「プルタブを集めて車椅子を贈ろう」
これは、空き缶に付いているプルタブをたくさん集めてリサイクル業者に送ると、何故か車椅子になって病院などに寄付されると言う活動です。いつからか始まり、いつからか詐欺だと呼ばれるようになった謎の活動ですが、まことしやかな噂が囁かれ、正確な情報が把握できなくなっているので、少し調べてみました。
すると、ある面白い事実が浮かび上がります。プルタブの歴史、リサイクル活動の進化、そしてアルミ缶とプルタブの材質の違い。これらが密接に絡み合いながら、プルタブ回収に纏わる事態を非常に複雑なものにしていました。
2023年6月28日加筆
プルタブは集めると車椅子になるのは一つの真実
まず、プルタブ回収の必要性が謳われたのは、プルタブが必ず缶から外れてしまう時代の出来事でした。
というのも、現在プルタブと呼ばれているあのタブは、実はステイオンタブと呼ばれるタブであって厳密に言えばプルタブではなかったりします。ややこしいですが、一般的な使われ方と同様に、本記事でプルタブといえば缶についてるタブ全般の事を指すことにします。
上がその写真ですが、旧プルタブは変なタブに変な尻尾のような物がついています。実はこれ、缶の飲み口の蓋なのです。現代のプルタブだと、パキッと開けた瞬間押し込まれてしまう蓋ですが、昔は蓋がタブと一緒に外れてしまっていたのです。イメージとしては、缶詰のタブに近いかもしれません。缶詰は蓋と一緒にタブが外れますよね?
この場合、タブも蓋も取り外され、缶には飲み口の穴だけが開いた状態になるので、旧式のプルタブの方が飲みやすくて好きだったと言う人も結構います。
ただ、蓋と一緒に缶から完全に切り離される仕様になっていたプルタブは、開けたらその辺に捨てられるようになりました。それを子供や小動物が飲み込んだり、転んだ時に怪我をしたりして危険だというので集めようという話になり、集めた報酬として車椅子が選ばれました。
なぜ車椅子かというと諸説あるのですが、言ってみれば「恵まれない人(歩けない人)に寄付をします」と言うのがポイントです。軽量の車椅子などはアルミ製だったからなのかもしれませんが、別にプルタブで車椅子を作るわけではありません。単に、集めたプルタブを溶かしてアルミの塊になったものを業者に売りつけ、その代金で車椅子を買っているだけです。
ここでおや、と思うかもしれませんが、プルタブで車椅子を買って寄付をしている業者は実在し、本当にプルタブは車椅子になっています。
どこにもないと言う説もありますが、この噂が広まった当初はそう言う団体が殆ど無い上インターネットもろくにない時代でしたので、グリーンウォッシュ詐欺だと言われることもありました。しかし、「子供達が集めたプルタブの送り先がないのを哀れんで有志が団体を作った」ようなケースがあったり、他の資材のリサイクルを行っていた団体がついでに活動を始めたり、実際にそう言う団体が現れ始めました。
そして、この活動が始まった当初はプルタブが外れて危ない上に、空き缶のリサイクル自体も普及していなかったため、簡単に集められるプルタブはリサイクル活動の推進にうってつけとして大々的に謳われました。
そうです。その時は、確かに意味のある活動だったのです。
技術の進歩とリサイクル意識の変化で変わる意義
しかし、技術が進歩し、プルタブがステイオンタブに代わり、タブも蓋も外れない缶が一気に普及するようになります。
これだけであれば、まだプルタブ回収の意義は十分にありました。もし、誰も空き缶をリサイクルしないのであれば、集めやすいプルタブだけでも回収する意義はあるのです。
しかし、同時にリサイクル活動自体も大幅に普及します。自治体は曜日ごとに資源ごみの回収を行うようになり、アルミ缶とスチール缶ですら分別されるようになりました。こうなってくると、わざわざ空き缶にくっついているプルタブを外す理由がなくなってきます。
実際、アルミ缶リサイクル協会もスチール缶リサイクル協会も「プルタブは外さずにリサイクルして下さい」と明言しています。
「スチール缶も? スチールは鉄で、プルタブはアルミでしょ?」
と驚きますが、スチールを溶かした際にアルミとスチールが分離してしまうので、問題なくスチール缶のリサイクルは行えるのです。
缶飲料の変化とリサイクル環境の整備によって、プルタブ回収の意義は以前とは大きく違ったものになりました。
リサイクルは「良いこと」であり、車椅子を寄付するのも「良いこと」です。それらが二つ合わさると、なんとなく否定しにくくなります。しかも、プルタブ集めは目に見えて活動が分かりやすく、「活動している実感」というのも湧きやすいのです。
プルタブ一個の単価はせいぜい5銭くらいなので、おそらく一日一円寄付して年末に365円銀行から引かれた方が活動としては有益なのですが、残念ながら全く活動している実感が湧かないので広まりませんね。
そうして、プルタブ回収の意義が、どちらかというと実利的なものよりも「活動している事実」に移行し始めます。いわば、手段が目的にすり替わってしまったのですが、リサイクル活動をしていると言う事実が周囲へのアピールとして重要であり、もしくは毎日の充足感を得るための活動になっていきました。
では、このプルタブ回収は本当に無意味な活動なのでしょうか? 収集にかかる輸送費の分だけ無駄になる、害にしかならない活動なのでしょうか?
