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世界トップクラスの自衛隊の機雷掃海隊群、なぜ日本の掃海能力が求められているのか?飢餓作戦から現在へ

日本の機雷掃海部隊は、各地に散らばる部隊を合わせて機雷掃海隊群と呼ばれます。その部隊の一つを、中東に送って機雷掃海をさせようという議論があります。

機雷の恐ろしさ機雷掃海の手法については以前の記事をご覧頂ければわかりますが、機雷掃海と言うのは戦闘こそないものの非常に危険な任務です。それを中東まで行って行う価値があるのか疑問に思うことでしょう。

特に中東と言えば、日本から遠く離れた無関係な国のように思えます。しかし、機雷と言うのは地雷などと同じように通りかかった船舶を(基本的には)無差別に攻撃する兵器で、中東からは日本が毎日大量に消費している石油が船舶で運ばれてきます。石油を運ぶ船舶を守ることは、日本だけでなく世界中の国の利益になります。

そこまでは良いとして、では、なぜ専守防衛の自衛隊が中東に行ってまで危険な任務に出向かなければならないのでしょうか?

2023年8月17日加筆

海上自衛隊
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世界大戦以後、機雷と戦い続けてきた海自

日本の機雷掃海を語るには、まずは世界大戦まで遡らなければいけません。 というのも、日本は先進国の中で、現代まで最も機雷に苦しめられ続けてきた国家だからです。

日本は四海を海に囲まれていて、国土は起伏の多い地形です。必然的に海運が盛んになり、物資の海上輸送量は、大戦時は重量ベースで優に5割を越え、飛行機や自動車が発展した今でも3割以上の割合を占めています。そこで、世界大戦末期に米国は「飢餓作戦」と呼ばれる輸送路断絶作戦を実施。B29爆撃機を使って、爆弾の代わりに機雷を大量に海に沈めていきました


(飢餓作戦で使われたMk25機雷が空から投下される場面)

実に12000個を越える機雷の効果は絶大。本土内の輸送路は鉄道で代替されましたが、大陸からの輸送が途絶え、世界3位の海運国となり海運に依存し始めていた日本国民は飢えに苦しむ事になります。

この機雷は沈底機雷と呼ばれる底に沈んだまま浮いてこないタイプの機雷(詳しくは別記事参照)で、船舶が通る際に変化する音や磁気、水圧を検知して爆発するものでした。海の底に船の瓦礫や岩などと一緒に沈んでいるため、当時の技術では見つけることは困難で、囮を使って爆発させる方法(詳しくは別記事参照)で掃海する他ありませんでした。

ところがその機雷は、一度の船舶検知では爆発しないで何度か船が通りすぎてから爆発するような設定の機雷も存在し、囮や掃海部隊の船が通りすぎ、安全だと言われてやってきた普通の船舶が機雷によって破壊されてしまうようなこともありました。

当時としては技術の粋を集めた先進的な機雷であり、これが終戦後も大量に日本の海に残されました。これを除去するために、米軍によって日本海軍が解体された際にも掃海部隊の人員は残され、以降多くの殉職者を出しながらも掃海部隊は掃海作業に従事しました。

そして、戦争から70年が経った今でも当時の機雷が発見されて解体されています。既に爆発しなくなっているので安全に船は通れますが、海底から何十メートルも上を通る海面の船を破壊できるほど大量の火薬が、機雷に詰まっていることには変わりありません。海底の土砂を汲み上げる際に、機雷に触れてしまって爆発してしまう事故も実際に起こっています。

とは言え、これらの機雷は旧式のもの。しかも、既に動作しなくなっている機雷です。この機雷除去の知識がノウハウとして蓄えられても、現代の高性能な機雷には通用しそうにありません。

しかし、重要なのはそこではないのです。
機雷がどれほど恐ろしい兵器か誰よりも知っている」というのが、四海を海に囲まれ、多数の海峡を持ち、先進国でもある日本の自衛隊に蓄えられた最大のノウハウであると言えます。

機雷を使われた際の日本の海運被害は他国に比べて極めて甚大で、その機雷を除去する労力は計り知れません。そのために、日本の海自は世界最大規模の掃海部隊を有するに至りました。

2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻では、黒海に機雷が敷設され、ウクライナからの小麦輸出の妨げになりました。小麦生産大国からの輸出が停止されたことは、当時の恐怖を今に呼び起こす出来事といえます。

2014年のクリミア半島併合で、ウクライナの機雷掃海能力は著しく低下してしまいました。今では海軍力強化の一環として掃海艇の拡充が行われているほか、黒海に面するルーマニアやトルコなどの国々でも機雷掃海活動が強化されているのが現状です。

いつの時代になっても、機雷の脅威は広く人々や国家に影を落とすのです。

掃海能力の比較、諸外国の戦力

まず、「日本が高い掃海能力を持っている」というのは、船の質と数という客観的な点からも明らかです。


(平成26年度機雷戦訓練-機雷掃海隊群ギャラリー

<国別掃海艦艇の種類と総数(2014年時点)>
自衛隊-7種26隻
・米海軍-1種11隻
・仏海軍-3種18隻
・英海軍-2種15隻
・独海軍-3種16隻

驚くべきことに、艦艇の数と種類だけ見ても主要国最大規模を誇っています。

世界最大の米海軍が11隻しかいないというのが不思議でなりませんが、実は米海軍は軍事費縮小のあおりで駆逐艦や哨戒艇、艦載ヘリで機雷探索を行う方針に移っており、「機雷戦艦艇」の数はどんどん減っていく傾向にあります。

