いずも型護衛艦がヘリ母艦と呼ばれる護衛艦であることを前編で説明しましたが、世間で話題となっている「空母との違い」についてはあまり詳しく語っておりませんでした。
そこで、今回はいずもが一般に言う「空母」とどう違い、何が似ているのかについてお話したいと思います。また、それに合わせて似たような目的を持って作られたひゅうが型護衛艦との違いについても、簡単にご説明していきます。
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航空母艦とは?何故問題になるのか?
空母と言うのは、広義には「航空母艦」の事を指し、固定翼機(飛行機のこと)や回転翼機(ヘリコプターのこと)を発着艦させる事を目的に作られた軍艦の事を言います。自衛隊では「護衛艦」という独自の呼称を使っていますが、用途が世界的に見て特殊なので、ここでは護衛艦については触れません。
上述の定義から言えば、ヘリコプターを多数発着艦させるために作られた「いずも型護衛艦」と言うのは、「航空母艦」と言って差し支えありません。ただし、今議論されているのは教科書的な意味での「空母」ではないのです。
飛行機が戦闘において非常に強力であることは言うまでもありません。しかし、飛行機の離着陸には長い滑走路が必要で、通常は大きな飛行場を拠点にしか活動できません。そう考えてみると、陸地があればどこにでも使える「車両」は非常に汎用性が高い道具ですね。
なにはともあれ、その欠点を補うために生まれたのが空母です。
空母は大きな船の甲板を利用して長い滑走路を確保し、さらには船の移動速度や海上の強い風を利用して、飛行機を発着艦させることを可能にしました。それによって、飛行場の無い敵地や海上でも飛行機を飛ばして攻撃することが可能になります。
最大のポイントはそこ。なによりも重要なのが、海の向こうの他国の領土を「攻撃できる」かどうかです。
そもそも、自衛のためにしか戦わないのであれば、自衛隊は「敵が攻めてきた時にしか戦わない」ということになります。であれば近くに守るべき自国の領土があるはずで、自国の領土から飛行機を飛ばして戦えば良いのです。わざわざ、高いお金を掛けて飛行機を発着艦させる空母を作る必要が無く、長い間自衛隊に空母は必要ないとされてきました。
そこで、そういう「攻撃型空母」を作ったら、「日本は自衛以外にも戦うつもりなのか?」という話になってしまうのです。
問題になるのは、どんな空母が「他国を攻撃できる空母」なのかという点。
最低限必要なのは固定翼機(飛行機)の運用能力で、回転翼機(ヘリコプター)だけ飛ばせるようなヘリ空母は攻撃型空母とは呼べません。ヘリコプターでは戦闘機と戦えないため、敵の戦闘機に制空権を奪われてしまうからです。
では、いずも型護衛艦は固定翼機を運用できるのでしょうか?
他の空母とは何が違うのか?
いずも型護衛艦はヘリ空母に分類されるのですが、全通型甲板(前から後ろまで甲板が繋がっている)を持つため、やろうと思えば固定翼機を飛ばせてしまえそうな見た目をしています。
詳しい話をする前に、まずここで他の空母といずもの写真を見比べてみましょう。
(いずも型護衛艦_JMSDF)
(インヴィンシブル級航空母艦_wikipedia)
ニミッツ級航空母艦とはかなり違った印象を受けます。また、インヴィンシブル級航空母艦も少し違うような気がしますね。ただ、ワスプ級強襲揚陸艦は似ているような気がします。
ニミッツ級航空母艦
ニミッツ級航空母艦は有名な原子力空母で、世界最大クラスの「攻撃型空母」です。
固定翼機を運用するためのカタパルト(飛行機を急加速させる装置) を持ち、アングルド・デッキ(斜めに滑走路が引いてある)で着艦作業が効率的に行えるようになります。普通の真っ直ぐな甲板だと、甲板上の他の艦載機が邪魔になるので、一部斜めにひいてあるんですね。
アングルド・デッキはともかく、固定翼機の運用においてカタパルトの存在は非常に重要です。ジェット戦闘機は大型で重たく、普通に艦上の短い滑走路を使ったところで離陸できません。そのため、カタパルトで急加速させることで運用出来るようになっています。
一昔前までは、カタパルトはある意味「攻撃型空母」における必須条件でしたが、ジェット機が進歩し、短距離離陸や垂直離陸が出来るようになった今ではそういうこともなくなりつつあります。
とりあえず、見た目的にも機能的にもいずも型護衛艦とは大きく異なるのがわかります。
<いずも型との違い>
-圧倒的(4倍)に大きい
-カタパルトがある
-アングルド・デッキがある
インヴィンシブル級航空母艦
