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怪我の治り方について、乾燥療法?湿潤療法?それぞれの特徴と細胞たちの働き-傷の治療(前編)

皆さんは怪我がどのようにして治るのかご存じでしょうか?

線維芽細胞についての記事で、傷や細胞の損傷を修復するのに「線維芽細胞」が重要な役割を果たしているとご説明しましたが、傷の修復は線維芽細胞だけで行われるのではありません。血小板、リンパ球、白血球など様々な細胞(及び成分)が協力しながら怪我が治っていくのです。

傷を乾燥させない湿潤療法などが取り上げられるようになって久しいですが、何故消毒がダメなのか、乾燥療法ではなく湿潤療法が優れているかについても合わせてご説明していきます。

怪我が治る過程と活躍する細胞

怪我というのも色々ありますが、擦り傷でも切り傷でも、骨折でも肉離れでも、治癒のプロセス自体にそれほど大きな違いはありません。

  1. 細胞が損傷する
  2. 損傷した細胞や付近の細胞が損傷を示す化学物質を放出
  3. 化学物質に呼び寄せられ、必要な細胞達が集まり始める
  4. 血液中の血小板が損傷部分を一時的に塞ぐ
  5. 血小板が血液中の繊維状のタンパク質(フィブリン)を固めて傷口にばら撒く
  6. 広がったフィブリンを伝って、線維芽細胞がコラーゲンで仮の細胞を作る
  7. 一方で、一部の細胞はそのまま分裂しながら傷口を塞ぎ始める
  8. 細胞分裂や線維芽細胞によって傷口が塞がれる
  9. 傷口自体が塞がった後、仮の細胞が正しく組み直されて正常な細胞になる

ざっくり説明すると以上の様な流れになります。「仮の細胞」と言うのは損傷部位によって別の別のものになりますが、軟骨のような「あるべき形の中間」のようなものをイメージして頂ければ大丈夫です。

これだけではなんだか良く分からないと思うので、人体を一つの街だと考えて、傷を火事だと仮定してみると以下の様な流れになります。

火事が起きる(①傷が出来る)と、付近の住民や焼け出された住民が火事だと騒ぎ始める(②化学物質の放出)。火事を聞きつけた消防士や警官が火事の現場に急行(③修復に必要な細胞たちの集結)する。
消防隊や警官が延焼を防ぎながら火事を消す(④血小板が一時的に塞ぐ)。瓦礫まみれでは家の再建が進まないので、瓦礫の撤去をしつつ建築資材の搬入路を作る(⑤タンパク質をばら撒く)。
土建屋が警官や消防隊の作った道を伝って、焼けた家の建築作業を行う(⑥線維芽細胞が仮の細胞を作る)。崩れていない家の部分やすぐに治せる部分は、新しく建て替えずにそのまま使う(⑦軽度の損傷部分の細胞分裂)。
家の外観が完成する(⑧傷口が完全に防がれた状態)。住民が入って内装までしっかりと元通りにする(⑨正常な細胞になる)。

少し無理がある例えもチラホラ見えるものの、何となくイメージが掴みやすくなったかと思います。

修復の過程自体はこれだけでもざっくり理解できたと思いますが、「修復に必要な細胞」と言うのは細胞組織を元通りにするためだけの細胞達(線維芽細胞など)ではありません。傷口から流入する雑菌や死んで邪魔になった細胞の回収係も存在しているのです。主に白血球などの免疫細胞達ですが、傷が出来た時に傷の修復以上に重要なのがこの免疫細胞達なのです。

特に表皮に出来る傷では、免疫細胞が非常に重要です。表皮と言うのは、あらゆる外的から身を守る最強の盾となっていますが、それが一旦破られれば、本来体の中に入ってはいけない菌や物質が大量に入り込んできます。それを片っ端から排除してくれるのが免疫細胞なのです。

湿潤療法と乾燥療法

この修復細胞(物質)や免疫細胞が傷の修復に大きな役割を果たしていることは分かりましたが、実はこれが乾燥療法より湿潤療法が優れていると言う根拠になっているのです。

次ページから、簡単におさらいします。

乾燥療法の特徴

乾燥療法は、傷口をしっかり乾燥させて「かさぶたを作って治す」方法です。今まではこちらが一般的でした。

傷口を乾燥させるとかさぶたが出来ます。時折、「かさぶたは血小板だ」などという説明がなされることがありますが、血小板以外にも血小板が作ったタンパク質の残滓や修復中に乾燥して死んでしまった仮の細胞に加え、血液中の様々なものが混ざっています。むしろ、量的にはそう言った細胞の方が多いので、血小板と言ってしまうのは乱暴な説明かもしれません。

このかさぶたはかなり硬質で、当然出血は防げますし、細菌や異物の侵入を防ぐ効果もあります。傷口が勝手に開かないように固定する効果もあるので、なかなか優れたアイテムなのですが、かさぶたの下では修復細胞達が非常に窮屈そうに活動しています。

