1メートルを測るにはメジャー、1キログラムを測るにははかり、1秒を測るにはストップウォッチと、長さや重さを測る道具は身の回りにいくらでもあります。では、メジャーに書かれた1メートルは一体どうやって測ったのでしょう?そもそも1メートルとは、いったい何の長さなのでしょうか?
長さに限らず、重さや時間も人間が定めた規則であり、厳密な国際的基準が存在します。この記事では、長さや重さの基準がどう定められてきたか、そしてどう変わってきたかについて解説します。
2023年8月5日加筆
1メートルと1キログラムのはじまり
メートルとキログラムが初めて定義されたのは、18世紀末のフランスでした。
1799年、長さと重さの基準を統一するため、正確に1メートルと1キログラムに合わせて作られたメートル原器とキログラム原器が作成されます。これがメートル法のはじまりでした。その後1875年、複数の国の間で長さや重さの単位統一を目的としたメートル条約が制定され、ヨーロッパから17か国が条約に加盟。日本は1885年に批准し、メートル法を取り入れています。
20世紀を通して、メートル法と長さ・重さの基準は大きく形を変えてきました。
まず、メートル法自体が国際単位系(SI)という単位系に発展しました。国際単位系は長さと重さだけでなく時間や電流、温度などの単位を定めたものです。これらの単位は物理学で使われる単位も含まれているため、定義と数値には厳密さが求められます。加えて、金属をもとにした原器は熱や摩擦などで長さや重さが変化する可能性があることから、より正確で不変の基準を求めて1メートルや1キログラム、果ては1秒の定義までが変わっていったのです。
ここからは、日常でもよく使う時間、長さ、そして重さの基準を見ていきましょう。
1メートルの定義
1メートルは最初、赤道と北極点までの距離の1,000万分の1の長さとして定義されました。地球の大きさに基づいたこの基準はフランスで定められ、1799年にはアルシーヴ原器と呼ばれるメートル原器が作成されました。メートル原器とは、1メートルとはこれだけの長さだと示す、定規の親玉ともいえるものです。
しかし地球の大きさを基準にすると不都合もありました。地球の表面は正確な曲面ではないために基準とするには不向きであるうえ、基準値の再測定には膨大な費用と労力がかかります。そのため1869年にはアルシーヴ原器そのものが1メートルの基準とされました。そして1889年、アルシーヴ原器を元にした国際メートル原器が作成され、世界標準となっていきます。
しかしメートル原器は当初から熱や時間経過による変形などの問題点が指摘されており、時間経過で変化しない物理的性質などを基準にしてメートルを定義するべきだという意見がありました。そのような定義が実現するのは、ようやく20世紀後半に入ってからのことです。
現在1メートルは、「1秒の299,792,458分の1の時間に光が真空中を伝わる距離」と定義されています。これは秒速299,792,458メートルという光の速さを高い精度で測定できるようになったこと、さらに精度の高い原子時計で1秒を正確に定義できるようになったことで実現しました。光の速さは光源の動きや方向などに関係なく変わることはありません。物理法則に基づいた定義をすることで、時間が経っても変化しない信頼性の高い基準を定めることができるのです。
1秒の定義
最初に定められた1秒の定義は、1日の長さを86,400で割った長さの時間とされていました。1日が24時間、1時間は60分、1分は60秒なので、1日は86,400秒です。
やがて、この定義では精度に問題があることが判明します。1日の長さはすなわち地球が1回自転する速さですが、地球の自転速度は月と地球の重力の相互作用や季節の変動でわずかながらばらつきが出てしまうのです。
これを受けて1956年、1秒の定義が1年の長さ、すなわち地球が太陽の周りを一周する時間に基づくよう定義が修正されました。しかしこちらは、きりがいいからと選ばれた西暦1900年の1年の長さを計算によって求めたもので、基準値を測定することが不可能であるという問題がありました。
