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フェイズドアレイアンテナと未来の通信技術、電波を重ねる強力なビームフォーミング

軍事技術のレーダーに関する記事で、フェイズドアレイアンテナについてご説明させていただきました。この記事ではあくまでレーダーの技術として扱っていますが、フェイズドアレイアンテナは通信技術にも使える高度なアンテナです。2016年1月には三菱電機が次世代通信技術としてフェイズドアレイアンテナを使った通信技術を発表しましたが、スマホの発達とデータの高密度化に伴って無線通信技術にもフェイズドアレイアンテナのようなアンテナが使われる時代が近づいています。

フェイズドアレイアンテナを使った通信技術と聞くと仰々しいですが、フェイズドアレイアンテナのように「電波を重ねる」事で電波を遠くに飛ばす技術は既に身近で使われています。皆さんが普段使っているLTE通信や新しいWi-Fiルーターに搭載されている11ac規格も、ビームフォーミングと呼ばれる「電波を重ねる」通信技術に対応しているのです。今までにはなかったこの新しい通信技術について、簡単にご説明していきましょう。

電波を重ねるとはそもそもどういうこと?

 

物理の話になりますが、波というのは空気や水や電場・磁場に起きた揺れや振動が連続的に広がっていく現象のことです。

この波の現象には多くの場合、揺れの高い(強い)部分と低い(弱い)部分が存在しています。そして、この揺れの場所のことを位相と呼びます。そして、二つ以上の波の位相が重なると揺れが高くなったり、逆に低くなったりするのです。

上の動画を見て下さい。二つの波が重なった位置で波がぐっと高くなっていますね。

これが電波だったと考えてみてください。そして、波が重なった場所で電波を受信したらどうなるでしょうか?

そうですね。電波が強くなった位置で受信すれば、当然通信は快適になります。逆に、波が重なっていない場所で受信したらその分電波は弱くなり、通信は繋がりにくくなるでしょう。

これは直線で一次元的な波ですが、お風呂場で二次元的な波の重なりを再現することができます。試しに二本の手で波を立て、狙った場所で波が重なるようにして下さい。そして、指の場所は変えずに波を重ねる場所を変えてみましょう。すると、波を立てる場所は同じなのに、好きな場所で波を重ねて強くする事ができるということが分かります。

要するに、電波を重ねるビームフォーミングがやっていることはこれなんです。

言うのは簡単ですが、これを使うにはターゲットがどこにいるのかを把握しなければいけませんし、複数のアンテナを搭載していなければなりません。実際に通信技術に使われるようになったのはつい最近です。

また、フェイズドアレイアンテナでも同じように電波を重ねるテクニックを使っているのですが、出している電波の数が圧倒的に違います。時折聞くことのあるルーターやLTEで使われているビームフォーミングがせいぜい2つから4つ電波を重ねているのに対し、フェイズドアレイアンテナでは、極めてシンプルなもので十数個、実用的なものは最低数百個以上のアンテナを合わせて電波を作っています。

そして、フェイズドアレイアンテナは目的の場所で波を重ねるというよりは、目的の方向に合わせて波を重ねているので、実質的にはそれこそビームのように高い指向性を持った電波が飛んでいきます。

フェイズドアレイアンテナとビームフォーミングで使われる技術は厳密には違うものですが、位相を重ねて波が強まる現象を利用しているという点では同じです。

そこで、本記事では両者を「電波を重ねる技術」と表現しているのです。

通信技術への応用

今までの通信では、波を重ねることなんて考えず、ただひたすら広範囲に渡って電波を飛ばしてきました。

しかし、遠くに電波を飛ばすためには巨大なアンテナと高出力の発電装置が必要なのでその能力には限界がありました。もし無制限に強力な電波を飛ばせたとしても、遠くで受信する分には良いですが、近くで受信するとなったら強すぎる電波で機械が壊れてしまうでしょう。

その問題を克服するために役に立ったのが、電波を目的の方向や場所だけで重ねて強くするビームフォーミング技術でした。

レーダーのフェイズドアレイアンテナは、電波を遠くに飛ばす能力を買われたというよりは、どちらかと言うと沢山の目標を追跡する能力や一度に広範囲を捜索する能力を買われて使われていました。何しろ、超高速で電波を飛ばす方向を変えられるからです。

今までの通信では、フェイズドアレイアンテナの強みである指向性のある電波はさほど必要ありませんでした。単に電波塔を沢山設置すれば良かったからです。

しかし、通信量が増えたことで問題が起こります

一つのアンテナが多数の相手と通信する場合、相手の数や要件毎に時間を分けて通信します。

例えば、沢山のデータをやり取りしたい人には1秒間の内の0.6秒分を割り振り、データが少ない人は0.3秒分を割り振り、順番は急ぎの人を先に回すなどして、交互に通信をしていきます。相手が沢山いれば一人に割り振れる時間が少なくなるので、一人あたりの通信量が減りますし、相手が少なければ一人当たりの通信量は増えますよね。

つまり、アンテナ一つ当たりの通信量には限りがあるということです。これを解消するには更にアンテナを増やす他ありませんが、これではキリがないのです。

そこで、一度の通信で沢山の情報を送れる周波数の高い電波が通信に使われるようになりました。しかし、電波の特性上周波数が高くなるにつれて電波が遠くまで飛ばせなくなるため、結局アンテナを増やすハメになります。

そこで、ビームフォーミング技術やフェイズドアレイアンテナの出番です。

周波数が高くて遠くに飛ばしにくい電波でも、フェイズドアレイアンテナで飛ばす指向性の高い電波であれば遠くに飛ばせますし、一度に沢山の相手がいても、素早く電波の方向を変えられるアンテナであれば問題はありません。

新しい通信技術に残っていた課題

 

ただし、これらの通信技術には課題もあります。

一つの端末でフェイズドアレイアンテナが搭載するアンテナ全ての通信容量を使い切るなんてことはありませんので、幾つかのアンテナ毎にターゲットを割り振って指向性のある電波を同時に飛ばします。

そうすると、通信相手が密集していると電波が干渉してしまうのです。レーダーでも、目標が近くにいると認識できないなんてことがありましたがそれに近いことが起きます。

それこそ、時間で通信を割り振れば良いのですが、それだとせっかくアンテナが大量にあるのに意味がありません。干渉しない場所にいるときといない時とでガクッと通信速度が違うのでは、現代ならともかく未来の通信技術としては失格でしょう。

そのため、密集している目標に向かってどうやって個別かつ同時に指向性の高い電波を飛ばすかが課題になっているのですね。

もちろん、その問題を放置しておいたとしても通信速度は上がるのですが、人口密度の高い日本で次世代の通信技術とするには致命的な欠点です。

ところが、この問題も徐々に克服されつつあり、三菱電気によると、実に2cm程度の距離でも干渉を抑える事ができるようになったようです。どこまで数が増えても大丈夫なのかは未知数ですが、東京スカイツリーに次世代通信規格向けにフェイズドアレイアンテナが設置される様になる日も近いですね。

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