2010年頃、主要な特許の期限切れにより低価格化が進み、一般家庭向けの製品が登場し始めた3Dプリンター。現在では数万円で買える低価格プリンターも複数登場してきているほか、DMM3Dプリントのような3Dプリント出力サービスもあるので、挑戦するハードルはどんどん低くなってきています。
3Dプリンターの用途は家庭用の小物を作る、あるいは工業用に部品を作るというものだけではありません。今や人間が住む家を作るという試みが世界的に広まりつつあるのです。
3Dプリンター建築の事例
3Dプリンターで家を建てるという試みは、早くも2013年に始まっていました。この年、アメリカにてContour Craftingというプロジェクトが発足。そのねらいは、大型の3Dプリンターを使って短時間かつ自動で建物を建てるというものでした。
動画で紹介されているように、これらの建物はチューブから材料をしぼり出し、1層ずつ積み重ねていくという工程で作られています。材料はコンクリートやグラスファイバーを混合した特殊な建材で、工程は自動でありながら一般的なコンクリートの3倍以上の強度を確保できるという画期的な手法です。
この翌年、中国の3Dプリント建築大手であるWinSunはこれと同じ手法を使い、わずか1日で6軒の家屋を3Dプリンターで建築しました。この時使われたのは高さ6.6メートル、幅32メートルの大型工業用プリンターで、建材には砂とコンクリート、グラスファイバー、リサイクルされた建築資材が使われています。
(建築途中の動画)
さらにWinSunはこの翌年、同様の手法を使って今度は5階建てのアパートを建築しました。使われた建材はこの時も同じであったようで、Contour Craftingが提唱した1層ずつ積み重ねていくという手法が実用に耐えることを証明しています。
こうした実証段階を経て、3Dプリント建築は着実に実用化への道を歩んできました。
主要な3Dプリント建築企業
今では3Dプリント建築サービスを提供している企業は複数存在しています。
Apic Cor
ロシア発の3DプリントベンチャーApic Corは、3Dプリント建築を使って安価な住宅を提供している建築会社です。2017年には24時間で家を1軒建てるというデモンストレーションでメディアの注目を集めました。
24時間で100平方メートルの家を建てると謳うその速さもさることながら、省力化と材料の利用効率でも高い水準を誇っています。
建築に必要なクレーン状の3Dプリンターは最低幅4mと比較的小型で、車両に乗せて現場まで運んでいけるサイズ。プリンターの設置はわずか30分で完了し、作業に必要な人員はわずか2名という省力化具合です。
加えて建材は無駄なく使われるため、従来の工法よりも廃棄物を40%低減できるとされています。
PassivDom
こちらはウクライナ発のスタートアップ企業PassivDom。ウクライナとアメリカ市場にて35平方メートルの家屋を販売しています。
Apic Corの提供する住宅よりも小型であるだけに、印刷に要する時間はさらに短いわずか8時間。ただし窓やドア、配管や電気系統の接続には人手が必要なので、その作業まで含めればもっと時間はかかることでしょう。
PassivDomの住宅の一番の特徴は、外部の電線や配管システムへ接続しなくてもいい自給自足型の家屋である点です。屋根には太陽光発電パネルが据え付けられ、内蔵バッテリーで蓄電も可能なほか、空気中の水分を収集するフィルターから生活・飲料水を賄うことができ、自前の下水処理システムまで組み込まれているという優れもの。もちろん普通の住宅のように外部の電線や水道へつなぐことも可能です。
民間だけでなく、公共セクターによる活用も進んできています。
2016年、シンガポールが3Dプリントで作った家を公営住宅として使おうと検討していることが報じられました。人口の約8割が公営住宅に住んでいるという現地の住宅事情を考えると、シンガポールにとってはかなり重要な公益事業に新技術を導入していることになります。
2016年から実証研究が始まり、最初のテストベッドが完成するのは2019年を目処にしています。
建築以外にもシンガポールは3Dプリント産業に注力しています。政府や産業界から10億ドルを拠出して設立されたシンガポール3Dプリントセンターでは建築だけでなく、兵器の予備部品製造や医薬品、動物用の人工骨などを3Dプリントで作成する研究が進められています。今後十数年のうちには、人工臓器の3Dプリントが実現するかもしれないという見通しもあります。
シンガポールの実証研究完了に先んじて、2018年4月、フランスで公営住宅として使われる建物が3Dプリントで建築中であると報じられました。ナント大学主導で建築されるこの建物は6月に完成の見通しで、特殊なポリマー素材を活用した建物は100年もつとされています。
3Dプリント建築が注目される理由
3Dプリント建築の売りは、住宅を安価かつ短期間で建てられるという点です。今後住宅を購入しようという人には十分な魅力になりうる点ですが、注目されている理由はそれだけではありません。
3Dプリント建築は、非常に大きな社会的課題を解決する可能性を秘めているのです。
途上国やスラムへの住宅供給
そのうち1つは、途上国やスラムへの住宅供給です。
現在世界中でスラムに住んでいる人口は8億人を超え、国連の試算では2030年までに世界中で約30億人が住宅を必要とするようになると推定されています。都市部の安全性を保ち、周辺地域の経済発展を促して不均衡をなくすためにスラムの環境改善は重要なのです。
そのため従来の建築手法よりもコストが低く、建築期間も短縮できる3Dプリント建築が注目を集めているのです。
アメリカの3Dプリント建築会社ICONは、ハイチやボリビアなどで住宅問題解決に取り組むNPO法人「New Story」と協力し、それらの国での住宅建設を始めています。3Dプリンターの導入により、従来の方法と比較して建築コストを半分以上削減するという成果を上げていることを見るに、今後ますます重要な役割を果たしていくことが予想されます。
宇宙開発
また、3Dプリント建築は宇宙開発への活用も期待されています。他の惑星に入植する際、資材を現地調達して拠点となる建築物を建てることができれば、ロケットのペイロードの節約になります。データと3Dプリンターがあれば複数の建物を建てられる3Dプリント建築はその目的にはうってつけです。
コンクリート混合材を使わず、自然に存在する土や泥を使って建物を建てる研究は現在MITで進められています。2015年にはNASAが火星探索のために現地で使うための3Dプリント住宅のデザインを募るコンテストも開かれています。
このとき賞を取ったのは、なんと氷を素材とする家屋。火星には膨大な量の氷が存在するので、現地に豊富に存在する素材を使える点がポイントになりました。
貧困地域の住宅事情改善という差し迫った課題から、宇宙開発への応用まで幅広い領域での活躍が期待される3Dプリント建築技術。今すぐに目立った成果を上げることができ、長期的な視点でも大いに活用が見込めるという、まことに希有な技術と言えるでしょう。