問題はメートル原器の例と同じです。つまり地球という実在する物質の動きを基準にしたため、不安定で再測定しにくい基準になってしまったのです。これを解決するために、やはり不変の物理法則に基づいた定義が望まれました。
現在使われている「1秒の定義」は1967年に決定されたもので、セシウム原子時計を使って定められました。
1秒の定義をそのまま和訳すると「秒は、セシウム 133 の原子の基底状態の二つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍の継続時間である」となりますが、このままで意味不明ですので、ざっくり説明しましょう。
セシウムは特定の周波数(9,192,631,770Hz)の電磁波を浴びせる(放射)と「励起(状態の遷移)」と呼ばれる反応を起こします。少しでも周波数が違うと反応しません。そこで1秒の定義にこの性質を利用することにしました。
まず、周波数というのは1秒間における電磁波の振動数のことですので、逆に言えば、セシウムに浴びせた電磁波が9192631770回振動する時間と1秒は一致するはずです。定義の中では周期の◯◯倍と言っていますが、周期というのは1回振動するのにかかる時間なので、それを9192631770倍にすれば1秒になります。
要するに「今まで周波数の定義に『1秒あたりの振動数』とか使ってきたんだから、それを逆に1秒の定義に使っちゃえ」ということです。
ちなみに、セシウムの性質は時間が経っても変化したりばらついたりせず、装置があれば再測定も行えるので、この新しい定義によって、これまでの問題点が一挙に解決されました。
(次ページ:1キログラムの定義)
1キログラムの定義
1キログラムの定義は、水1立方センチメートル分の重量を1グラムと定めたことから始まりました。1799年、それを1000倍したプラチナ製の重りを1キログラム原器と定め、1889年にはその重量をもとに国際キログラム原器が作られ、世界標準となりました。
当然ながらキログラム原器にもメートル原器と共通した問題、すなわち触ったりすることで削れてしまい、原器の重さそのものが変わりうるという問題がありました。現に1992年、世界各国で使われるキログラム原器の複製と重さを比較したときに、キログラム原器と複製の重量が食い違うという事件が起きています。
(キログラム原器のレプリカ。出展: Wikipedia_キログラム)
ところが、キログラムの定義は20世紀の間に変えられることはなく、実に130年もの間キログラム原器が使われ続けてきました。メートルや秒と同じくキログラムも物理法則に基づいた定義に切り替えるべきという意見はその間にもずっと存在し、ついに2018年、キログラムの定義を変更するかどうかの審議が行われることとなったのです。
重さとエネルギー量の関係を使う
相対性理論によれば、物質はエネルギーに、エネルギーは物質に変換することができます。信じられないかもしれませんが、原子力発電は質量をエネルギーに変えることで巨大なエネルギーを産んでいるので、これは紛れもない事実です。
理論上、エネルギーから物質を作る場合、その物質の重量は元となるエネルギー量に応じて変化します。このため、1キログラムにピッタリのエネルギー量が分かれば、それを1キログラムのエネルギーと呼べるわけです。
そこで、重さとエネルギー量の関係を使った定義を作ることになりました。これだけ聞くと複雑なようですが、豚肉1キログラムで3860キロカロリー摂れるとわかっていれば、3860キロカロリー分の豚肉を食べると1キログラム食べたとわかるのと理屈は同じです。
もし、豚肉1キログラムあたりのエネルギー量が完璧に毎回同じなら、これはそのままキログラムの定義になっていたことでしょう。ただ、残念ながら肉の持つエネルギー量はその部位や脂肪の量で大きく変動するので使えません。もっと完璧なエネルギー量を持つ何かが必要です。
ここで白羽の矢が立てられたのが「光」、厳密に言えば「光子」(光の粒子)でした。同じ重量でも部位や脂肪の量でエネルギー量が複雑に変わる豚肉と違って、光子のエネルギー量は条件が同じであれば必ず等しくなる上に、シンプルな計算で求められます。1キログラム分のエネルギーを持つ光子を使うことで、純粋に物理学的な方法で信頼性の高い基準を定められるのです。
