巷では沢山の充電池を見ることが出来ますが、近年最も広く用いられている充電池の一つが「ニッケル水素充電池」です。パナソニックの商品名では「エネループ」などが有名ですが、細かな仕様は違えども様々なニッケル水素充電池が開発されて市場に出回っています。
最近では大容量高出力のリチウムイオンバッテリーも登場している一方で、まだまだニッケル水素充電池が広く用いられるのは何故でしょうか?
実は、ニッケル水素充電池を語る上で欠かせないのがエネループの存在です。本記事では、そんなニッケル水素充電池とエネループについて詳しくご説明していきます。
ニッケルと水素を使った二次電池
ニッケル水素充電池と言うのは、
陽極:水酸化ニッケル(NiOOH)
陰極:水素(H2 もしくは MH)
電解液:水酸化カリウム水溶液(KOHaq)
水素と言うのは本来気体で存在する物質で、気体の水素のまま電池として使うのは非常に不便でした。そこで開発さたのが、水素を蓄える性質のある水素吸蔵合金を利用したニッケル金属水素化物電池です。
あまりにも長ったらしいので、普通はニッケル水素充電池(Ni-MH)のように、記号を付けて説明されます。
この水素吸蔵合金というのが画期的な発明であり、金属の格子の中に水素を閉じ込める金属を使うことで、気体のまま水素を貯蔵するよりも効率よく水素を蓄えることが出来るようになりました。
ニッケル水素充電池は充電池として作られる以上、放電後に綺麗に充電されなければなりません。ニカド電池と同じように陽極に水酸化ニッケルを使っているため、陽極の反応自体はニカド電池と似たような反応です。
<陽極>
放電時: NiOOH + H2O + e– → Ni(OH)2 + OH–
充電時: Ni(OH)2 + OH– → NiOOH + H2O + e–
しかし、大きく異なるのは陰極での反応です。
<陰極>
放電時: MH+OH– → M+H2O +e–
充電時: M+H2O +e– → MH+OH–
MHと言うのは、水素吸蔵合金(M)と水素(H)を指します。
上のように記述すると水素が陰極側で反応しているように見えますが、実際には通電した際に水素は電子を失って水素イオン化し、セパレータ(陰極と陽極の仕切り)を通過して、陽極側で水酸化イオンと反応して(化学式的には)水になっています。そして、陽極側の化学式にあるように、水になった水素はニッケルと結合しています。
化学式で書くと一旦水になっている水素ですが、実際には殆どダイレクトにニッケルに結合していると考えて良いでしょう。逆に、化学式的には水の中の水素が水素吸蔵合金と結合していますが、実質的にはニッケルに吸収された水素が放出されて、水素吸蔵合金に吸い込まれています。
つまり、実際の水素の動きは以下のようになります。
<水素の動き>
MH (放電)→ M+Ni(OH)2 (充電)→ MH
長々と説明しましたが、ニッケル水素充電池では、水素が行ったり来たりすることで充放電が行われているということなんですね。
ニッケル水素充電池の利点と欠点
さて、ニカド電池とニッケル水素電池の大きな違いは陰極に水素を使っているカドミウムを使っているかの違いですが、これが電池性能を大きく向上させています。
電圧はどちらも1.2V程度ですが、水素はカドミウムと違って遥かに小さいため、同じ大きさでもニカド電池の2倍以上の電気容量を獲得しており、圧倒的に電池が長持ちします。さらに、ニカド電池は素材に人体に有害なカドミウムを使用しているため廃棄などには慎重な扱いが必要でしたが、ニッケル水素充電池ではその必要がありません。
ただし、どちらの充電池も、自然放電で勝手に容量が少なくなったり、メモリー効果で勝手に電圧が下がると言った現象が発生し、充電池の利便性を著しく阻害していました。
一方、リチウムイオンを利用した新たな電池も開発されており、こちらは電圧が3.7Vと高電圧な上、他の充電池に見られた自然放電やメモリー効果が殆ど発生しません。
このため、ニッケル水素電池やニカド電池は、リチウムイオン電池に将来的には入れ替わるだろうと考えられていました。
<ニッケル水素電池の利点>
・ニカド電池より電気容量が多い
・リチウムイオン電池より価格が安い
・リチウムイオン電池より安全
<ニッケル水素電池の欠点>
・自然放電により、電気容量が勝手に減る
・メモリー効果により、勝手に電圧が下がる
・過放電や過充電時の危険性がニカド電池より高い
安くて、安全ではあるものの、自然放電やメモリー効果があるから使用方法が大きく制限されるというのが、大方のニッケル水素電池の評価でしたが、この欠点がエネループという電池によっては克服されることになります。
ニッケル水素電池の革新、エネループの誕生
エネループを2015年現在販売しているのはPanasonicですが、実はPanasonicに買収された三洋電機がエネループ開発しました。
エネループが開発されるまで、ニッケル水素充電池もニカド充電池も、一週間かそこら放って置くと容量が半分以下になり、「充電池は本当に使いたい時に使えないもの」であると言う認識が当たり前でした。
また、メモリー効果によって放電し切る前に充電すると電圧が下がるということも知られており、「充放電を繰り返す電子機器にはとてもじゃないが使えない」と言う、充電池としては致命的な欠点も持っていました。
この現象が起こる最大の原因が水素吸蔵合金の構造にあり、これを改善することがニッケル水素充電池を実用的な充電池にするために必要なことでした。
まず、自然放電は放っておくと水素吸蔵合金から水素が漏れだしてしまい、徐々に放電できる水素が減ってしまうことで発生していることがわかりました。メモリー効果については原因が明確にはわかっておらず、解決困難な要因として残されていました。
メモリー効果は使い方次第で解決できるものの、自然放電は充電池としては致命的です。そこで、三洋電機は超格子合金と呼ばれる新しい水素吸蔵合金を開発しました。
これにより、自然放電を大きく減らすことに成功し、一週間どころか数ヶ月単位で放置しておいても普通に使える実用的な充電池が誕生したのです。
超格子合金の副産物として、電圧が上昇したことでメモリー効果の影響が減り、堅牢な超格子合金により充電可能回数も従来の数倍に膨れ上がりました。
エネループでは、
・自然放電が極めて小さく、長時間の放置後も使える
・メモリー効果による電圧降下の影響が少ない
・充電可能回数が二千回以上
エネループによって、従来のニッケル水素充電池のイメージは一新されました。
ニッケル水素充電池の利用拡大
エネループの登場により、今までの充電池のイメージが変わり、多くの電子機器でニッケル水素充電池が使われるようになりました。
依然としてリチウムイオン電池に比べると定電圧であり、少なからず自然放電やメモリー効果があるというのはデメリットです。しかし、リチウムイオン電池は高エネルギーであるが故に危険な電池であり、爆発する可能性とそれを抑えるための制御装置が内蔵されるのが一般的です。
結果として、リチウムイオン電池は高価で危険な電池というイメージがつきまとい、対照的に安価で安全な電池としてニッケル水素電池が注目されるようになりました。
特に環境変化の激しい野外での利用は、ニッケル水素充電池の方が優勢であり、太陽電池で作られた電気を蓄える二次電池として使われたり、ハイブリッドカーで大量の電気を蓄える電池として使われるケースが増えています。
放っておくと電気が無くなるニッケル水素充電池と言うのは過去のもので、現在ではあまり意識せずに使うことが出来ます。今後もニッケル水素充電池は、充電池市場の一翼を担っていくことでしょう。