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様々な透明化技術の登場、透明マントはどこまできたか?

2019年10月、カナダの企業Hyperstealthが、透明マントの特許出願を発表。

透明マントとは言葉のあやですが、公表された映像は目を疑うようなもの。この「透明マント」は薄いシートを通すことで、電力を使うことなく後ろにある物体を見えなくしてしまうのです。

Hyperstealthは2010年からこの研究を続けており、それがようやく実を結んだ形です。

透明マントのように姿を消すことは、昔から人類の夢のひとつでした。それでも、科学的にそれを実現しようというアプローチが始まったのは、ようやく2000年代に入ってから

この記事では「透明マント」をはじめとする光学迷彩技術研究の歴史を辿り、最新の理論の解説をしていきます。

2023年7月25日加筆

メタマテリアル研究

2000年に入ってから、科学の力で「透明マント」を実現しようという機運が高まりました。

その火付け役となったのがメタマテリアルというものの研究です。

メタマテリアルとは、光の屈折のしかたを自然にある物体よりも自由に操作できる物質のことです。

光の屈折がどう透明マントにつながるのでしょうか。

ガラスの向こうの風景が歪んで見えるのは、ガラスを通る光の進路が曲がるから。物体を光が通る時、光の進路がどう曲がるかは物体の屈折率に左右されます

メタマテリアルは自然界にある物体にはありえない屈折率の値を持たせることができる物質。つまり、普通ではありえないような光の進み方を実現できるのです。

画像出典

メタマテリアルでできることは上の図に集約されています。メタマテリアルでくるんだ物質をそれるような光の経路を実現できれば、その物体は透明になるという理屈。

冒頭で紹介したHyperstealthの技術もこの原理を応用したものなのです。

このような性質をもつメタマテリアルが実現したことで、2000年代以降光学迷彩の研究が盛んに行われるようになりました。

映像投影型光学迷彩

メタマテリアルを使わない方式の光学迷彩としては、物体の表面に映像を投影するという方式があります。

古くは1977年、東京大学の舘暲(たち すすむ)教授が、再帰性投影技術の応用法のひとつとして提示したもの。

これは背景の映像をカメラで取得し、それを物体の表面に投影することで背景に溶け込ませるというもので、今で言うプロジェクションマッピングに近いものがあります。

ただしこれは、メタマテリアルよりも大掛かりな機器になりがちです。リアルタイムで背景の情報を取得するセンサーが必要になり、それを動かすための電力供給が必ず必要になるからです。

これを応用した事例は、LEDシートを使った2012年のメルセデスベンツのデモンストレーションや

2018年にロシア軍が開発したと報じられた、背景の色に変化して紛れる歩兵用装備があります。

変わり種として、目に見える光ではなく赤外線探知を欺くためのデバイスがあります。

これは表面の温度を即座に変えられるパネルを作り、それを戦車の装甲に敷き詰めるというもの。センサーで周囲の温度情報を取得し、パネルをそれと同じ温度に保つことで赤外線センサーに引っかからないようにするのです。

しかし、これらの技術も完璧ではありません

光学迷彩の欠点

メタマテリアルの避けられない欠点として、光の位相差の発生があります。

位相とは、いわば光の「遅れ」のこと。

光源から同じ距離にある壁にライトを照らしたと想像してください。その中間地点にメタマテリアルでできた「透明マント」を置いたとします。

マントを通る光は、いわば障害物を避けて迂回するように屈折します。そこを通った光はそうでない光に比べ、迂回した分壁に到着するのが遅れてしまいます。位相差とは、いわばこのタイミングのずれ

位相差があれば普通の目で見ても違和感が生じる場合がありますし、それを検出するセンサーを通せばどこに隠れているかがわかってしまいます

音でイメージすると少し分かりやすいかもしれません。聞こえる音は同じでも、それが少しだけズレていると違和感を感じます。人間が聞いて違和感がなくとも、機械を使えば一目瞭然というわけです。

これでは完璧な透明マントなど実現できない、そう考えた研究者は、新たにSpectral Cloakingという手法を提唱し始めました。

Spectral Cloakingの考え方

ものが見えるのは、物体に反射あるいは透過した光が目に入るから。

物体に光が当たると、特定の波長の光が吸収されます。ものを照らす光と、ものに吸収されずに残った光は波長のパターンが異なり、人間はそれを色の違いとして認識します。

それなら、隠したいものが吸収する波長の光がなければ周囲との色の違いはなくなって見えなくなる、というのがSpectral Cloakingの発想です。

Spectral Cloakingの仕組みを図で表すとこうなります。

(出典:Photonics Media

左奥から照らされた白い光は緑色のブロックに当たり、一部の波長帯が吸収されます。残った緑色の光を捉えたセンサーは、光の色を緑色と判定しています。

下側の図がSpectral Cloakingを使ったもの。光源とセンサーの間にあるのは、光の波長を操作するためのデバイスです。

まず左側のデバイスで入射してくる光の波長を操作し、白い光の中から緑色のブロックに吸収される波長帯の光を取り除きます

すると光はブロックになんの作用もせず、ガラスを通り抜けるように素通りしてしまいます。素通りした光は反対側のデバイスへ。これは最初のデバイスと反対の操作、つまり光をもとに戻す操作を行います。

ここから出た光は最初の白い光と全く同じ。あたかも間にある緑色のブロックを素通りしたかのように、センサーは光の色を白と判定しています。

この技術は開発されて以来研究が進められ、2020年代に入ってからは、意外なものを隠すために応用しようという企業が現れました。それは光ファイバーで送信される情報です。

光ファイバーは透明な細い線の中に光を通すことで情報を送信します。その性質上、特殊な機器を使うことで外からその光を読み取り情報を盗み出すことができるといわれています。

現に2013年時点で、海底光ファイバーケーブルから米英の諜報機関が情報を盗み出しているという報告が上がっています。このほか2017年の報告書でも、海底光ケーブルからの情報取得あるいはケーブル自体の破壊を行える潜水艇をロシアが運用していることが示唆されています。

Spectral Cloakingの技術を使えば、特定の色の光を隠すようなことが可能です。光ファイバー内を通る光を外から見えないように隠すことができれば、セキュリティ性を高められるというわけなのです。

まとめ

古くからファンタジーやSFの題材となっていた透明マント。しかしその科学的アプローチは、ごく最近ようやく始まったばかりなのです。

メタマテリアル研究からSpectral Cloakingへ、まだまだ発展の可能性を秘めた興味深い分野ですね。

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