アメリカの航空会社は近年、預ける荷物やソフトドリンク、また持ち込み手荷物の有料化やCAへのチップ支払いなど、サービスの料金体系を少しずつ変化させています。
LCCの台頭にパイロット不足なども重なり、航空業界のサービスは今大きなターニングポイントを迎えつつあります。そして、サービス面だけでなく、航空業界ではひとつの大きな流れとして、飛行機の機体そのものの変革も進んできています。
この記事では、新世代の飛行機の方向性と、それを支える重要なテクノロジーについて解説します。
電動化される飛行機
今現在の大きな流れは、飛行機の電動化です。
それを推し進めている原動力は環境問題。飛行機の構造は、化石燃料を燃やしてエンジンを回転させるという形からほとんど変化はありません。しかし環境問題への懸念が高まるにつれ、飛行機からの温室効果ガス排出が大きな問題とみなされるようになってきました。
世界全体を見れば、航空業界の温室効果ガス排出は全体の2%を占めると言われています。これは実に、ドイツ一国分の排出量とほぼ同じ。現代社会と経済システムの中では、人やモノの移動に飛行機は欠かせません。飛行機そのものをなくせない以上、排出量削減は航空業界だけでなく社会全体の重要な問題となっているのです。
電動飛行機の現状
では、電動飛行機の開発と実用化はどれほど進んでいるのでしょうか?
実は現時点で研究は意外に進んでいます。とりわけ1~2人乗り飛行機については、すでにかなりの成果が上がっているのです。
航空機メーカー大手のボーイングやエアバスは、すでに数人乗り程度の電動小型飛行機の実験を行っています。
特にエアバスは2015年、完全な電動小型飛行機で英仏海峡の横断に成功しています。
このほかに注目すべき事例はソーラーインパルス2のプロジェクトでしょう。電動飛行機は通常バッテリーで動作するものですが、これはソーラーセルで動作する機体。広い面積の翼いっぱいにソーラーセルを設置し、北半球を回っての世界一周飛行に成功しています。
(出典:Wikipedia)
このように1~2人乗りの小型機については、各所でさまざまな試みが成果を上げています。
ただしこれが数十人、数百人乗りの旅客機になると話は変わります。
例えば先述のE-Fanプロジェクトは現在、ガスタービンと電動モーターを組み合わせたハイブリッド飛行機の開発を目指す「E-Fan Xプロジェクト」に取って代わられています。
同様に、航空機ベンチャーのズーナム・エアロも、12人乗りのハイブリッド電気飛行機を開発しています。現在では2022年発売を目処に計画を進めていますが、そこが最終目的地ではありません。
電動モーターを備えたハイブリッド飛行機は、ゆくゆく登場する完全な電機飛行機へのアップグレードが簡単に行えます。つまり、あくまでゴールは完全な電気飛行機と定めた上で、その足がかりとして技術的・商業的に実現可能なハイブリッド飛行機市場を整備しよう、という計画なのです。
大型電動飛行機の壁
12人の乗りの小型機に対してこのようなステップを踏むこと自体、大型の旅客用電気飛行機の開発をすぐに行うのは難しい状態であることの表れです。では、大型の電気飛行機の実用化を阻んでいるのは何なのでしょうか?
大型電動飛行機の実用化に立ちはだかる壁、それはバッテリーの性能です。
バッテリーは現在、電気自動車での活用に向けての高性能化が盛んに研究されている最中にあります。現状でもある程度飛行機に使えるほどの性能は確保できていますが、まだまだ課題は残っています。そのひとつは、大出力の確保です。
電動飛行機は離陸時に大きな出力を確保する必要がありますが、現行のバッテリーでは必要な出力を出そうとすると発熱量も大きくなり、バッテリー寿命を大きく縮めてしまいます。現在ではこれに対処するため、電流、つまりケーブルを流れる電子の動きをスムーズにすることで効率よく放電し、発熱を抑えるという技術が研究されています。
もうひとつの課題は、電池の軽量化です。
実は電池は重いのです。鉛蓄電池と比べても軽いリチウムイオン電池でも、同じだけのエネルギーを確保しようと思えばガソリンの30倍の重量になってしまいます。
自動車以上に重量に気を遣う飛行機で、これは無視できないポイントです。これをクリアするためには、電池の素材自体を変える必要があります。
リチウムイオンに代わる電池たち
こちらの記事に詳しく書かれていますが、リチウムイオン電池のような充電池の基本的な構成要素は陽極と陰極、そして電解液です。
(出典:電池の情報サイト)
容量を落とさずに軽量化や小型化を目指す場合、これらに使われる素材を変えるしかありません。
現在主流となっているのはリチウムイオン電池ですが、さらなる高性能化を目指して新しい素材を使った電池はこれまでにいくつも提案されています。
ここではそのうち、ポストリチウムイオンと目される電池の一部を紹介していきます。
リチウム・硫黄電池
負極素材にリチウム、正極素材に硫黄を使ったものがリチウム・硫黄電池です。
素材となる硫黄が入手しやすいためコストを下げられること、そして通常のリチウムイオン電池に比べて重量あたりの容量が大きいため、大容量かつ軽量の電池を作れる点が利点です。
デメリットは電池のサイズが大きくなりがちなこと。軽くはできても小型化はしにくいため、スマホなどのデバイスには使いづらく、飛行機や発電施設での活用が期待されています。
リチウム・空気電池
空気から得られる酸素を正極に、リチウムを負極に使ったリチウム・空気電池の一番の利点は、重量あたりのエネルギー量の高さ。
これは比エネルギーという単位で表されますが、リチウム・空気電池は従来のリチウムイオン電池と比べて5倍も高いのです。ということは、同じだけの重量で5倍の容量を確保できるということ。
実現すればバッテリーの大幅な軽量化につながる画期的なものですが、残念ながらまだ実用化はされていません。
理論通りの性能を発揮するにはまだまだ研究開発が必要なので、今後の進展が大いに期待されています。
ナトリウムイオン電池
ナトリウムイオン電池は、リチウムイオンの代わりにナトリウムを使った電池です。
ナトリウムはリチウムよりも豊富に採取できる素材。素材が確保しやすい分がコストダウンにつながる他、放電時に熱を発しにくい点や、今あるリチウムイオン電池の生産設備を転用しやすいため、市場投入へのハードルが低い点も特徴です。
ただし電池としての性能そのものはけして高くはありません。
リチウムイオン電池と同等の容量を確保しようと思えばサイズが大きくなってしまう上、バッテリーの電圧が低く、寿命が短いという欠点があります。
性能ではなく、生産のしやすさでリチウムイオン電池を上回るナトリウムイオン電池。単純にリチウムイオン電池を置き換えて主流になるのではなく、その声質がうまく噛み合うニッチが見つかれば普及するかもしれません。
まとめ
テクノロジーとは、さまざまな分野が密接に絡み合ってできるもの。電動飛行機もまた、土台となる電池の技術が進んではじめて進歩を見るものです。
現在活発なのは、エンジンとバッテリーを併用するハイブリッド飛行機の実用化。しかしその最終的な狙いは、電動飛行機実用化への下地のひとつを整えるというものです。
そして、バッテリーの研究開発が活発に進んでいるのもまた事実。大型電動飛行機の実用化は、それほど遠い未来の話ではなさそうです。