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油に強い耐油紙のしくみ、繊維の中に液体が入り込まない様々な工夫

ハンバーガーの包み紙やポップコーンの紙カップなど、身近な食品の包装には紙がよく使われます。こうした包装用の紙は、食品の油がしみるのを防ぐための加工が施されているものです。油をはじく処理がなされた紙は「耐油紙」と呼ばれますが、そのままだと油や水がしみてしまう紙をどうすれば耐油紙にできるのでしょうか? 

本記事では、油で濡れることの物理学的な解説を交えつつ、さまざまな種類の耐油紙加工を紹介していきます。

耐油加工のアプローチ

紙に油がしみることを防ぐには、大まかに2通りのアプローチがあります。個別の手法を解説する前に、それぞれのアプローチについて見てみましょう。

繊維の内部に入り込むことを防ぐ

第一のアプローチは、繊維の隙間を埋めることで紙の内部への浸透を防ぐというものです。

紙の表面には肉眼で見えないほどの細かい隙間があります。紙に油を垂らした時、その隙間から油が繊維の内部に入り込むことで反対側まで浸透するのです。このアプローチは、紙表面の繊維の隙間を埋めることで油をはじきます。

具体的な方法としては、パルプの叩解(こうかい)と紙表面のラミネートがあります。

叩解とは、紙を製造する途中で、原料となるパルプを叩くあるいは切断するなどの処理を施すことです。製紙途中でパルプを叩解することで、紙表面の繊維の密度が上がり、隙間が埋まっていきます

これには紙の柔軟性を高める効果もあり、通常の紙を作るときにもある程度行われます。耐油紙を製造する際にはこれ長時間行うことで繊維の密度をできるだけ高め、油が紙の内部にまで浸透しないようにするのです。


(叩解前(上)と叩解後(下)のパルプ 出典: 竹尾ウェブサイト)

同じアプローチに基づく方法としてはこれと別に、紙の表面をコーティングする方法もあります。飲食店のメニューなどは表面をプラスチック系素材でラミネートしてありますが、耐油コーティングもこれと理屈は同じこと。製紙段階で紙の表面に水や油をはじく高分子素材のコーティングを施し、紙の繊維に油や水が直接触れないような加工を施すことで油に濡れることを防ぐのです。

表面張力をコントロールする

もうひとつのアプローチとして、紙表面そのものを濡れにくくすることで油をはじく方法があります。

具体的な手法の説明に入る前に、ものの濡れやすさとはどういうことかをまず見ていきましょう。

ものの濡れやすさは「接触角」という概念を使って物理学的に測定されます。理化学辞典(岩波書店 第4版)にある「接触角」の定義は、「静止液体の自由表面が、固体壁に接する場所で、液面と固体面とのなす角(液の内部にある角をとる)」とされています。


(出典: 協和界面科学株式会社)

この図のように、濡れにくい物質の表面についた液体は球状を保ち、濡れやすい物質表面では液体は広がっていきます。前者は接触角が大きく、後者は接触角が小さくなっていることに注意してください。

例外はありますが、濡れやすさは基本的に液体と固体の表面張力の差によって決まります。液体の表面張力よりも固体の表面張力が大きい場合は濡れやすく、液体の表面張力が固体の表面張力より大きい場合は濡れにくくなります。

液体の表面張力はよく聞きますが、固体の表面張力とは聞き慣れない言葉です。これについて理解するためには、分子レベルでの振る舞いを見ていく必要があります。

(次ページ:濡れるしくみと表面張力の関係)

分子と分子の間には互いに引き合う力が働いていており、これは分子間力と呼ばれます。分子間力は分子の密度によって変化します。水滴に含まれる水分子を例にとって考えてみましょう。

水滴の中央部にある水分子は周囲を水分子に囲まれているので、360度から均等に分子間力を受けており、分子のもつエネルギーはそれと相殺されて安定した状態です。この状態は数人のカウボーイが暴れ牛を取り囲んで投げ縄をかけたようなものです。カウボーイ達が縄で四方八方からしっかりと引っ張っている(分子間力)ため、牛(水分子)にはそれを振り切るだけの力がありません。

