「裏の」だとか「影の」という形容詞がついた名詞は途端にきなくさく聞こえる。
昨今、経済ニュースを騒がせる「影の銀行」シャドーバンキングなどはその最たるものだろう。2007~2008年の金融危機の引き金となった他、今もなお中国内で蔓延し同国経済の大きな不安要素として存在し続けている。
功罪の罪の部分が多く取りざたされ、世界経済を揺るがしかねないリスク要素として経済誌の誌面を騒がせるシャドーバンキング。その仕組みと拡散の背景、そして実際には何がリスクの原因たりうるか、ちょっと詳しく見ていきたい。
シャドーバンキングとは?
そもそもシャドーバンキングとは何だろうか。金融安定委員会が定めた定義によると、
“銀行の規制システム外にありながら、銀行の中核となる機能を果たしている機関”
がシャドーバンクであるとしている。
銀行の中核となる機能は、複数の預金者から預金という形でお金を集め、それを貸し出して利子を取ることで利益を得ることだ。シャドーバンクの行っていることも全くこれと同じなのだが、既存の銀行と決定的に違うのは、銀行が単一の組織内でこの機能を果たすのに対し、シャドーバンクは複数の組織を組み合わせた活動によりこの機能を果たす点だ。
簡単な例を挙げつつ、シャドーバンキングの一連の動きを追ってみたい。シャドーバンクの動きは銀行で言う預金の部分よりも最後のローン貸し付けの部分から説明した方がわかりやすいので、まずはそこから始めることにしよう。
銀行の機能の最終段階、すなわちローンの貸し付けは一般の銀行が行う。個人や企業が年いくらの金利で数年から十数年単位でお金を借りるのは我々の身近でも起こっていることなので、直観的に理解しやすいし、ここだけ見れば普通の銀行業務と何ら変わるところはない。
この段階で、銀行がいくら貸し出したという記録が財務諸表に記録される。
次に、銀行は第三者へとローンを売却する。
ローンを売却というと妙な書き方になるが、「返済されてくるお金を受け取る権利」と言い換えるとわかりやすい。銀行がローンを売却すると、元々の貸し主である銀行の代わりにローンを買い取った側が返済金を受け取れることになるのだ。
ローンとして貸し出した金額はこの段階で銀行の財務諸表からは削除される。もちろんこの操作は返済金を誰かに渡すことが目的ではなく、さらに行程は次の段階へと進む。
このローン、もとい「返済されてくるお金を受け取る権利」は複数の銀行から買い集められ、専用の口座に一度まとめられる。
こうして蓄えられたローン(ひいては先述の権利)はさらに証券化のプロセスを通る。
証券化とは、住宅ローンなどから得られるキャッシュフローを裏付けとして資産担保証券を発行し、販売を引き受ける証券会社から金融商品として販売することだ。
銀行から買い集められたローン(債権)は一度特別目的事業体に移転され、それを原資産、つまり裏付けとして証券が発行され、証券会社で取り扱われる金融商品として販売される。
最終的にこれを買っていく投資家の資金が上記の取引の連鎖によって銀行へ流れてゆき、ローンとして貸し出されるお金となっていくのだ。かなり回りくどい方法だがこうしてシャドーバンクは回っていく。普通の銀行ならローン貸し出しに使うお金を窓口やATMを利用する預金者が出すところを、シャドーバンクでは証券会社で取引をする投資家が出すようなしくみになっているのだ。
ただ、上記のモデルはあくまで一例で、シャドーバンクの基本的な機能は果たせるものの、実際はもう少し複雑な組織図から成るものが多い。中国のみならず、アメリカやヨーロッパでも拡大するシャドーバンク市場の状態を考えると、その組織図は千差万別といっていいだろう。
ここまででシャドーバンクが何なのか良く分からないという人は、債権を商品券やお米券に置き換えて考えてみると良い。商品券と言うのは現金ではないが、特定のお店でお金のように商品を買うことができる。しかし、お店にとって商品券はお金ではないため、お金に変えるためには商品券を発行しているギフトカード会社(これがシャドーバンクに近い)に届ける必要がある。ギフトカード会社は現金と引き換えに商品券を交換してくれるが、ギフトカード会社にとっても商品券はお金ではないため、交換した商品券をお客さん(投資家)に売ってお金に変える必要がある。
商品券で買えるのは商品だけな上に、商品券を発行しているのがそもそもギフトカード会社なので厳密には別物だが、このケースにおけるギフトカード会社とシャドーバンクの立ち位置は似ている。ギフトカード会社が商品券を一手に引き受けてくれるので、お店側が一生懸命商品券の買い手を探す必要がなくなり、商品券を扱いやすくなるのだ。
簡単なシャドーバンクのモデルを俯瞰してみたが、ここで疑問が出てくる。
多数の人から集めたお金をローンとして貸し出すという機能は同じなのに、どうしてこうも複雑なステップを踏む必要があるのか?
