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「雑音特性」と「ソナー性能」がなぜ重要か?-潜水艦の機密情報(1)

近年、フランス製潜水艦の情報漏洩に留まらず、日本の潜水艦に対する他国のスパイ活動も話題に上るようになりました。潜水艦は既存兵器の中で最も隠密性の高い兵器であり、その隠密性をなによりの武器として戦います。そのため、潜水艦はその居場所や任務を含めたあらゆる情報が極秘とされており、中でも技術情報は特に重要です。

居場所や任務のような時間が経てば価値を失うような一時的な情報とは違い、技術情報はその艦型が退役しない限り有益な情報となります。場合によっては、新型潜水艦にも同じ技術が用いられることもあり、そうなればその情報は新しい艦型に対しても価値を持ちます。そこで、潜水艦に関する情報の中で「どの情報がどれくらい重要なのか」について、全3回に渡って考察していきたいと思います。

潜水艦の中でも特に重要な機密情報


(手前はおやしお型潜水艦、左奥はとわだ型補給艦_自衛艦隊HP)

重要な機密情報はいくつかありますが、今回は分かりやすいように3つに分けてみました。

[最重要]-隠密性に関する情報

[重要]-作戦能力や行動範囲に関する情報

[特殊]-その他、通信・熱・磁気に関する情報

当たり前と言っては当たり前ですが、潜水艦の隠密性に直接関わる「雑音特性」と「ソナー性能」は極めて重要です。まず、絶対に漏洩しては行けない情報となります。

次に、作戦能力に関わる「潜水深度」「水中速力」「航行時間」についてです。この情報が漏れるだけで敵方は対策を取りやすくなるため、潜水艦の相対的な能力が下がってしまいます。言ってみれば、間接的に潜水艦を追い詰める情報ということです。

その他にも、「通信手法」「排熱特性」「磁気特性」などがあります。重要度で言えば他の5つには劣りますが、取り上げておきたい情報の一つです。国によっては機密扱いにしていない可能性もありますが、潜水艦にまつわる情報の中でも非常に興味深いものなので、これも扱っておきましょう。

それでは、これらの項目について詳しく解説していきます。

雑音特性-どんな音を出しているのか?

水中に放射する雑音の特性については、最重要の機密情報と言っても過言ではありません。

水中では光もレーダーも頼れません。頼れるのは音だけです。潜水艦を見つけるには潜水艦が出す音(もしくは反射音)を聞くしかなく、「潜水艦が出す音」というのは水中では潜水艦の姿そのものです。

特に、スクリューなどの推進装置によって出る音は艦型毎に微妙に違うため、この音(音紋)を採取されてしまうと致命的です。音だけでどこのどんな潜水艦がそこにいるか分かってしまいますし、場合によっては魚雷を回避するためのデコイが無力化されてしまうこともあります。

通常は音響測定艦などの解析専門の艦船によってこうした音紋は収集されますが、味方向けに予め収集された情報(潜水艦が味方を判別するために使う)が存在します。これがスパイ活動によって奪われる可能性はゼロではありません。

また、知られてはいけない情報は他にもあります。もっと間接的な情報として、「スクリューの形状」や「エンジンの設計」なども「音の特徴」や「雑音の量」を判別する手がかりになります。情報を入手した側が模型をつくるなりして「音の特徴」を解析すれば、その潜水艦を探すために最適な索敵方法が分かるようになるのです。

高い音を出すのか、低い音を出すのか、どんなリズムで音が出て、どれくらいの速度なら音を出さずに進めるのか。そういったことが、こうした技術情報から分かってしまいます。こうした情報が分かれば、潜水艦を発見するのはより簡単になるでしょう。

逆に、相手がどんな音を出すのか分からない場合は本当に大変です。水中における音の進み方は一様ではなく、音の波長や海中の深度などで進み方や特性が微妙に変化します。音や場所に合わせて正しい測定機器の設定を行わなければ正確な観測はできません。高音向けのマイクで高音を拾い、低音向けのマイクで低音を拾うようなものでしょう。

つまり、水中雑音の特性が漏洩した場合、相手はその潜水艦が出す水中雑音の特性に合わせた探索を行うことで潜水艦を見つけやすくなり、戦場で有意に立つことができます。繰り返しになりますが、「どんな音を出すか」に繋がる情報はトップクラスの機密です。

(次ページ: ソナー性能について)

ソナー性能-見つからない場所はどこか?

