水素エネルギーが未来のエネルギーとして普及するための課題として、燃料電池車の特徴や水素の貯蔵・製造・インフラについて扱ってきました。しかし、そういった水素を社会の中で使っていく上での具体的な課題以外にも、根本的に解決しなければ社会全体の課題があるのです。
大きく分けると、
「誰も水素エネルギーを使っていない」
「水素を大量供給する体制ができていない」
「現状の製造方法はクリーンではないし非効率」
などが考えられます。
本記事では、これらを解決するための戦略についてご説明していきます。
水素エネルギー社会の利点
水素エネルギー社会の利点の内、主要なものは以下の3つ。
- 水素は自給出来るので他国に頼らずエネルギー的に自立可能
- 水素は二酸化炭素を排出せず環境に対してクリーン
- 生産量がほぼ無限で恒久的に利用可能
他にも、原子力エネルギーに比べれば遥かに安全であることや、水素が車・家庭・発電・素材・ロケットとあらゆる場所で使われる汎用的な物質であることも利点の一つでしょう。
石油に完全に代わるものではありませんが、エネルギー産出国ではない日本にとって恒久的なエネルギー自立というのは明治維新以来の悲願とも言えるでしょう。
第二次世界大戦の悲劇を生んだ理由の一つに日本が産油国ではなかったという事があり、さらに21世紀の現代になってもシーレーンの確保を名目に軍事的な活動を活発にしようという動きがあります。もし、日本が資源を輸入や食料を輸入に頼らない国になれれば、戦争の恐怖から開放される時が来るかもしれません。
水素エネルギー社会が作れれば平和な国が出来るのかというと話はそう簡単ではありませんが、軍事力を強化するよりもエネルギー的に自立した国作りをする方が平和的に戦争を回避出来るでしょう。
また、地球温暖化を回避する上でも、二酸化炭素等の排出削減は非常に重要な意味を持ちます。懐疑論もありましたが、ICPPの第5次報告によって二酸化炭素の排出が地球温暖化の要因であるとほぼ確定したことにより、二酸化炭素フリーなエネルギー社会の構築を急ぐ必要が出てきました。
石油を自給できれば恒久的なエネルギー自立は可能ですが、石油使用を躊躇わなくなった社会による二酸化炭素排出がどれほど増えるのか想像も付きません。仮に地球温暖化と二酸化炭素の間に何の関係も無かったとしても、大気の組成バランスが大きく崩れることで何らかの良くない環境変化が生まれることは容易に想像できます。
未来のエネルギー社会が、石油などに依存しないものの目指すのは間違いないでしょう。
ステップ1:水素エネルギーを利用する社会づくり
資源エネルギー庁が作成した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」では、前述の3つの課題「誰も使っていない」「供給力が無い」「実はクリーンじゃない」を乗り越えるために、3つのフェイズが用意されています。
最初のフェイズは、「誰も使っていない」状況を改善するための「水素利用の飛躍的拡大」です。
何事も形から入るタイプの人だとピンと来ないかもしれませんが、まずは「水素が必要とされる社会を作る」ということです。誰も使っていない水素エネルギーのために、いきなり大規模な供給施設は必要ありません。
例えるなら、野球をしたければバットやスパイクやベースを用意するよりも先にキャッチボールから始めるようなものです。野球をする前に、野球の基本を学びながら野球が楽しいと思える様になることが大切です。それと同様に、水素の性質を理解しつつ水素が便利なんだと思えるようにすることから始めるのです。
このために、家庭に設置して発電と温水供給を行うエネファームや水素で走る燃料電池車の利用が促進されており、日本の各所で水素を使う環境作りが進められています。言ってみれば、とにかく水素を使った便利そうな機材を作って市場に供給し、水素エネルギーを活用したツールの経済性・安全性・利便性などを共有・研究していくのです。
また、水素エネルギーに関する技術では日本が世界をリードしており、諸外国に比べて日本人の環境意識が高いこともあり、水素エネルギーの利用という観点ではかなり日本は進んだ国と言えます。この中で、日本製品が水素エネルギー製品の国際標準となれば、日本経済に与える影響も計り知れません。
こうして水素利用が拡大するために必要な事は、「水素エネルギー製品が安くなること」です。初期投資がなかなか回収できないというのが新エネルギー製品の痛いところですが、政府の助成金と技術革新によって初期投資額もかなり低くなっています。特に、エネファームの価格は発売当初から比べると半額以下になっており、普及が進めば更に安くなるでしょう。
燃料電池車も構想当初は1000万を越えると言われていたのが、トヨタの「MIRAI」は700万で発売されており、燃料電池の需要が増え、燃料電池で水素を効果的に利用するために必要な触媒である白金の利用が減ったり、別の新しい触媒が開発されたりすれば、この金額も大きく減っていく事になるはずです。
まだまだ時間はかかりそうですが、資源エネルギー庁の目標では2025年あたりを目処にしているので、その頃には安くなっていそうですね。
(次ページ:水素による発電と大量供給)
ステップ2:水素による発電と大量供給
次の課題は「大量供給が出来ない」という課題ですが、これには「大規模水素発電と未利用水素の輸入」が考えられています。