ここで、1キログラムの重さの物質に等しいエネルギー量を計算してみましょう。物質が持つエネルギー量は、相対性理論の有名な等式「E=mc2」(Eがエネルギー量、mが物質の重さ、cが光の速さ)で表せます。1キログラムの定義を決めたいので、重量は「m=1キログラム」となります。光の速さは「c= 299,792,458 m/s」と決まっているので完璧です。
この計算で、「1キログラム分のエネルギーは光の速さの2乗に等しい」ことがわかりました。光子のエネルギー量は周波数(振動数)によって決まるので、次は光子の周波数を計算すれば1キログラムの定義をすることが可能になります。
1キログラムに一致する光の周波数
光子の周波数を決定するためには「E=hν」(hはプランク定数、νは光子の周波数)という等式が使われます。これは周波数によって変わる光子のエネルギー量を計算するための式です。
ここまでで「E=mc2」「E=hν」という2つの式が出てきたわけですが、エネルギーを示す「E」は双方同じ数値です。つまり、これは「mc2=hν」に書き換えられます。「光の速さ(c)」と「プランク定数(h)」は常に一定で、「質量(m)は1キログラム」です。知りたいのは光子の周波数なので、これを変形すれば「ν=c2/h」となります。
これを数字に置き換えると、「ν = 2997924582 / 6.626 069 57× 1034」です。
(6.626 069 57× 1034がプランク定数)
言葉で表すなら「1キログラムとは光の速さの2乗をプランク定数で割った周波数を持つ光子のエネルギー量と等しい質量」となります。何ともややこしい話ですが、光の速さの2乗をプランク定数で割れば、1キログラムと等しい光子の周波数が分かるということです。
プランク定数の決定
このようなキログラムの定義は、理論だけを言えばはるか以前から可能なことでした。しかし、今までは肝心の「プランク定数」が綺麗に算出されなかったのです。
「てか、プランク定数ってなに?」
と、気になるところでしょう。これは光子が1回振動する時に持っているエネルギー量のことです。この数字は実験によって求められており、実験によって出てくる数字は機材によって正確性が異なります。
そのため、1キログラムの定義を完璧にするためには正確なプランク定数を実験で算出する必要があったのです。そんな中で日本の産業総合研究所は2017年10月、世界最高レベルの精度でプランク定数の測定に成功し、キログラムの定義改定に大きく貢献しました。
まとめ
日常ですっかり使い慣れたメートルやキログラムは、元をたどれば200年ほどの歴史を有しています。成立から今日までの間、さまざまな経緯を経て変わってきましたが、その経緯は、より普遍的でより信頼できる基準を求めてきた歴史といえるでしょう。
メートルやキログラムの定義が変わっても、普段使うものさしや体重計の数字が変わるわけではありませんが、正確な基準を求める科学者たちの探求はこれからも続いていくのです。
事実、2022年には、国際単位系(SI)接頭辞に新しい接頭語が加わりました。
SI接頭語とは「ギガ」や「テラ」のように、数字の大きさを示すときに使われる言葉です。
2022年に加わったのは、10の30乗を表す「クエタ」、10の27乗を表す「ロナ」、そして10のマイナス30乗を表す「クエクト」と、10のマイナス27乗を表す「ロント」です。
ゼロが多すぎて途方もない数字ですね。
参考までに、1ギガバイトは10の9乗すなわち10億バイトです。1ギガバイトを10億倍して、それをさらに10億倍すると、10の27乗の1ロナバイトになります。
こんなとてつもないスケールの数字を表記する必要性は、まさに科学の進歩が生み出したものです。
ナノテクノロジーや宇宙探査技術の進歩に伴い、宇宙の果てまで届くような巨大スケールの距離や空間、あるいは素粒子レベルの小さな世界を科学の概念で表現する必要が生じてきたのです。