歯で噛み砕かれ、唾液に混ぜられ、咽喉と食道を通った食べ物は遂に胃へとたどり着きます。
胃というのは、体内の中でも非常に異質な場所と言えます。というのも、胃で分泌される胃酸は人体そのものを破壊するほど強力な酸を持っていて、微生物や食物を胃酸や胃から分泌される酵素などで分解します。
胃があるから人は食べ物を消化でき、食物内の微生物や細菌に侵されずに安心して食べ物を食べられるのです。そんな胃のしくみについて、簡単にご説明していきましょう。
消化器官のしくみシリーズ
・「歯」-食べ物を噛み砕き、消化を助ける最初の器官
・「唾液(腺)」-炭水化物の消化や口内殺菌を行う
・「食道と咽(喉)」-何故食べ物が詰まるのか?気管と繋がっている理由
胃の主な機能と目的
胃の目的はシンプルで、食べ物の消化と殺菌。
消化は食べ物の栄養素を吸収するために必要な過程で、殺菌は不要な物や害のあるものを取り除く作業であるといえます。
そのために、胃が持つ主な機能は以下の通り。
- 胃液の分泌
- 内容物の貯留
- 内容物の撹拌
胃が持つ機能の中でも最も特徴的な物が胃液の分泌。この胃液には、塩酸からなる胃酸とペプシンやリパーゼ等の消化酵素が含まれていて、食物の消化を進めつつ、微生物や細菌の殺菌を行えるようになっている。
内容物の貯留は、胃の出口部分に当たる幽門(上図の9番)を締めることで簡単に出来るようになっています。かなりの力で締めることが出来るようになっているため、多少沢山食べて胃の内容物が一杯になってもちょろちょろと漏れ出るようなことはありません。
食べ物の撹拌は胃を伸び縮みさせることで行われます。胃は見るからに変わった形をしていますが、これは伸縮させるのに丁度良い形だからなのです。胃を回転させられれば良いのですが、胃袋の左右を伸縮させるしか出来ない場合、斜め方向に伸縮させると上手く混ざりますし、必要に応じて排出できるようになっています。
胃下垂などで、胃の形状が縦長になっている人もいますが、この場合、当然胃の容量や消化能力が普通の人に比べて大きく劣ります。胃下垂の人は太らないと言われるのはこのためで、胃で消化されるタンパク質などの栄養補給に大きな支障が出ます。とは言え、炭水化物類は主に腸で消化されることもあり、甘いもの(糖分も炭水化物の一種)を食べても太らないということではありません。
胃液の力、塩酸と消化酵素
胃が優れた消化・殺菌能力を誇るのは、毎日1.5リットル以上分泌されている胃液に寄る部分が大きいです。
胃酸は強力な酸性を示す塩酸で構成されていて、塩酸が高い消化能力や殺菌能力のベースになっています。特にその殺菌力は凄まじく、市販されている洗剤類で「強力除菌」を謳っているものであれば、大抵塩酸が入っているほどです。
それほど強力な塩酸(HCl)といえば取り扱いの難しい劇物ですが、人は体内の塩分(NaCl)に二酸化炭素(CO2)や水分(H2O)を上手く混ぜあわせて、塩酸を作り出せるようになっています。化学式だけを見ると水と塩だけで作れそうですが、実際にはもう少し複雑な過程で作られているので、食塩水から塩酸が出来るわけじゃありません。
殺菌能力は塩酸だけでほぼ達成できますが、実は消化は塩酸だけでは不十分です。
というのも、塩酸は確かに強力で微生物を溶かすには多大な力を発揮しますが、食物に含まれる大量のタンパク質や脂質を分解するには不十分ですし、炭水化物に対する分解能力は皆無です。例えば、市販の除菌剤を肉に掛けてもサクサク分解が進むわけではないですし、脂っぽい食べ物に塩酸を入れれば脂質が減るわけでもないのです。
消化で力を発揮しているのは、胃液に含まれる消化酵素です。タンパク質ならペプシン。脂質ならリパーゼ。それぞれ、必要な消化酵素が違います。
胃で特筆すべき消化酵素はペプシンで、ペプシンは酸性中でなければ高い効果を発揮しません。つまり、胃酸自体がタンパク質を溶かしていると言うよりは、胃酸で活性化されたペプシンがタンパク質を分解しているのです。これは中性の唾液では出来ませんし、弱アルカリ性の膵液でも不可能です。酸性の胃液だからこそ出来る技と言えます。
一方で、炭水化物の分解酵素であるアミラーゼは唾液で分泌されるものの、酸性中で失活してしまうので、胃液の中では炭水化物の分解が進みません。
余談ですが、草食動物の胃液にはタンパク質の分解酵素が含まれず、タンパク質を分解できません。酸性の胃液を持ってはいても、あくまでそれは微生物の分解用でしかないのですね。特に、複数の胃を持ち、反芻をする動物では人とは胃の使い方が全く違います。胃酸が入っているのは最後の胃だけで、口に戻す最初の胃には胃酸などは入っておらず、食物を分解する微生物を飼っているだけのようです。
胃の内壁、胃は何故胃液で溶けないのか?
