のところ困難であると見られています。

ただ、ドイツの様に領海が狭く、活動範囲が狭い小型の潜水艦であれば水素の貯蔵量は少なくて済む上に劣化した合金の交換も容易なため、ドイツの潜水艦には燃料電池が採用されています。残念ながら、ドイツの潜水艦のような小型モデルでは日本の広大な領海を守るのには不十分であり、日本の潜水艦にはまだ使えそうにありません。

だったらいっその事、電池だけ良い

これはあくまでそうりゅう型の後期モデルの話で次世代潜水艦の事ではないのですが、そうりゅう型潜水艦は将来的には海上航行用のディーゼルエンジンと電池だけという昔ながらのスタイルに回帰するということです。

別の記事でもご説明していますが、日本のリチウムイオン電池技術は非常にレベルが高く、潜行中に発電せずとも予め充電しておいた電池だけで長期航行が可能であると考えれています。

「燃料→熱→仕事→電気」でもなく、「燃料→電気」でもなく、「電気」だけで良い。ということですね。

まあ、それでも充電された「電気」は何らかの形で燃料から得られているんですけども。

電気と言うのは乗り物に積まれるような小型なものでその場で作るよりも、発電所などで大規模に作られたものを使うほうが実を言うと省エネ(太陽発電などは除いて)なのです。戦争に省エネとかは関係ありませんが、兵器に使われる燃料の大部分が戦闘以外で使われていることを考えれば、そう言う省エネもありなのかもしれませんね。

とはいえ、そうりゅう型の後期型は省エネが目的ではなく、大量のリチウムイオン電池による長時間の高速航行と生産コストを下げるのが目的です。リチウムイオン電池は今ではなんにでも使われていて大量生産されていますし、潜行しての航行に特化した現代の潜水艦は海の上をディーゼルエンジンで航海するよりも潜った方が速いので、本当に急いでいる時はさっさと潜って戦地へと向かいます。

港で充電しておいて、必要になったら素早く潜って展開する。専守防衛を基本とする日本の戦い方であれば、そちらの方が賢いのかもしれません。

今回の話は結局の所、
「究極的に省エネらしいスターリングエンジンより潜水艦に丁度良い燃料電池を使いたかったけど、水素の貯蔵方法に問題があったよ」

というだけなんですよね。

ちなみに、スターリングエンジンを発電所で使えれば今よりもっと省エネになります。そっちの研究もまた別のところで進められていますが、一度に発電出来る量が少なくてまだ使えないみたいですね。

 

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