飛行機と鳥が衝突する事故は「バードストライク」と呼ばれ、日本だけでも2018年に1400件ほど起きています。
世界的に見れば、2008年から2015年の間に10万件近い事例が報告されており、2011年から2016年までの6年間でバードストライクが引き金となった事故が17件起きています。映画『ハドソン川の奇跡』の題材になったUSエアウェイズ1549便の事故もそのひとつ。
一歩間違えれば重大事故につながるバードストライクへの対策はあるのでしょうか?この記事では、アメリカ海軍で実際に使われているマニュアルを参考に、具体的な対策について紹介していきます。
米海軍のBASHマニュアル
本記事では、Bird/Wildlife Aircraft Strike Hazard(BASH、鳥獣による航空機への衝突災害)予防のためアメリカ海軍で使われているマニュアルを参考に様々な対策を紹介していきます、
マニュアルには、バードストライクについてどうとらえるべきか、事故発生時の報告のような対応指針が記載されています。ここから実際に記載のある対応策を見ていきましょう。
BASHマニュアルの対策は、主にアクティブコントロールとパッシブコントロールの2種類に大別されています。
アクティブコントロール
このうちアクティブコントロールは、直接鳥を追い払うために使われる手法を指します。
音を使うもの
このうち筆頭に来るのは、音を使って追い払う手法。有効な策として以下が挙げられています。
パイロテクニクス
パイロテクニクスとは、シンプルに言えば花火やそれを扱う技術のこと。マニュアルでは花火を打ち出す拳銃型のランチャーについて解説されています。
録音した鳥の声
録音した鳥の声を使って鳥を追い払う、あるいは望みの場所に群れを誘導するため使われます。ただし何度もやっていると、鳥の方が慣れてきて効果が薄くなるもの。そこで鳥の声を流すと同時に何羽か狩る、あるいは空砲を撃つなどして脅しをかけることが推奨されています。
たとえばマニュアルには一部の海鳥について、助けを求める時に出す声を録音して流し、1ヶ所に集めたところで空砲を撃つ、あるいは実際に撃ち落とす方法が有効だと記載されています。
プロパンガスキャノン
これはプロパンガスを燃やして大きな音を出す大砲型のデバイス。鳥が餌を採る日中に使うと効果的ですが、こまめなメンテナンスが必要となるほか、同じ所にずっと置いておくと動物が巣を作る可能性もあるので、ちょくちょく場所を移すことも必要になってきます。
動物や動くものを使う手法
鷹狩り
古風な手法に見えますが、鷹を訓練して鳥を追い払う方法は実際にマニュアルに記載されています。
ただし有効なのは、空港周辺の鳥が鷹を恐れる場合にのみ。周辺環境の分析が非常に重要です。鷹を扱う人員の確保や高額の費用が必要となり、さらに鷹狩りに使う鷹自体がバードストライクの原因になりうるなどの理由で、実行の際は入念に検討する必要があるとか。
犬
鷹のほかには訓練した犬が活用されることもあります。
マニュアルでは特に、カナダガンよけにボーダーコリーの飼育が推奨されています。
訓練するための人員が必要で、かつ費用も高額な点は鷹狩りと同じ。しかし銃で鳥を撃ち落とした後の死骸の回収に使えるなど、鷹にはない利点も。鳥の死骸の回収は死肉を漁る動物が集まるのを防ぐのです。
自律ドローン
まだ実用されてはいないものの、自動ドローンを使ったアクティブコントロールの研究も進んでいます。
カリフォルニア工科大学が開発した自動ドローンは牧羊犬を参考にアルゴリズムが組まれており、群れで飛ぶ鳥を効率的に誘導します。試験では1台のドローンで数十羽の群れを誘導できることが示されているとか。
パッシブコントロール
アクティブコントロールは必ずしも根本的解決にはなりません。長期的な効果を上げるためには、そもそも近くに鳥が寄りつかないようにする必要があります。
そのため同時に駆使されるのがパッシブコントロールと呼ばれる一連の方法。これは主に、周辺の環境を整備することで、鳥や動物が集まらないようにすることを目的にしています。
パッシブコントロールをする上で重要になるのは、植物の管理、そして水場の管理です。
植物の管理
空港の滑走路周辺には着陸帯と呼ばれるスペースが設けられており、そこには一面に草が植えられています。
着陸の時に万一滑走路から外れたときのクッションの役割を果たすほか、土を覆うことで砂埃がエンジンに入り込むことを防ぐほか、有害な気流を抑える効果もあるのです。
ただし、草が伸びすぎると鳥の隠れ家になってしまって困りもの。そのためどこの空港でも定期的な草刈りが行われています。
BASHマニュアルにもその旨が記載されていますが、具体的な頻度や草の高さまでは書いていません。なぜなら場所によって生えている植物も住んでいる動物も違うので、空港ごとに周辺地域の分析をした上でそれぞれの管理計画を作るよう記載されています。
日本の例をみてみましょう。例えば大阪国際空港では、年3回草刈りが行われています。
年間で刈られる草の量はなんと年間900トン。これだけの量の草がどこに行くかといえば、奈良公園の鹿の飼料として有効活用されているとか。
水場の管理
水は生き物に欠かせないもの。周辺に水場があれば野生の鳥や動物が集まってくるので、付近にあれば取り除くことも重要になってきます。
最も有効なのは池などの水場を取り除くこと。長雨の後には池ができていたりするため、周辺状況を定期的にチェックすることも大切です。
この他、嵐や洪水の後は新しい池ができたりもするのでその見回りや、排水溝周辺の清掃もするように勧められています。
農業・畜産管理
空港の周辺に畑や放牧地がある場合も注意が必要です。
畑を耕せば土の中の虫が出てきて鳥の餌になり、作物を収穫して置いておけばやはり生き物が集まってリスク要素になります。
農作業のタイミングを調整してもらう、作物の取りこぼしのないように対策してもらうなど、周辺の農家との協力体制構築が欠かせません。オランダのスキポール国際空港はひとつのモデルケースでしょう。
ここはカナダガンとの衝突が多い空港でした。カナダガンは体重4~5kgにもなる大型の鳥。吸い込んでも耐えられる飛行機のエンジンはないほどのサイズです。
スキポール空港の周辺には小麦や大麦の農地がありました。カナダガンが集まっていた理由は、収穫の時に取りこぼしが落ちていたのが原因だったのです。
そこで空港は周辺の農家に対し、処理費用は空港が負担することを条件に、穀物の取りこぼしを48時間以内に処理してもらうよう協力を取り付けました。これが功を奏し、カナダガンは激減。バードストライクによる事故のリスクを大幅に下げたのです。
まとめ
バードストライクの対策は、ただ鳥を追い払うだけではありません。
長期的に有効な対策を取るには、周辺環境と動物との関わりという、複雑な要素の分析と働きかけが必要になります。
飛行機の運航はそれ自体が込み入ったシステムを要するものですが、安全を保つための環境整備もまた、相応に巧妙な方法を取る必要があります。