これは比較的新しいタイプの航空母艦で、滑走路の一部がジャンプ台の様になっています。
比較的短い距離で離陸できるようになったジェット機のためにジャンプ台が設置されているのですが、カタパルトなどは搭載されておらず、搭載できる戦闘機はハリアーなどの短距離離陸・垂直離陸が可能な機種に限られるので、空母としての戦闘力は限定的です。
艦載機は20機前後の軽空母と呼ばれる小型空母で、このクラスの空母であれば先進国の多くが運用可能です。
このタイプの空母の場合、いずも型護衛艦と似ていると言われれば間違いではないでしょう。いずも型護衛艦にはジャンプ台こそないものの、艦の規模としてはいずも型護衛艦の方が大きいほどで、大規模な改装工事を行えばジャンブ台を付けて同等の機能をもたせられると推測されています。つまり、改造すればいずも型護衛艦もこのような空母になれるということです。
<「いずも型」との違い>
-発艦用のジャンプ台がある
ワスプ級強襲揚陸艦
ワスプ級には強襲揚陸艦という名前が付いており、米軍では空母とは呼ばれていません。しかし、多数のヘリと航空機を積み、さらに陸上戦力の輸送能力を持つという点でいずも型護衛艦にかなり近い性質をもっています。
対潜哨戒艦隊の旗艦になることもあり、いずも型護衛艦と似たような任務遂行能力があることも明らかです。また、米軍で空母といえば「原子力空母」を指すため、敢えて揚陸艦という別の艦艇に分類にし、小型の空母である「軽空母」と区別しているという解釈もあります。要するに、名前が違うのは米軍の都合ということです。
ただ、強襲揚陸艦という名前の通り、ワスプ級にはウェルドックと呼ばれる小さな港のようなものが艦内(後部)に設置してあります。そして、そこから上陸用の小型艇やホバークラフトなどを発進させることができるようになっています。海上自衛隊では「おおすみ型輸送艦」などがウェルドックを搭載しており、ウェルドック搭載艦はいずも型護衛艦とは明らかに別の用途を持って作られていることが分かります。
また、ワスプ級強襲揚陸艦の場合、ハリアーなどの短距離離陸や垂直離陸が可能な固定翼機の運用能力もあるため、戦闘能力は極めて高いです。
<「いずも型」との違い>
-ウェルドックがある
こうしてみると、いずも型護衛艦はどの他の国の空母(揚陸艦)にも当てはまらないような「特殊な空母」のように思えます。
いずも型護衛艦はヘリコプターしか搭載しませんし、ジャンプ台のための傾斜もありません。ウェルドックもないので、「ワスプ」や「おおすみ」といった揚陸艦のように上陸艇も扱えません。
しかし、ジャンプ台やカタパルトのないワスプ級が固定翼機を運用しているように、特別な装備が無くてもある程度大きな甲板があれば固定翼機を運用できる事は事実です。自衛隊は短距離着陸や垂直離着陸が可能なF35を新型航空機として購入する予定なので、将来的には「いずも」や「ひゅうが」で固定翼機を「飛ばす」ことはできるでしょう。
ただ、「運用」となると話は別です。
人員の育成はもちろん、固定翼機の運用を想定されていない「いずも」は改修を余儀なくされます。それらはすぐに行えるわけではなく、数年がかりで取り組むことになります。
いずれ可能になる可能性はあるとはいえ、少なくとも現時点ではいずもは「他国を攻撃できる空母」ではありません。
対潜哨戒を中心に、多彩な活動を支援する多目的空母と言えます。
護衛艦「ひゅうが」との違い
(ひゅうが型護衛艦_JMSDF)
(いずも型護衛艦_JMSDF)
いずも型護衛艦とひゅうが型護衛艦はそっくりですね。ぱっと見、大きさが少し違うということしかわかりません。
しかし、実はひゅうが型には対潜ミサイルや対艦ミサイル、さらには魚雷発射装置まで搭載されており、高い戦闘能力を誇っています。いざ、戦闘になればひゅうが型は自身も戦う事が出来るのです。
一方、いずも型にはそういった戦闘能力は殆ど無く、撃てるのはミサイル迎撃用の小型ミサイルや魚雷を撹乱するデコイ程度です。その代わりに、陸戦部隊の輸送能力や友軍艦艇への補給能力を備えていて、いずも型は艦隊を指揮する中核艦でありながら積極的に友軍艦艇を支援する任務を行う事ができます。
ヘリ空母という分類で「空母」の内でもありますが、やはりどちらも「他国を攻撃できる航空部隊」を運用できる空母ではありません。
総括すると、
ひゅうが型は高い戦闘能力を持つヘリ母艦であり、いずも型は高い指揮・支援能力のあるヘリ母艦といえるでしょう。
単純に戦うヘリ空母として作られたのが「ひゅうが」で、それを支援に特化させたのが「いずも」と考えるのが良いかもしれませんね。