潜水艦が出す音が「潜水艦の姿」そのものであるとすれば、音を聞き分けるソナーの性能は「潜水艦の目」に当たる部分です。

潜水艦には巨大なソナーが艦首付近についていて、これによって水中の音を拾い、近くにいる潜水艦や艦船を探します。このソナーの性能で重要なのが「どこにいる敵をどれくらい正確に見つけられるか」ということ。

例えば、小さな音を拾えるソナーなら遠くにいる敵を発見できるということですし、様々な分析手法を用いる高性能なソナーを多数装備しているなら短時間で正確な位置を特定できる能力があると推測できます。

この情報が漏れれば、当然ながら相手はソナーに対する対策を練ることできます。音というのは潜水艦が動く時に出るので、相手のソナー性能が優秀なら慎重に動けば良いですし、劣っているなら大胆に動けるかもしれません。

特にソナー性能が漏れることで、「どれくらい近づけるか」がバレてしまうのは痛いです。潜水艦の重要な能力の一つが「相手に見つからないように相手を見つける」事にありますので、見つからない距離や音の大きさが分かるだけで潜水艦から隠れることが容易になります。

その他にも、ソナーの死角などの情報も重要です。

ソナーは多くの場合船首にあります。これは背後についている自身のスクリューが出す音の影響を受けないようにするためですが、耳が前についていることになりますので、前面の音を拾い易くなる一方で後方の音は少し拾いにくくなります

また、最近の潜水艦では複数のソナーを併用するのが普通です。艦体側面にソナーを設置したり、後方に曳航式のソナーを取り付けることが増えてきましたが、それぞれに得手不得手があります。正確に音を聞き分けられる状況もあれば、そうでない状況もあるでしょう。

もしこのソナーの中に苦手な方角・波長・深度があれば、それは潜水艦の死角・弱点ということになります。

特に危険なのが上下と背後。水温・水圧が変わる上下では音の性質が変わるため、音の聞き取り方に特殊な技術が必要になります。後方にはスクリューがあるので雑音が多くて他の音が聞き取りにくく、それを避けられる曳航式のソナーはそもそも使いこなすのが難しいです。

こうして上下や背後に死角ができてしまった場合、この死角の位置を正確に把握できれば敵の潜水艦は完全に音を止めて待ち伏せし、ソナーの死角に入ったタイミングで動き出して攻撃する、やり過ごす、追跡するという戦術が使えるわけです。

もちろん、死角が可能な限り減るようにソナーの配置・機能・戦術に工夫を凝らしているわけですが、完璧とはいきません。「ソナー性能」に関する情報が外に漏れてしまうことは、すなわち弱点が漏れるということにもなり得ます。潜水艦にとっては死活問題ですので、絶対に漏洩させてはいけません。

敵に見つかるかどうか、敵を見つけられるかどうか

実質的に「雑音特性」は「ステルス性能」のことを意味し、「ソナー性能」は「索敵性能」のを意味しています。

もちろん、技術的にはこれ以外の技術も「ステルス性能」や「索敵性能」に関わりがありますが、「どの情報が重要か」と問われれば、この二つを真っ先に挙げるのではないでしょうか。

これらは潜水艦が任務を遂行する上で最重要の核となる情報です。そのためスパイ活動の中でも最も力を入れている部分となります。以前、日本の潜水艦の情報漏洩が問題になった時にもソナーに関する情報が一部含まれていたと聞きます。流石に全ての情報が漏れたということはないはずですが、重大な問題です。

とは言え、大切なのはどちらか片方だけでも守り通すこと。

ソナーの情報が漏れていても、音の特性を隠し通せていれば見つかりません。見つからなければ先に敵を見つけることができます。逆に音の特性がバレていても、ソナー性能を隠せていれば早期に敵を発見することができます。

敵を見つけられないなら、敵に見つからないこと。敵に見つかってしまったなら、敵を見つけること。究極的には、潜水艦の戦いはこの二つができるかどうかにかかっています。ここに関わる情報が重要でないわけがありません。

その2: 行動範囲が分かる「潜水深度」「水中速力」「航行時間」

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