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潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)とは?その対策と北朝鮮の技術力

北朝鮮が中距離弾道ミサイル「北極星2号」発射実験に成功したと報じられました。この北極星2号は元々、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)として開発・実験が続けられていた「北極星1号」(NATOコードネームKN-11)を陸上発射用に転用したものです。

昨年の発射実験成功が大きく報じられた北極星1号ですが、そもそもSLBMとはどういうものなのでしょう?
本記事では世界各国の現用SLBMの種類や運用法を俯瞰しつつ、北朝鮮のSLBM運用について見ていきます。

現在SLBMを配備している国は7か国あります。

国名 名称 射程距離
アメリカ合衆国 トライデントII 12,000km
ロシア R-29RMU「Sineva」 8,300km
R-29RMU2「Layner」 8,300-12,000km
R-30「Bulava」 8,000-8,300km
イギリス トライデントII 12,000km
フランス M45 6,000km
M51 8,000-10,000km
中国 JL-2 7,400-8,000km
インド K-15「Sagarika」 750-1,900km
K-4 3,500km(発射実験成功)
K-5 6,000km(開発中)
北朝鮮 北極星1号 500-2,000km(推定)

これを見ると、主要な核保有国はどこもSLBMを保有しているのがわかります。

SLBMの位置付け

実は核保有国、特にアメリカとロシア(旧ソ連)にとっては、SLBMは核戦略の重要な柱の一つなのです。

第二次世界大戦終結後の1950年代、核兵器を保有する2大大国となったアメリカとソ連は互いに軍事的有意を確保すべく核兵器研究に邁進。1950年代後半にはソ連が最初のSLBM発射に成功し、同時期にアメリカもSLBMポラリスを開発しました。


(原潜ジョージ・ワシントンからのポラリスミサイル発射テスト:Wikipedia_UGM-27_Polaris)

1959年には世界初の原子力潜水艦ジョージ・ワシントンが就役。同艦は1960年から61年にかけてポラリスミサイルを搭載して哨戒に出ますが、これ以降米ソとも原子力潜水艦とミサイルをセットで運用するようになります。

初期のSLBMはICBMに比べればはるかに射程が短いものでした。
例えばポラリスミサイルは試射の際に1100kmの距離を飛行。1964年から配備が開始されたポラリスA3でも、射程は5000km足らずでした。

一方、地上の発射施設から発射されるICBMの射程を見ると、1959年に配備が始まったアトラスミサイルですでに9000kmに達しています。

さらにSLBMは潜水艦に搭載しなければならない都合上サイズが限られ、搭載できる核弾頭の重量も制限されます。つまり威力が抑えられてしまうということで、潜水艦から発射すると命中率が落ちるということもあり、陸上から発射するICBMと比べれば何もかもが劣っています。

それでも1960年以降、米ソを始めとする核保有国はSLBMの配備を進めていきます。その理由は何だったのでしょうか?

報復攻撃に最適なSLBM

SLBMの一番の利点は、たとえ本国が先生核攻撃で壊滅しても外洋に出ている潜水艦は生き残る可能性が高いという点です。

これには核抑止と呼ばれる核戦略の普及という時代背景が関わってきます。

1950年代、米ソは互いに軍事的有意を得るべく核戦力の増強に努めてきました。両国の保有する核兵器の数は膨れ上がり、やがて相手を根こそぎ壊滅できるほどの核戦力を有するまでになります。

1960年代に入ると米ソとも相手の発射した弾道ミサイルを探知する早期警戒衛星を打ち上げるようになりました。これにより両国とも相手の核攻撃をいち早く察知し、ミサイルの着弾前に核ミサイルで反撃することが可能になったのです。これで米ソ間にはどちらかが核攻撃をすれば双方ともに核で全滅するという状況が生まれます。これを相互確証破壊と言います。

核で先制攻撃をすれば確実に相手を負かせる一方、こちらも確実に全滅する――このような状況では核戦争にならないのが得策。ということで、軍事的優位を確保しつつ全面核戦争を起こさないようにするという核戦略が生まれました。

先述の相互確証破壊が保証された状況であれば核戦争をするだけ損だ、だから核戦争を起こさせないために確実な反撃体制を組み上げて、お互いに相手の先制攻撃を防ぐ――このような発想を核抑止といいます。

SLBMによる核抑止力

SLBMの真価は、この核抑止戦略の中で見出されました。

この論理に基づく核戦争の予防は、核攻撃をすれば手ひどい反撃を受けることが確実でなければなりません。万一衛星網をかいくぐって先制核攻撃を受け、反撃のための核ミサイル発射施設が全滅したならば、先制攻撃をしたもの勝ちになります。一方的な先制攻撃を可能にする技術ができてしまえば、核抑止は成り立ちません。