水素は電気分解で水から作れるとして注目されていますが、実際にはその大半が石油などの化石燃料の改質によって作られています。これらの改質の多くが石油や天然ガス利用時の副産物として作られており、水素を作るためだけの施設は殆どありません。そのため、国内の製造施設による供給には限りがあります。
そもそも、化石燃料を燃焼した際に出るエネルギーの多くが微視的には石油に含まれている水素が燃焼した際のエネルギーであり、石油が高エネルギーなのは石油の主成分である炭化水素に大量の水素が含まれているからでもあります。この水素がちょくちょく余って出てきてしまうので、これを水素エネルギーとして活用しているだけなのです。
いわば、現在使われている水素というのは化石燃料を使った際に出てくる余り物です。大量に使おうとすると簡単に無くなってしまいます。
そして、大量に使われ始めてから大量供給の体制を作っても手遅れであり、水素利用の拡大がある程度の段階に来た時点で大量供給の体制を作る必要があるのです。しかし、大量供給の体制を作っても大量に使われなければ貯まるばかり。
そこで、水素の大量供給体制と相性の良いのが火力発電所で大量の水素を使うという試みです。
石油や天然ガスを燃やした熱で発電しているのが火力発電所ですが、これに水素を混ぜても何の問題も無く発電出来ます。そのため、溜まりすぎた水素は火力発電に使うことで消費できます。また、水素は石油より二酸化炭素を出さないだけではなく、実は調達価格という面で見ると石油より安いのです。
水素は元々が石油利用の副産物であり、日本以外では大量に使うアテもありません。そのため、水素はその原料の石油よりも安くなります。燃料電池車に供給する水素は水素ステーションの特殊な設備のせいでその設備投資の分ガソリンよりも価格が高くなるのですが、火力発電所でそのまま大量に使うと考えると割安です。
また、この水素を使った火力発電所は現行の火力発電所を少し改修するだけで水素が使えるようになる上、石油を使う世界中の国々で水素が余っているのでどこからでも買い付けられます。特に、産油国の石油精製所では大量に水素を余らせており、これを利用する事で安価に水素を手に入れられると考えられています。
輸送にも、別の物質に水素を含ませる水素化と、水素を取り除く脱水素化を駆使することで解決される見込みです。
こうして考えてみると、水素を燃料電池で発電するのではなく、普通に石油に混ぜて燃やして発電していたり、自給できるはずの水素を輸入している点で首を傾げたくなるような使い方ですが、「大量に供給し、大量に使える社会を作る」という意味では大切なステップです。
ステップ3:クリーンな水素エネルギーを自給自足
「実はクリーンじゃない」という課題や「自給自足してない」という課題は、このステップで解決されます。
夢の水素エネルギー社会を実現するための最後のステップが、「再生可能エネルギー発電によって作られた電力によって水の電気分解によって水素を大量生成」するということ。
水素利用を促進する上で、ある意味一番の課題となっているのが「電気分解に使うエネルギーが無駄」だという点です。この課題が解決されないために「水素がクリーンで自給自足なエネルギーである」というのが単なるお題目と化しており、実際に使われる水素の大半が化石燃料由来で自給しておらず、製造過程で二酸化炭素も発生してしまっているのです。
また、電気分解で作ろうにも、電気分解に使われるエネルギーが石油由来であっては何の意味もありません。
そこで重要になってくるのが、再生可能エネルギーによる発電。つまり、水力・風力・太陽光などによっては作られた電気によって水素を作るということです。核エネルギーでも良いのですが、核分裂の原料はなんだかんだで輸入であり、安全性にも難があります。核融合発電が可能になるまで待つ必要がありますね。
再生可能エネルギーが自然界のエネルギーを利用している都合上、場所と時間と季節によってその発電量は変わってきます。今まではそれが再生可能エネルギーによる発電のネックになってきましたが、実はそこに水素を噛み合わせると見事にハマります。
例えば、太陽光は夏場の発電量が多くなって冬場の発電量が少なくなりますが、夏場に余った電力で水素を作り、冬場に足りなくなった際に水素を使って発電することで発電量の変動が緩和されます。需要に合わせた出力変化が出来ない原子力発電と組み合わせても効果的ですね。
こうした余剰エネルギーの水素化はあらゆる再生可能エネルギーに活用出来る手段であり、場所の制約も受けません。北海道や離島に作った大規模発電施設で水素を作り、パイプラインやタンカーで水素を運んで本土で使うという使い方も出来るでしょう。
今までは余った電気は電池に蓄えていましたが、水素は電池よりも遥かにエネルギー密度が高く、狭い場所に多くのエネルギーが蓄えられます。化石燃料と違って、燃やしても流出しても環境汚染はなく、環境負荷は極めて低いです。
こういった構想実現するための課題は、再生可能エネルギーの発電所を作るのに莫大なお金がかかることで、水素を殆ど必要としない今の社会では、その投資を回収できる目処が全く立たないという点です。
目標は2040年代とされていますが、これはステップ1とステップ2をクリアし、さらに再生可能エネルギー技術や核融合発電技術など、新たな技術革新が前提となりますので、理想的な水素エネルギー社会の実現はまだ遠い未来のお話ですね。