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空気中の二酸化炭素を回収し、石油の代わりに地中に埋めて温暖化を防ぐ

2019年夏、欧州は異常な熱波に襲われました。気候変動に対処するための国際的な緊急対応チームであるワールド・ウェザー・アトリビューション(WWA)が発表した研究では、2019年7月の欧州の熱波は高い確率で気候変動が原因であると結論づけられています。

こうした状況を背景に、各国の研究者は、CO2排出量削減などの取り組みを一層強化する必要性を訴えています。

そのための技術開発と展開もさまざまに進められています。2019年3月にはDirect Air Capture(DAC)という技術を開発するカナダのベンチャー企業が75億円を調達し、本格的な商業展開のフェーズに入りました。DACは排出量抑制につながると期待される新興技術のひとつ。本記事ではその概略、そして商業展開を進める各企業の取り組みについて紹介していきます。

DACの基本原理

DACとは、CO2を大気中から直接抜き取るための技術です。

空気中にはCO2以外にも酸素や窒素など、多様な気体が含まれています。気体同士を分離して抜き取るというのは、一体どうすればできるのでしょうか。

実はDACの原理自体はごくシンプルなもの。大まかに言えば外の空気を扇風機で吸い上げ、二酸化炭素だけを吸着する薬剤を含ませたフィルターでこしとるのです。

フィルターを通った後の空気はCO2が取り除かれた状態なので、あとは外に戻せばOK。フィルターで吸着したCO2はその後、大気中に流れ出ないよう閉鎖された場所でフィルターから離され貯蔵されます。

大気中のCO2濃度を直接減らすことができる技術は他にもありますが、水の使用量や必要な土地の広さなど、他のものに比べて優位に立てる点があると期待されています。

コスト面での進歩の歴史

DACの研究自体はすでに10年以上続けられていますが、大規模な商用展開の目処が立ったのはようやく最近の話。

商用化を阻んできた大きな壁は高いコストでした。

DACのコストについては、2011年にアメリカ物理学会が発表した論文が知られています。それによると、DACを使ってCO2を1トン回収するのにかかる費用はおよそ600ドルと算出されました。

これがどれほど高いのでしょう?

他の回収方法と比べてみましょう。

バイオマス発電の過程でCO2を回収するBECCSという手法があります。

バイオマスとは森の間伐材や家畜の排泄物など、生物・植物から得られる資源のこと。植物のバイオマスを使う場合はまず草木を育てますが、育てる過程で大気中のCO2は吸収されるので、それを燃焼させてもCO2排出量は差し引きゼロになります。

BECCSはそこに、CO2の地中貯留のステップを加えることで、差し引きマイナスにするという技術です。

BECCSのコストはCO2を1トン回収するごとに60~250ドルというもの。

また、ケイ素石を砕いてばらまくEnhanced Weatheringという手法も知られており、こちらの場合は1トンあたり50~200ドルほど。

これらと比べるとコストが2~3倍にも上るという事実は、DACの利点を差し引いて余りあるものでした。

ところが、2018年に発表された論文で、回収コストを1トン当たり100~250ドル程度に抑えられる方法が提案されました。これなら他の方法と比べても採算が合う、ということで、かねてから研究を進めていた複数のベンチャー企業が商業展開に向けてどんどん歩みを進めています。

各企業の取り組み

現在では、欧米の複数のベンチャー企業がDACの商業展開に取り組んでいます。

Climeworks

そのうちの代表例のひとつは、スイス発のベンチャー企業Climeworks。
ここが開発しているのは少し特殊な、モジュール式のCO2吸着用フィルターです。

原理はファンで空気を吸入し、内部にあるフィルターにCO2を吸着して保存するという基本的なもの。吸着した後フィルターを熱すると吸着したCO2が解放されるので、それを回収して処理すれば大気中からCO2を分離できます。

特筆すべき点は、小型のフィルターを組み合わせるモジュール式である点。

少数から設置でき、さらに積み重ねて配置することもできるので、広い土地が必ずしも必要ではないのです。建物の屋根に配置することもできるので、ごみ焼却場の施設屋上に設置するといった柔軟な活用ができるのが強みです。

Carbon Engineering

Carbon Engineeringは2009年創業のカナダ発ベンチャー企業。

先述の論文で発表された低コストDACのシステムは、実はここが採用しているもの。一番の課題である高コストを解消した画期的なシステムが強みであるほか、ある業界と協力関係を結ぶことでCO2回収技術の価値をさらに高めています。

その業界とはなんと石油業界。

実は石油会社のOccidental PetroleumがCarbon Engineeringと提携し、DACプラントの建設に協力しているのです。

どうして石油会社が関わるのか?そこには、CO2を使った石油採掘の手法が背景にあります。

原油増進回収法

石油は地中深くから油井で採掘されるものです。

石油がたくさんある新しい油田では、何もしなくても石油が噴き出してきます。これは油田内部の圧力が地上の気圧よりもかなり大きいため。

ちょうど空気を詰めた風船から勢いよく空気が出てくるようなものですが、これだけで採掘できる石油の量はごくわずか。油田内の石油の量が減ってくると圧力も減り、勢いは弱まってきます。

その段階になると、今度はポンプで石油を吸い上げます

ただ、ポンプを使っても回収できる量は全体のわずか10~25%ほど。これ以上汲み上げるためには、水や天然ガスを入れて油田内部の圧力を高める必要がありますが、そこまでやってもせいぜい全体の50%を回収できるに過ぎません。しかもこの段階になると、採取しやすい液状の石油は取り尽くされており、砂や砂利が混ざって汲み上げにくいドロドロとした粘度の高い石油が残されます。

そこで登場するのが原油増進回収法という手法。

これは残された石油に直接天然ガスや二酸化炭素を送り込み油田内の圧力を高めつつ、粘度の高い石油にガスを混ぜ込むことで流動性を与え、採掘量を高めるための方法です。液体にガスを入れても普通はブクブクと泡が出てくるだけですが、特殊な方法でガスを入れると液体もガスに混ざって動き始めるのです。

そうして石油を回収し、油田の中にはガスだけが残されます。そのガスにCO2を使えば、油田内に送り込んだCO2は地下に封じられたままになります。Occidental PetroleumはDACで回収したCO2を原油採掘に活用することで、石油会社でありながらカーボンニュートラルの企業になるという野心的な目標を掲げているのです。

まとめ

石油業界という意外なステークホルダーをも巻き込んで展開する商用DACの世界。

単なる環境対策テクノロジーとしてだけではなく、CO2を何らかの形で活用する新たな産業を創出する可能性も秘めていることから、多大な注目を集めています。

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