金融商品取引法違反の疑いで逮捕されたカルロス・ゴーン容疑者に関する報道で、フランスのメディアは日本での拘置所の環境を「地獄のようだ」と批判しました。それに伴い、日本の拘置所の状況は世界的に見て悪いものなのでは?と話題になりました。
ところが、このときイメージされた狭い拘置所に押し込められる容疑者という構図は、何も日本に限ったことではありません。世界的に見ても刑務所や拘置所の人口過密は大問題になっており、対策を立てていこうという動きが加速しています。
この記事では、世界の刑務所を取り巻く人口過密の状況とそれに至った要因、そして現在有望視されている対策について見ていきます。
刑務所のキャパシティオーバー
冒頭でも述べたように、世界各地で刑務所の人口過密が問題になっています。
2000年以降世界的に見て刑務所の収容者数は増加の一途を辿っており、現在、公式発表されている刑務所のキャパシティよりも実際の収容人数が上回っている国は少なくとも120か国に上っています。
例を挙げるとインドネシアでは収容率が200%、つまりキャパシティの2倍の人数を実際に収容しているという状況です。フィリピンに至っては約460%と、実にキャパシティの4倍超。
これらは極端な例ですが、先進国にとっても他人事ではありません。フランス、イタリア、台湾などでも収容率は110%台に上っており、対応が急がれている状況です。
どうしてこのような状況になったのでしょう?すぐに思いつくのは犯罪の増加です。しかし実情はもう少し複雑で、主にふたつの世界的な動きが関連しています。
死刑廃止の広まり
ひとつは死刑廃止のトレンドです。
この20年ほどで世界の死刑廃止国は40%もの増加を見せ、一方で死刑執行国と死刑執行件数は減少の一途を辿っています。
2017時点での死刑全廃止国は106か国、法律上または事実上廃止した国は合計すると142か国に上っており、今後も死刑廃止の運動は広まっていくことが予想されています。
死刑廃止国では、犯罪者に下される最大の刑罰は無期刑となります。Global Prison Trend2018によると、この数十年の間に無期刑が下される件数は増加しているとのこと。同調査では、世界全体で無期刑に服している人数をおよそ50万人と推定しています。
無期刑とは、刑期が一生涯に渡る刑のこと。日本では仮釈放が認められていますが、国によっては社会復帰の可能性が完全にない無期刑を採用している場合もあります。
最近では、刑期が超長期間に及ぶ無期刑が増加していることが刑務所の人口過密の原因になっていることが指摘されています。
ケニアの例を見てみましょう。刑務所の収容率が200%上るケニアは再審なしの無期刑を減らし、釈放される可能性のある無期限刑の宣告を奨励するようになりました。刑期が長くなる無期刑の人間が釈放されれば、それだけ刑務所のキャパシティに余裕ができます。
加えてナミビアでも2018年初頭、囚人の一生よりも刑期が長くなる超長期の懲役刑は違憲であると判決が下っています。
こうした背景には、終身刑に服している人の刑務所における環境悪化のような人道的な面も絡んでいますが、刑務所のリソース圧迫という無視できない課題が表面化しつつあることを物語っています。
麻薬の取り締まり強化
もうひとつの動きは、世界的な麻薬の取り締まり強化です。
過去には取り締まり強化の一環として麻薬関連の犯罪の厳罰化が行われましたが、現在ではそれが刑務所の人口過密につながるとして見直しが迫られています。
特に注目されているのは、麻薬関連の軽犯罪への対処。実は、ドラッグ関連の犯罪で収監された人の多くは軽犯罪なのです。国連のデータによれば83%が単なる違法所持なのだとか。
ここにもリソースの問題が関わってきます。
麻薬犯罪への対処は、麻薬生産や流通の上層に関わってくる人間を逮捕・収監しなければ決定打にはなりません。ところが全体を見れば単純所持などの軽犯罪者の方が必然的に数が多くなるため、そこに刑務所のリソースを割きすぎてしまえば、より重要な犯罪者に割くべきリソースがなくなってしまいます。
そこで現在では、フランスやカナダなどを含めた複数の国で、ドラッグ関連の軽犯罪に対する罰則の軽減が進められています。
タイやミャンマーではそれぞれ刑務所の収容者数の48%と73%がドラッグ関連の犯罪者で占められています。こうした国々にとって、ドラッグ関連の軽犯罪の扱いを変えることは、刑事司法システム全体に関わる重要な改革となるでしょう。
広まりつつある対応
刑務所の人口過密へはさまざまな対策が議論されています。その中で懲役刑に代わる措置、そして司法の新しい考え方である修復的司法というシステムが注目されています。
懲役刑に代わる措置
懲役刑に代わる措置とは書いて字の如く、懲役刑以外の罰則を言い渡すこと。もっぱら軽犯罪について下されるもので、その内容は保護観察や罰金、地域奉仕などです。
例えばルワンダやモロッコ、アイルランドなどの国では、懲役刑に代わる措置の適用範囲を広げる動きが見られています。
特にアイルランドは2017年に刑務所に収監された人数が40%下がったという報告がなされていますが、その要因には罰金の不払いに対して懲役刑以外の措置を取ることを決定したということがあります。
このように刑務所の人口過密問題への対策となりうるだけでなく、再犯率の低下にも貢献している可能性が指摘されています。
例えば北アイルランドでは、後述する修復的司法と地域奉仕を組み合わせた社会実験が有効な成果を上げました。なんと期間中に社会奉仕命令に従って完了した人は再犯率が40%下がったというのです。
他にもオーストラリアでの調査では、2年以下の懲役刑に服した人と懲役刑以外の措置を受けた人とでは、後者の再犯率が31~11%下がったという結果が出ています。
文化や慣習などが異なる地域でも通用するかどうかはまだまだ議論の余地がありますが、かなり有望なデータだといえるでしょう。
修復的司法
懲役刑の実施を抑えるという世界の流れの中で、修復的司法というシステムが注目を集めています。
これは、被害者と加害者の直接的な話し合いを軸に据えた比較的新しい司法の考え方。
犯罪を単なる法律違反ととらえるのではなく、他者そのもの、あるいは自他との関係性を侵害するものだととらえるのが修復的司法の発想の出発点となります。
話し合いを通じて被害者は自分のニーズを表明し、一方で加害者はそれに応えて責任を自覚し、地域社会の関与も交えた上で犯罪によって生じた被害を積極的な姿勢で回復していく。ここで両者が和解に至り、金銭での賠償や奉仕活動といった形での償いが成立したならば、司法機関や刑務所が関与せずとも事件は解決をみるというわけです。
修復的司法は新しい考え方で、世界的な周知はまだ進んでいないのが現状です。
ただ、先述のアイルランドでの社会実験に見られるように、積極的に導入しようという動きが出てきているのも確かなこと。従来型の司法システムを補うような運用がなされれば、司法システムの負担軽減と刑務所の人口過密問題の解決に効果を発揮することが期待されています。
まとめ
このように刑務所のキャパシティオーバーという問題をきっかけとして、従来の刑事司法システム全体を見直そうという議論が世界的に広がっています。
これは単に刑務所を変えるだけにとどまりません。この記事で見てきたように、刑罰の適用方針や司法そのものについての考え方まで変えていかなければならない包括的な課題なのです。