放っておけば、徐々にかさぶたを押し上げながら細胞の修復をしてくれますが、かさぶたが邪魔で遅々として修復が進まないのです。先ほどの例で言えば、焼け出された瓦礫が完全に取り除けなかったために、建設作業の邪魔になっているような状態です。

最悪、完全に治っていない状態でかさぶたが剥がれてしまい、再び出血して新しい傷になっていまいます。かさぶたが痒いのも、周辺の皮膚細胞がかさぶたを異物だと感じて化学物質を放出しているからなのです。例えるなら、「火事」ほどじゃないにしても、「これ何? 邪魔なんだけど?」とガヤガヤと騒いでいる状態だと言ってもいいでしょう。

かさぶたのお陰で傷は強固に塞がれていますが、いわば焼け残った瓦礫で延焼が止まっただけの状態なので、健全な状態とはいえません。

湿潤療法の特徴

そこで、最近注目され始めたのが湿潤療法です。
湿潤療法と言うのは、傷口を乾燥させずに密閉し、「グチュグチュの状態のまま傷を治す」方法
になります。

傷口がドロドロの状態だとなんだか気持ち悪いかもしれませんが、そのドロドロは「線維芽細胞が作った仮の細胞や血小板がばら撒いたタンパク質で満たされた状態」なのです。つまり、「今、修復頑張ってます」と言う状態です。

ここで傷口を乾燥させてしまうと、修復を頑張っている彼らが干からびて死にます。

細胞というのは基本的には乾燥に弱いものです。水分で満たされているからこそ生きていられるわけで、むしろ乾燥に強い表皮が細胞の中でも異例なのです。厳密に言えば、体の一番外側を担当している表皮細胞は既に死んでいたりします。乾燥したくない細胞たちは、死体を外に並べて乾燥の盾にしているわけです。

傷口でも同じようなことが起き、乾燥して死んだ細胞たちを盾にして、粛々と細胞修復を行います。湿潤療法では、出来る限りこれらの細胞たちを殺さないようにするのです。

しかし、ジュクジュクの状態だと細菌が入り混んだり、繁殖したりするのではないかという懸念も確かにあります。可能な限り密閉してそれらを防ぎますが、最初の傷が出来た段階で入った細菌達も乾燥しないで生き残っているので、彼らが繁殖することも出来ます。

そこで獅子奮迅の活躍をするのが免疫細胞です。傷が出来ると同時に招集され、傷口に殺到します。火事場泥棒の細菌達は、瞬く間に御用となります。彼らは非常に頼もしく、地球上に存在する大部分の細菌や異物は免疫細胞が退治してくれます。稀に対抗できない細菌やウイルスがありますが、存在が稀で、殆どが人間たちに名前を知られて警戒されている有名人(エボラやエイズなど)ばかりです。

ちなみに、乾燥すると免疫細胞達も死んでしまう上に、死んだ細胞が邪魔で活動範囲が限られることになり、乾燥させた場合の方が免疫細胞をくぐり抜けた細菌達が暗躍しやすくなるようです。

傷の治りも早く、傷跡も残りにくく、感染症も防ぎやすい。メリットの多い方式ですね。

つまるところ、乾燥させて細胞を殺すのは非常にマズいということ。

人体には、基本的には人間に有益な細胞や物質が大多数を占めています。傷口を乾燥させれば確かにすぐに傷口が塞がりますが、人間に取って有益な細胞を大量に殺していることにもなります。有益な細胞が死ねば、異物や細菌が人体に害を為す可能性も高まりますし、修復自体も遅くなってしまいます。

逆に、水分を保って細胞を活かせば、害を為す細菌も生き残る一方で、圧倒的な大多数を占める有益な細胞も生き残っています。水分を保つと共に傷口を人為的に塞いでしまえば、細菌が新たに外から入り込むことはなく、有益な細胞が援軍として次々と集まってきます。最終的にはホームグラウンドで自在に活躍する免疫細胞が細菌を駆逐し、安全に傷の修復を行えるようになります。

そのため、敵味方の細胞をまとめて殺す乾燥療法より、敵味方含めて皆を活かす湿潤療法が優れているといえるのです。まとめて殺せと仲間を見捨てるより、敵に奪われる事を覚悟でせっせと仲間のために食料を運んだ方が良いということです。

湿潤療法はあらゆる面で乾燥療法に優っているのですが、洗って放置しておけば良い乾燥療法と違って少々手間が多いのがデメリットでしょう。ラップを使えば良いなど言われますが、ラップでは不適切なケースもあります。かさぶたで硬く覆われているわけでもないので、激しい運動などで悪化してしまうこともあります。

何でもかんでもこれ、と決めつけるのではなく、傷の状態や日頃の生活なども鑑みて最適な治療法を選びましょう。

後編へ続く

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