確かに、技術の進歩で従来は探知できなかった機雷を遠くから探知出来るようになり、機雷に探知されにくい専用の艦艇を作らなくても機雷を除去出来るようにはなってきています。しかし、機雷対策を施していない通常艦はステルス型の機雷掃討などには不向きで、米海軍は湾岸戦争の際に少なからず被害を被っています。

さらに言えば、米国は機雷が仕掛けられたら致命傷となるような海域が少なく、機雷対策が軽視されていると言うのも機雷戦艦艇が少ない理由の一つでしょう。

一方、フランス・ドイツ・イギリスは、ドーバー海峡の制海権を巡って世界大戦時に苛烈な機雷戦を繰り広げているため、機雷の恐ろしさは身に沁みていることでしょう。現代でも、敵対国家によってドーバー海峡に機雷が仕掛けられればただでは済まないため、機雷掃海艇の整備は非常に重要な意味を持っているのです。

そんな他国と比べて見ても、日本の7種類26艦艇と言うのは多すぎるように思われます。

しかし、日本は同じ島国であるイギリスより海岸線が広く、そして海峡の数も数倍以上あります。さらに、上述した飢餓作戦時に大きな被害が出た内海への機雷敷設は日本の海を航行する船舶にとって大きな脅威となるため、機雷戦艦艇が他国より多く必要になってきます。

さらに、離島も多い日本の領海をカバーするために、より大型の艦艇が必要となり、先進国では唯一掃海専用の掃海母艦を保有しています。この掃海母艦は掃海用の艦載ヘリのための母艦であり、米国などの場合は強襲揚陸艦などで代用されます。


(左が掃海母艦うらが[海自ギャラリー]、右がワスプ級強襲揚陸艦)

日本もおおすみ型揚陸艦を保有していますが、掃海母艦として運用するにはそもそも大きすぎる上、米海軍が揚陸艦を掃海母艦とするのは、「掃海作業が揚陸作業に必要」だからであり、掃海が主任務ではないからなのです。

そういうわけで、現在日本は、掃海母艦(大型)2隻、掃海艦(中型)3隻、掃海艇(小型)19隻、掃海管制艇(ダイバー支援)2隻を保有しています。これほどの陣容を整えているのは、まず日本だけです。

なぜ、日本がやらなければいけないのか?

日本が世界最大規模の機雷掃海部隊を持っていることはわかりました。しかし、それは日本と言う国が機雷に弱い国(海岸線が長く、海峡が多い上、離島が多い)だからというだけで、世界の海を守るためではありません。

世界の海を守るのは、それこそ米国に任せておけば良いと思うでしょう。

ところが、原子力空母に原子力潜水艦、大量の航空機を保有するような、米国の海軍が最低限の掃海部隊しか保有していない以上、万が一、タンカーの航路に機雷が敷設されたら米国以外の掃海部隊も対応しなければなりません。

おいおい、米国が何とかしてくれるんじゃないのかよ。と、言いたい所ですが、米国としては金食い虫の空母や原潜の運用に手一杯です。「敵は排除するから機雷は任せた」と言いたくなるのも仕方ありません。結局、上陸作戦に支障をきたすほど大量の機雷が設置された湾岸戦争後、ペルシャ湾掃海などに日本が駆り出されることになりました。

実をいうと、このペルシャ湾派遣時はまだ現在ほどの陣容は整っていませんでした。そのため、「練度なら負けない」と意気込んでいた海自は、ペルシャ湾で遭遇したステルス機雷などの新型機雷を見て、装備がまだ不十分だと感じ、掃海母艦や新型掃海艇などが作られることになります。


(ソナーに探知されにくいMANTA沈底機雷)

そして、日本の海自は本当の意味で世界最高クラスの掃海部隊を有するようになりました。

仮に中東の海峡に機雷が仕掛けられタンカーの航行に危険が生じた場合、実のところ米海軍や現地の海軍に任せるより、日本の自衛隊がやるほうが「確実」なのです。日本と同クラスの掃海艦艇を備えるのは英海軍(それでも海自より旧式)くらいで、今まではこう言った活動は英国が中心にやってきました。

英国に任せても良いでしょう。絶対に日本がやらなければいけない仕事ではありません。しかし、タンカーの乗員や石油の輸送路を確保する上で、日本の力が確実に役に立つのです。危険な作業ではありますが、最新の機器に艦艇を備える海自であれば、他国の海軍がやるよりは安全に作業出来るでしょう。

こういう事情に諸外国が気づいたため、「日本がやってくれれば助かるなあ」と言う視線が集まるようになったのです。

もちろん、掃海部隊の海外派遣は、「安全な石油の輸送には危険に見合うだけの利益が日本にある」と考えられますし、日本人の乗った船舶が機雷の危険にさらされる可能性もあります。

また、日本の海外貢献アピールや集団的自衛権の実践などの政治的問題も絡んでくるでしょう。しかし、それが「機雷掃海」によって行われる理由は、「機雷掃海によって敵を殺すことはない」ことと「日本の掃海部隊の能力が高いから」というところにあるのです。

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