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寄生虫フィラリア-オンコセルカ症や象皮病を引き起こす人を狙った寄生虫の生態とは?

フィラリアという寄生虫をご存知でしょうか?

今日の日本では滅多に見られなくなった寄生虫ですが、かつては日本でもよく見られ、あの西郷隆盛が羅患していたことでも知られています。また、現代でもアフリカ大陸を中心に広く発生している寄生虫であり、フィラリアの一種である回旋糸状虫によるオンコセルカ症の治療薬を開発したことで大村智さんがノーベル賞を受賞したことでも話題になりました。

そんなフィラリアにも様々な種類がありますが、その多くが蚊・ブユなどの吸血生物を媒介にして感染を広げていく特徴があります。そして、中には人間だけをターゲットにした恐ろしいフィラリアもいて、感染後に適切な処置を施さないと重篤な疾患を引き起こし、人間にとっては非常に危険な寄生虫です。

フィラリアの生態

 

(バンクラフト糸状虫の生態)

寄生虫の中には宿主を何度か移り変えるものがあり、フィラリアもその一つです。

フィラリアは人間に寄生して成虫になり卵を生みますが、人間の中で卵から孵って幼虫になることはありません。厳密には、成体がミクロフィラリアという卵の膜に包まれてはいるものの自由に動ける卵と幼虫の中間のような幼体を生むのですが、フィラリアはこのミクロフィラリアの状態では成虫になれないという変わった生態を持ちます。

このフィラリアの生態について詳しくご説明していきます。

まず、蚊・ブユを通して人に寄生したフィラリアの幼虫は人間の体内に入り込んで成虫となり卵を産みます。オンコセルカ症でコブができるは、フィラリアの一種である回旋糸状虫が大きな巣を作り、それがコブ状になるためです。

そして卵がミクロフィラリアの状態になると、ミクロフィラリアは卵の殻に包まれたまま体中を動きまわるようになります。

このミクロフィラリアは人間の中で卵の殻を破って成長する事は出来ませんが、蚊やブユの中では殻を破って成長できるため、血管を通って蚊やブユに刺されやすい場所に広く移動する傾向があります。

そうして、体の表面に移動したミクロフィラリアは人間が蚊やブユに刺された際に蚊やブユの口から寄生し、蚊やブユの体内で殻を破って幼虫にまで成長します。

蚊やブユの中で幼虫になったミクロフィラリアは、寄生した蚊やブユが再びどこかの人間を刺した時に人間に寄生し、成虫になるのです。

つまり、人間と蚊・ブユの間を行き来しながら繁殖していくのがフィラリアなのです。

フィラリアにとっては子孫を増やすための最終宿主が人間であり、感染を広げてくれる中間宿主が蚊やブユにあたると言えるでしょう。

フィラリアによって引き起こされる病気

寄生虫は通常、自身が繁殖する場となる最終宿主に大きな危害を加えることはあまりありません。

そのため、フィラリア自体が人体に積極的に悪影響を及ぼそうとすることは無いのですが、結果的に悪影響を及ぼす事が多々あります。まず、ミクロフィラリアは人間にとって異物であり、人体がミクロフィラリアを排除しようとする反応が病気を引き起こすします

また、ミクロフィラリアが抗体に殺されたり、力尽きて死んでしまった死体が末梢血管やリンパ管を詰まらせてしまうことがあり、この結果として人体の細胞や死滅するなどの悪影響が出て、重篤な症状に繋がることがあるのです。

オンコセルカ症

成虫になった回旋糸状虫(オンコセルカ)によって引き起こされる病気です。

回旋糸状虫の成虫は皮膚の表面に留まるので成虫だけでは大きな害はありませんが、成虫が産んだ大量のミクロフィラリアが問題です。

人間が蚊やブユに刺されやすいのが手足や顔であるため、ミクロフィラリアの多くがそれらの部位に移動します。そしてミクロフィラリアに反応して発疹や痒みが発生するのですが、感染初期には顔や手足の痒みが蚊に刺されたためだと思うことも多く、発見が遅れやすい病気でもあります。

寄生虫に気づかないまま症状が進むとミクロフィラリアが広がった場所に発疹や色素沈着などが起こるようになり、成虫が巣を作った部位が硬くなってコブ状になります。

コブを手術で摘出することでミクロフィラリアを産む成虫がいなくなり症状が改善することもありますが、体内に残ったミクロフィラリアは消えません。

さらに、治療を行わずにいるとリンパ節などが腫れて炎症が起こるようになり、ミクロフィラリアが目に入り込んで視力低下や失明に繋がる恐れがあるので非常に危険です。

リンパ系フィラリア症


(バンクラフト糸状虫)

