麻薬戦争という言葉に象徴されるように、この数十年の間でドラッグの生産・流通は厳しい規制と罰則が敷かれてきました。
その一方で、マリファナに関しては規制緩和の動きが少しずつ見え始めています。2018年10月には、カナダで娯楽用マリファナが合法化。全国規模での合法化は、ウルグアイに続いて世界で2番目です。これは昨年センセーショナルなニュースとして世界を駆け巡りました。
一方で、マリファナとはコインの裏表とでも言うべきものもまた、世界経済の中で存在感を強めています。それこそが、同じアサ科の植物から作られるヘンプという農産物。今回の記事では、ヘンプとは何か、そして産業界と経済界におけるヘンプの立ち位置について見ていきます。
ヘンプとマリファナの違い
ヘンプとマリファナは、いずれも同じアサ科の植物から作られます。両者を分けるものは、テトラヒドロカンナビオール(THC)という物質の量。
THCとはマリファナの有効成分で、いわゆる「ハイになる」作用をもつ物質のこと。通常マリファナには10~15%ほどのTHCが含まれています。ヘンプのTHC量はそれよりはるかに低いものです。
例えばEUでは、THC含有量が0.2%以下でなければヘンプとは認められません。EUの基準は世界的に見ても厳しいものですが、その他の国での一般的な基準では0.3%前後、昨年基準を緩和した西オーストラリアでさえ、含有量の基準は1%という低いものです。
ヘンプ栽培を許可している国はヨーロッパ、アジア、北米の約30カ国で、その用途は繊維や食品だけでなく、建築材料や自動車部品など多岐にわたります。
ヘンプの活用事例
食品・ヘルスケア
食品・ヘルスケア市場は、ヘンプ需要が一番多い市場です。
種は食用として用いられ、生食、挽いて粉にする、あるいはヘンプミルクという飲料に加工して食卓に並べられます。食物繊維やビタミンB、マグネ有無、亜鉛、鉄分などが含まれる栄養豊富な食品。
注目すべきはタンパク質含有量で、100gの種子で1日の必要量の64%が摂取できるほどです。
種から取れるヘンプオイルは不飽和脂肪酸の含有量が高く、食用のほかに美容製品の原料にも使われるすぐれものです。
建材
ヘンプは植物なので布にできるのは当たり前。ただし現代では、ヘンプを使ったコンクリートまで作られています。
ヘンプを材料に使った建材はその名もヘンプクリート。
麻屑とセメントを混ぜて作られるヘンプクリートは、普通のコンクリートに比べて取り扱いが容易で、断熱効果や吸湿効果があるなどの利点があります。
(画像出典:ISOHEMP)
強度は通常のコンクリートに劣りますが、環境にやさしい建材という点が注目を集めています。ヘンプは栽培途中で光合成を行います。そこでCO2を吸収して酸素を放出するため、製造のライフサイクル全体を見れば温室効果削減効果が期待できるのです。
プラスチック
石油化学製品の代表格として日常生活に欠かせないプラスチック。ところが近年ではプラスチックが大規模な海洋汚染につながっているというデータが集まってきており、環境への懸念が深刻化しています。
そうした中で、コカ・コーラが100%植物由来のペットボトルの実験を行うなど、植物由来の素材を使った生分解性プラスチックに移りゆく動きが見られ始めています。
植物性プラスチックは、植物に含まれるセルロースを原料として作られます。ヘンプはセルロース含有量が65~70%と比較的高い(木は40%、コットンが90%)植物で、現在では従来のプラスチック材とヘンプ繊維を混合したプラスチックが自動車や船、楽器などに使われています。
世界のヘンプ市場の規模
このようにヘンプは多様な産業で活用されているものですが、その市場はどんな様子なのでしょう?
ヘンプの材料となる麻はマリファナの原料にもなりうるものなので、産業用であっても国が生産者にライセンスを付与した上で生産しなければなりません。農地や流通・加工用のインフラ整備に加えて、政府が法規制までも行わなければならない関係上、ヘンプの生産国は一部に偏っています。
その内訳はヨーロッパ、アジア、北米、南米を含む30カ国。そのうち最大手の生産国はカナダと中国だと言われています。
世界的な作付面積はカナダを覗いて19万2000エーカー、カナダ一国の作付面積は14万エーカーという報告があります。
市場とこれからの展望
調査では、2017年時点でのヘンプ市場規模は39億ドルと見込まれています。
市場は今後ヘルスケアや食品の需要が後押しすることで成長が期待されており、2025年には106億ドルに達すると見込まれています。
こうした動きを裏付けるようにアメリカではつい昨年、長らく国内生産が禁止されていたヘンプの生産解禁が行われました。アメリカではTHC含有量によるマリファナとヘンプの区別を設けていなかったため、実に50年の長きに渡って国内でのヘンプ栽培が禁じられていました。需要はすべて輸入で満たしている状態だったのです。
2018年12月20日の法案に大統領が署名したことにより、THC含有量0.3%以下のヘンプ栽培がアメリカで解禁となりました。これはアメリカ国内の農家にとって大きな成長の機会であり、ヘンプ産業におけるアメリカの立ち位置も大きく変わることが予想されます。
まとめ
このようにヘンプは農産物でありながら、食品や繊維の枠を超え、建材やプラスチック素材などの先端工学にまで食い込んでいる素材です。社会的なマリファナへの認識が少しずつ変わりつつある現在、ヘンプへの注目も高まっています。
マリファナが娯楽のメインストリームとなる未来はきっと来ないでしょう。しかしヘンプが各産業で強い存在感を発揮するであろうことは想像に難いものではありません。