人間の体はタンパク質で構成されています。そして、塩酸はタンパク質などを溶かす働きを持っていて、そこにタンパク質の消化酵素まで加わったら胃までダラダラと溶けていきそうな気がします。
実際、食道に胃液が流れ込めば逆流性食道炎になりますし、嘔吐などの際にはノドや口内、酸性に弱い歯などに大きなダメージがあります。
では、何故胃は大丈夫なのでしょうか?
答えはシンプルで、胃の内壁で胃酸を中和しているからなのです。別に胃の内壁が銀で出来るからというわけではなく、胃を覆う粘膜にはアルカリ性を示す炭酸水素ナトリウムが含まれており、胃酸と混ざると中性になります。
ここでふと疑問に思うのが、胃液は胃の内壁から分泌されているのに何故酸性でいられるのかということ。
粘膜を保護する粘液は唾液の項目で説明した様に非常に粘性が高い。もし粘性が低く、胃液とすぐに混ざってしまうようであれば、胃液も中和されてしまうが、粘膜部分にアルカリ性の保護成分が留まるため、胃壁は中和状態で保持される。、これが胃液に混ざったり、胃液と一緒に排出されてしまった場合には新しくアルカリ性の保護成分が分泌されるため、流出してしまっても問題はない。
さらに、中和が間に合わずに溶けてしまっても、胃壁の細胞は他の体細胞に比べて修復が早く、多少溶かされたぐらいでは問題にならない。ただ、ストレスや細菌の影響で胃壁の中和力が落ちたり、胃液が過剰に分泌されると、胃壁が傷ついて胃潰瘍になることもあります。
胃壁の機能はそれだけではなく、前ページの図にあるように凸凹のヒダがついていて胃壁のヒダで食べ物をすり潰す効果もあります。
ちなみに、胃液を中和する能力を持っているのは胃壁だけではなく、細菌の中にも胃壁を中和する能力を持つものがあり、「ピロリ菌」などがその代表格で、胃液の中でも普通に生存出来てしまいます。
胃の中で3時間、内部で起きている事
胃酸も消化酵素も強力ですし、胃の運動でどんどん食品の分解は進みますが、それは数分で出来る事ではありません。
まず、粥の様なゲル状の食物でもない限り、固形物の中まで胃液が染み込みません。咀嚼程度では食べ物がしっかりとした液状になることはなく、あくまで溶かしやすくしたと言う程度です。もし水分だけなら胃液と混ぜて数十分消毒した後に腸へ流し込まれますが、固形の食物は2-3時間ほど胃の中に保持されます。
ちなみに、アルコールやカフェインなどは胃に入った時点で吸収が始まり、血液中に浸透しますので遥かに効果は早いです。アルコールを摂取したらすぐに酔うのも、胃で吸収されているからこそと言えます。しかし、胃で吸収されるのは僅か2割程度ですので、胃を通りすぎて腸に入り込んだ時点でさらに吸収が進みます。
胃の中に食物が保持されている状態でじわじわと殺菌消毒が行われますが、胃酸がいくら強力でも大量の食物や水分で効果は薄まっています。沢山食べればその分沢山胃酸は出ますが、酸性度が薄まるのは避けられず、胃酸そのものの酸性度より低くなっています。
腐敗した食べ物やウイルスの混入した食べ物でお腹を壊したり病気になったりするのはこのためで、少量であれば殺菌されてしまうところが、薄まった胃液の中であまりにも細菌類が多すぎ、殺菌しきれずに体内入り込んだ結果病気になるのです。
ただ、細菌やウイルスの中にはピロリ菌の様に酸性を中和したり、赤痢菌の様にそもそも酸性に強いウイルスなどもいるので、少しでも摂取したら胃酸では殺せない。ということも、十分に起こりえます。
一定時間胃で消化された食物は、胃の出口にあたる幽門の括約筋を緩めることで十二指腸へと放出されます。括約筋と言うと肛門をイメージしますが、筋肉が円形に配置され、管などを締めたり緩めたりする弁として作用するものをそう呼びます。
胃ですべてが消化されるわけではない
胃といえば消化。そんな風に思われがちですが、胃で消化活動がすべて終わるわけではありません。むしろ、胃を通り越してからが本格的な消化・吸収の始まりです。
三大栄養素である炭水化物・タンパク質・脂質らの消化は胃を過ぎた時点では、まだ半分程度が終わった程度です。無論、胃液の力で既に食べ物はゲル状になっており、腸内で消化吸収を行うために最適な状態になっています。
そこで、胃でゲル状になった食物は十二指腸へと進むのです。
【消化器官のしくみ(5):十二指腸と膵液】