実は意味のあったプルタブチャリティー
一見、完全に無意味になってしまったかに見えたプルタブ回収ですが、必ずしも無意味とは言い切れません。
というのも、このプルタブ回収のプロセスにおいて、「缶→プルタブ→収集業者→車椅子」の部分ばかりがピックアップされ、車椅子代金のために買い取られたプルタブがどうなったのかについて触れられていないのです。
あまり知られていませんが、プルタブとアルミ缶は全く別のリサイクル過程を辿っています。というのも、プルタブとアルミ缶は材質の全く異なるアルミだからです。
アルミ缶(缶ボディ)は柔らかくて加工しやすい「マンガン系アルミ合金3004番」であり、プルタブ(プルトップ)は硬くて丈夫な「マグネシウム系アルミ合金5182番」と別の合金になっています。同じアルミ違いといえば、アルミホイルとジュラルミン。どちらもアルミ製ですが、誰も同じものだとは言いません。
そして、アルミ缶のアルミ合金とプルタブのアルミ合金では規格が全く異なり、プルタブに使われているアルミ合金の方がかなり厳密な規格が定められています。つまり、アルミ缶リサイクルに多少プルタブが混ざったところで何の問題もありませんが、プルタブリサイクルにアルミ缶の破片などが混ざってしまうと問題になるということです。
ここで、収集されたアルミ缶がリサイクルされてアルミ缶になっている一方で、「アルミ缶のリサイクルでプルタブはリサイクルされていない」という一つの事実にぶち当たるのです。
アルミが分離できるというスチール缶のリサイクルでも、出てきたアルミは不純物だらけで高強度のプルタブにはなりません。
さらに、リサイクルされたプルタブのアルミは、車椅子にはなりませんがアルミ缶より遥かに強度の必要な船舶や自動車に使われるアルミ素材としてリサイクルされます。
「え? プルタブにならんの?」
と思うかもしれませんが、プルタブ由来のアルミ合金製品の買い手としては缶の製造メーカーより自動車や船舶メーカーの方が大手です。車などはリサイクル素材を使って製造することが奨励されているので、特に高く買い取ってくれます。缶の製造メーカーはプルタブをリサイクル素材で作らなくても、缶ボディがリサイクルされていれば、缶の大半がリサイクル素材ですと主張出来ますからね。
そんなこんなで、プルタブを有用なアルミ資源として利用すると言う意味では、プルタブリサイクルは意味のある事といえます。
結局、プルタブ回収って辞めた方が良いの?どうなの?
プルタブ回収の問題点として上げられるのは、主に「輸送費」と「プルタブを外す際の怪我」にあります。人の労力も「損失」と考えられるかもしれませんが、個人が好きでやる分には何も言うことはないでしょう。
つまり、この二つが合理的に解決されれば、プルタブ回収は「リサイクル活動」として正当化されます。
「車椅子になる」なんて謳ってしまうから問題になるだけであって、「使い道の多い素材を分別してリサイクルしましょう」というのであれば、ある程度納得はいくでしょう。
輸送費ですが、わざわざ運送業者に依頼してしまうのが問題なので、いつもの空き缶回収時にプルタブを分別して回収してくれるような自治体であれば問題はありませんね。空き缶にプルタブが付いているか、別々になっているかの違いでしかありません。スチール缶とアルミ缶を分別するのと同じ感覚です。
プルタブを外す際は、切り口などに引っかかってけがをするような事故があるようです。万力とペンチでも使えば良いと思いますが、そうも行かないでしょうね。プルタブ外しの熟練が指導するか、プルタブリムーバーでも誰かが作ってくれれば安全に取り外せるようになると思います。
とは言え、この問題点を解決するための労力に、プルタブ集めが見合うかどうかは結局怪しいです。
欧米に比べて寄付の少ない日本ですが、こう言った良くわからないリサイクル活動はたくさんあるんですよね。不思議です。
ちなみに、以下に現在でもプルタブを集め続けている団体の例を挙げておきます。「集めたけどどこに送れば良いか分からない」と言う場合は、連絡してみると良いかも知れません。
◯環公害防止連絡協議会(http://kankoubou.jp/)
◯プルネット(http://www.nopporosyoutengai.com/pullnet/index.html)
環公害防止連絡協議会は2020年代時点でもプルタブの回収を行っており、一例として島根県のご夫婦が行うリサイクルの取り組みが報じられています。お二人は1999年から回収を続け、これまでに10台の車椅子を福祉施設に寄贈してきました。
さらにSDGsの取り組みが注目されるなか、大阪では企業をあげて取り組んだ事例も出てくるなど、息の長い活動が続いていることが見受けられます。個人の取り組みのレベルを超えて注目を集めることで、やがては活動自体が抱える課題が解消され、より有意義なものになっていけば素晴らしいことですね。