率直に言えば、銀行に関わる規制を逃れるためだ。
銀行に関わる規制の内、おそらく代表的なものがバーゼル合意(BIS規制)であろう。これは購入した債券やローン融資など原本が保証されない資産(これをリスクアセットという)に対して一定割合以上の自己資本比率を保つよう求めるものだ。ここでいう自己資本とは、銀行自身が株を発行して調達した資金、銀行が過去に上げた利益の蓄積分、所有する不動産など、誰かに返済する必要のない資産の総額を指す。銀行の利益は貸し出したお金についてくる利子から出るため、多くローンを貸し出して多く利子を得ようと思えば、その前に銀行は株を発行したり不動産を得たりして相応の自己資本を蓄えなければならない。
ここで重要なのが、預金者から集めた預金は自己資本に含まれないという点だ。
貸し出すローンの元になるお金は預金なのだが、預金はあくまで短期的に「借りている」お金なので、もしもある日突然預金額が10倍に増えても、すぐさまそれまでの10倍の額を貸し出して事業規模を拡大できるわけではなく、そうしようと思えば自己資本を10倍にする必要がある。
シャドーバンキングの目的はこれを筆頭とする数々の規制を逃れることにある。
BIS規制の話だけをしても、銀行にとってリスクアセットになるローンを他者に売却することで、銀行は自己資本比率を少なく抑えることができる。そして売却したローンを活用して銀行に資金が流れてくる仕組みを作ることで、自己資本比率とは関わりなく自由に事業規模を拡大することが可能になるのだ。
先の例で言うなら、消費者から商品券を直接受け取るお店(銀行)は、お金とは言えず仕入れも出来ない商品券(債権)を大量に蓄えてはいけないという決まりがあるため、商品券をそうそうに回収してお金に変えてくれるギフトカード会社(シャドーバンク)が役に立つ、ということだと考えると良い。
(次ページ: シャドーバンキングのリスク)
シャドーバンキングのリスク
ポジティブな捉え方をすれば、シャドーバンクとは規制に縛られない柔軟な経営を可能にする形態の銀行業といえる。
しかし物事にはよい面ばかりあるわけではない。当然、シャドーバンクにもリスクは存在する。
第1のリスクは、シャドーバンク内部の不透明性だ。
シャドーバンクは全体の組織図が普通の銀行よりもはるかに複雑なことに加え、規制や調査の網を逃れるというその本来の性質上、資産の動きや保有者、関与する企業や事業体などが外部から見てかなりわかりにくくなっている。
そして情報開示の義務も負っていないことから、たとえば融資額を増すために多額の借金をしていながら投資家にはそれが開示されないこともあり、経営の健全性が確認できないというリスクが存在する。
第2に、セーフティーネットの不足が挙げられる。
銀行には預金者の保護を目的とする預金保険や中央銀行からの特別融資などのセーフティーネットが存在する。いずれも預金者を保護するとともに、銀行の資金が枯渇して経営破綻するのを防ぐ機能を担っているが、シャドーバンクは既存の銀行のシステム外に存在するため、公的な保護に関しては法整備が不十分なのが現状だ。
そして、万一破綻した際には広く経済に影響を及ぼす可能性がある点も無視できない。
その実例としては、2007年に起こった世界金融危機がある。世界中に波及したこの事件の引き金となったサブプライムローン問題は、その根本においてシャドーバンクと同じ構造を有していたのだ。
サブプライムローンとは元々、信用度の低い(=返済の見込みが比較的少ない)層に対して貸し出されるローンを指す。リスクが高い分金利は高く、かつ顧客層が広いため、リスクを減らしつつサブプライムローンの貸し出しを多く行えれば銀行にとって大きな利益となる。
その方法として証券化が用いられた。仕組みは上記とさほど変わりはなく、サブプライムローンを裏付けにした証券を投資家が買うことで資金が流れ込み、それが銀行の手に渡ってローンとして貸し出されることになっていた。銀行にすればローンを売却した時点で貸し出した資金は回収できるので事実上リスクはゼロとなり、ローンを多く貸し出せばそれだけ資金流入も増えていくという、魔法のような構造だったことだろう。
事実2001-2006年頃までのアメリカでの宅地価格上昇と相まって、ローンの融資総額と発行された証券の価格はどんどん上昇していき、バブル状態が形成されていたのだ。
2007年に住宅価格が下落に転じたことで、この構造は丸ごとひっくり返った。
住宅価格下落は借りたローン以上の住宅価格値上がりを見越して借りた層や銀行のローン乱発で債務を負った低所得者層の債務不履行を増やし、定期的に入ってくるローンの返済金を裏付けにした証券の価格はそれに反比例して下がっていった。
サブプライムローンに関わる債権は様々な金融商品に組み込まれていたため、市場全体で投資家は我先にと売却に走る。それまでサブプライムローンを組み込んだ証券で多大な利益を得ていた証券会社はここで大打撃を受け、ついに大手リーマン・ブラザーズが破産したことで世界的な金融恐慌の幕が大々的に開かれた。
ここでも商品券の例がリーマン・ショックの理解に役立つ。商品券(債権)はギフトカード会社(リーマン・ブラザーズ)がお客に商品券を売ってお金に変えることで成り立っていたが、商品券を買ってくれるお客がいなくなってギフトカード会社が倒産したらどうなるだろう?
商品券を集めたお店(銀行)が商品券をお金に変えたいとギフトカード会社に言っても、ギフトカード会社にお金がないので変えられないということになる。そうすると、お金に変える宛のない商品券ばかりがお店に溜まっていき、商品の仕入れができなくなったお店は倒産する。ざっくり言ってしまえば、これがリーマン・ショックの理屈だ。
そんなことがあったにも関わらず、シャドーバンキングの規模は急速に増大している。IMFが2014年10月に発表した資料によると、シャドーバンキング関連の資産はアメリカ、イギリス、そしてユーロ圏においてそれぞれのGDP比で100%を越え、特に2007年以降急速にその割合を増やしているイギリスでは350%にまで届く。
サブプライムローンは極端な例ながら、これだけの規模の市場が形成されていて、かつ監視の目も届かないというのは多大なリスク要因になりうる。そのため、規制の制定を求める声が少しずつ大きくなってきている。
これまでシャドーバンクは中国の例が大きく取り沙汰されていたが、広く世界的に見ても潜在的なリスク要因だといえる。今後の規制如何ではリスクを軽減し、既存の銀行の隙間を埋めるような業態として共存していける可能性もあるだけに、その動向には注意が払われるべきだろう。