しかし水面にある水分子は話が違ってきます。気体は液体に比べて分子の密度が低いので、水面にある水分子が気体から受ける分子間力は弱くなり、力の釣り合いが崩れてしまいます。そのような状態になった水分子はエネルギーの高い不安定な状態といえます。暴れ牛の例え話で言えば、一部カウボーイが少ない場所があり、しっかり引っ張れていないため牛に暴れる余力が残っているような状態です。


(図の中央部にある分子は周辺から均等に分子間力を受けているが、表面の分子が気体から受ける分子間力は小さい)

液体の表面に出て不安定になった水分子は、分子間力の強い方、すなわち表面を離れた水の中へ中へと沈むように移動します。暴れ牛の例え話で言うと、カウボーイ達がうまく牛を引っ張り、人手の多い場所へと連れて行くようなものです。牛を移動させていけば、やがて牛の周りには十分な数のカウボーイが揃い、再び暴れ牛の動きを止めることができます。

分子と同じように、ある程度まとまった量の水も同じく安定を好みます。水分子の集まりとしての水を考えた場合、気体と接する水分子が一番少なくなる、つまり表面積が最小になる球形を取れば、一番安定した状態となります。

表面張力とは、気体と接する表面の分子を内部へと引っ張り、気体と接する部分の面積を最小に保とうとする力だと言えます。液体であれば表面張力が強いほど球形を保つ力も強くなり、したがってものを濡らしにくくなります。

液体と同様、固体にも表面張力が存在します。気体と接する固体の分子も液体と同様、分子間力のアンバランスを嫌い、安定を求めて気体と接する部分の面積を最小限に抑えようと試みます。

ただし固体の場合、液体のように分子は自由に動けません。なので分子を移動させる代わりに、液体や気体、および微粒子や別の固体とくっつくことで表面積を少なくします。暴れ牛を抑えるカウボーイの手が足りないからと、よそからスカウトするようなものです。

こうすることで固体表面にくっついた別の固体から分子間力を受けることができ、当初表面に出ていた分子のエネルギーを相殺して安定させることができるのです。ものが汚れるということは、このように固体の表面張力の働きの結果生じるものなのです。

固体の表面張力が高ければ、それだけ貪欲に物を吸着しようとします。その結果液体がしみこみやすく、汚れやすくなってしまいます。なので濡れにくい紙を作ろうと思えば、紙の表面張力を抑える、すなわち液体と接する表面の分子を安定させる必要があるのです。

紙の繊維そのものの表面張力を抑える目的で使われるのはフッ素系材料を使ったコーティング加工です。

炭素原子とフッ素原子の結合力は非常に強力で、これを含む分子は安定した状態を保ちます。これは複数のカウボーイではなく、怪力の人(原子の結合力)が一人で牛(表面の原子)をしっかり押さえつけている状態だと言えます。一人で十分牛を止められるのでそのままでも安定し、外からカウボーイをスカウトする必要がありません。

そのため、炭素とフッ素の結合を含む分子で繊維を加工すると汚れにくく油がしみない紙ができるのです。

これからの耐油紙のあゆみ

耐油紙製造の手法は上記のものが主ですが、近年になってその様相は大きく変わっています。

その推進力となっているのは、環境や健康への意識の高まりです。ラミネート加工を例に取れば、使用される素材が変化してきています。耐油紙のラミネート加工の素材は、従来はポリエチレンやポリプロピレンが使われてきましたが、これらは石油由来の製品なので自然に分解されません。現在では生分解性、つまり微生物などの働きで自然に分解されるバイオポリマーがラミネート素材に使われることが増えてきました。

さらに、フッ素化合物を使った耐油加工も減少しています。

フッ素系化合物は生体内にたまっていき、生物の体内で分解されにくい物質です。こうした性質から健康へのリスクがあるとして、特に食品包装の分野では使用を取りやめるべきだという議論が長く続いていました。

最近ではこうした流れを受け、フッ素系化合物不使用を売りにした耐油紙製品も増えてきています。

こうした化学的手法を駆使した耐油加工のやり方が見直されるにつれ、叩解による耐油加工への見方も変わりました。叩解による耐油加工は歴史的には最も古い手法で、パルプを叩いて乾かすという工程に時間がかかるという点がネックでした。

その後普及したラミネートやフッ素加工の方が効率は上でしたが、近年では環境に優しく、かつ十分な通気性を確保できる方法として叩解の再評価がなされているのです。

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