バンクラフト糸状虫マレー糸状中によって引き起こされる病気です。

リンパ節や睾丸付近で炎症を起こす特徴があり、西郷隆盛が羅患した病気としても有名ですが、後遺症として睾丸や手足などが大きく腫れ、肌が象のように固くなることから「象皮病」としても知られています。

主に蚊によって媒介される病気で、かつては日本でもよく見られました。

成虫がリンパ管で成長してリンパ管を塞ぎ付近の細胞に悪影響を与えて象皮病の原因となり、成虫から生まれるミクロフィラリアもリンパ節付近で炎症を起こし、腫瘍になることもあります。

ミクロフィラリアだけではなく、成虫も早期に取り除かなければいけないため、これもかなり危険な感染症と言えるでしょう。

(次ページ: フィラリア感染症の治療とイベルメクチン)

フィラリア感染症の治療とイベルメクチン

フィラリア感染症の治療に対する有効な治療法は、かつては「ジエチルカルバマジン」という薬物しかありませんでした。これはフィラリア成虫もミクロフィラリアも殺せる強力な薬ですが、重大な副作用を引き起こす事も多く、安易に使えない薬物です。

また、手術で成虫を摘出するという方法もありましたが、手術そのものが危険で後遺症を起こす事も多く、医療技術の未発達な後進国で行うのは簡単なことではありません。

そんな中で登場したのがノーベル賞を受賞した大村智さんが開発したイベルメクチン(別名メクチザン)です。

これは一錠でミクロフィラリアを死滅させる上、重篤な副作用もあまりありません。成虫には効かないので根治させられるわけではないのですが、定期的に服薬することで症状が出なくなるため非常に有効な治療薬です。

特に、回旋糸状虫のように成虫自身は無害で成虫が産むミクロフィラリアだけが有害なオンコセルカ症に対しては、最も有効な治療法だと考えられており、今ではほとんど全てのオンコセルカ症に対して用いられています。

ただ、オンコセルカ症とは違って成虫も有害であるリンパ系フィラリア症に関しては、成虫にも効果のあるジエチルカルバマジンが使われますが、必ず成虫を殺せるわけではなく、ミクロフィラリアをイベルメクチンで殺しつつ、ジエチルカルバマジンで成虫を殺すような治療法が行われています。

ミクロフィラリアを抑制することの重要性

これらのフィラリア症の最大の特徴は、「人と蚊・ブユを媒介にして広がる」という点です。

人で生まれたミクロフィラリアが蚊やブユに寄生し、ブユの中で成長したフィラリア幼虫が人に寄生することで感染していく病気であるため、ミクロフィラリアを安全に殺せば感染は広がりません

この上で、イベルメクチンは画期的な発明だと言えます。

成虫は殺せなかったとしても、その子供であるミクロフィラリアを殺せるのであれば、イベルメクチンを定期的に摂取することで症状は抑えられ、感染が広がる事もありません。

成虫が無害であればイベルメクチンを飲みながら成虫が寿命で死ぬのを待っても良いですし、成虫が有害だったとしてもイベルメクチンで症状を抑えつつ時間をかけて治療法を検討する事ができます。

特に、アフリカ大陸などの後進国が多い国では、病気の根治より感染を止めることの方が重要であり、イベルメクチンは非常に重宝されています。

後進国にとってフィラリアというのは、病気そのものよりも病気が村全体に広がり、労働力が減って飢えて人々が死んでしまうことのほうが恐ろしい病気でした。しかし、イベルメクチンによって感染が止められるようになったため、症状の発生は最初の数人で抑えられ、多くの人々が救われる事になります。

日本では全く見られなくなったフィラリアですが、日本では早くから感染を抑える試みが続けられたため、犬などを最終宿主とするフィラリアなどは除き、人間だけを最終宿主とするようなフィラリアは日本からは殆どいなくなりました。

人間以外を最終宿主とするような寄生虫の発生は止められませんが、人間を最終宿主として繁殖するようなフィラリア類に関しては、人間側でミクロフィラリアの発生を抑えることで絶滅させることが可能です。

イベルメクチンがフィラリア症の発生国で一般的に使われるようになれば、ミクロフィラリアが蚊やブユに寄生する事ができなくなり、最終的には人間を最終宿主とする種のフィラリアはいずれいなくなることでしょう。

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