潜水艦に核兵器を搭載した状態で海中に潜伏させておけば、国土が壊滅しても反撃用の核ミサイルが生き残る可能性は大きく上がります。特に1960年代以降は長期間浮上せず行動できる原子力潜水艦の登場によって、「隠れたミサイル発射基地」として潜水艦を運用することの現実味と重要性が増してきました。

このような背景があって、SLBMは核抑止戦略の、ひいては20世紀後半の世界の軍事バランスを保つ上での重要なパーツとなっていくのです。

イギリスではヴァンガード級原子力潜水艦の艦内に「Letters of Last Resort」(最終手段文書)を保管しています。これはイギリスの首相が就任時に書く書状で、他国の核攻撃でイギリス政府が機能停止した場合に艦長が取るべき行動が記されているものです。

首相退陣時には秘密裏に破棄されるため内容は秘密にされていますが、内容として書きうる指示の中にはSLBMによる報復核攻撃も含まれているといいます。今でも続くこうした措置は、核兵器を含めた軍事政策の中でSLBMが占める特異な立場の象徴と言えるでしょう。

(英国が4隻保有するヴァンガード級原子力潜水艦。SLBMでの核攻撃能力を有する:Wikipedia_ヴァンガード級原子力潜水艦)

北朝鮮のSLBM運用

このような歴史的背景をみると、北朝鮮のSLBM使用方法は2種類考えられます

他国の先制攻撃の抑止
核による先制奇襲攻撃

前者は核抑止の発想と同じです。現状で北朝鮮の保有するSLBMとミサイル潜水艦の戦力は日本全土を壊滅させるほどでないにせよ、核兵器で反撃される可能性があるとなれば先制攻撃はためらわれるでしょう。

後者はいわゆる「北朝鮮の暴発」シナリオの延長です。SLBMの運用が本格化すれば、北朝鮮本土からのミサイル攻撃とは違い、不測の位置から核攻撃を受ける可能性も出てきます。とはいえこれまでの北朝鮮の経緯を見る限り、暴発するという予想がその通りになるかどうかはわかりません。

北朝鮮のミサイル潜水艦

現在北朝鮮でミサイル発射能力があると考えられている潜水艦は、新浦級と呼ばれる北朝鮮製の潜水艦です。これは旧ソ連のキロ型あるいはゴルフ型潜水艦を元に設計されたと言われています。

(新浦級潜水艦予想図:アジア太平洋国際カンファレンス発表資料より)

2016年7月9日のミサイル発射実験でも使用したとされる新浦級潜水艦は公に出ている確定情報が少なく、限られた画像から性能を推測するしかない状態です。おおよその推定では、排水量は1500~2000トン程度、全長は65.5m、喫水は6.6m。動力はディーゼル・エレクトリック方式、いわゆる通常動力の潜水艦で、SLBM発射管を1基ないし2基有していると考えられています。

現状で就役しているものは1隻だけですが、今後北朝鮮が核の脅威を強調するべく複数隻を生産している可能性、あるいはさらに高性能なミサイル潜水艦を開発している可能性も考えられるでしょう。

北朝鮮のSLBMへの対処

北朝鮮へのSLBMにはどう対処するべきなのでしょう?

確実と思われるのは、ミサイルを発射される前に潜水艦の動きを封じることです。

新浦級潜水艦は比較的小型の艦で、母港を離れて長期間の活動はできず、さらに原子力潜水艦ではないため常時海中で活動することはできません。これは反撃用ミサイルを運用する「隠れたミサイル基地」としての性能が大きく損なわれていることを意味します。また、日米の対潜網にかからず活動できるかどうかは疑問の余地があります。

北朝鮮発表では新浦級潜水艦のベースは旧ソ連のゴルフ型潜水艦だとされていますが、旧ソ連でゴルフ型が就役したのは1958年とかなりの旧式艦です。大元のソ連でも1990年には退役しているので、それをベースにした新浦級も技術的には新鋭の潜水艦には一歩譲ると考えられます。

P3C部隊やP1部隊を擁する自衛隊の対潜戦闘能力は非常に高く、また冷戦期には旧ソ連の潜水艦を仮想的として訓練してきた技術が受け継がれています。旧ソ連の技術をベースにした新浦級潜水艦は、むしろ御しやすい相手なのではないでしょうか?

北朝鮮のSLBMに対処するためには、ミサイル防衛以上に、自衛隊の対潜戦闘能力にかかっていると言えるでしょう。

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