潜水艦乗りの生活は辛い。そんな話を前回の記事でご紹介しました。
しかし、彼らはどうしてこれほどまでに過酷な艦内に閉じ込められて作戦に従事しなければいけないのでしょう?
例えば、燃料から電力を生み出す効率の悪かった大戦時でも、米空母の中にはアイスクリームの製造機がありましたし、戦艦大和での生活はホテル(通称、大和ホテル)のようだったと言われています。現代の潜水艦ですらろくにシャワーも浴びれないのに、海上を行く船がどれほど快適な生活を送っていたことか。そしてそれは、現代の潜水艦と海上艦でも(原潜を除き)変わりません。
彼らがこのような生活を送らなければなら無い理由。それは、彼らの作戦目的と潜水艦の特性にありました。
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海中を航行する潜水艦の秘匿性
ステルス戦闘機が幅を利かせるようになった今日でも、潜水艦の秘匿性は群を抜いています。
というのも、別の記事でも紹介しているように、潜水艦の位置を特定する方法はほぼ「音(ソナー)」一択だからです。一応、「熱」で探知することも出来るのですが、水面近くにいる時ぐらいしか意味を成しません。
では、「音」で探知するというのは一体どういうことなのでしょうか?
日常生活に当てはめてみましょう。飛行機や車、船の位置を音で判断する事は出来ますよね。飛行機も車も、船も、どんな乗り物もエンジンで動いているので大きな音が出ています。このおかげで人は目で見なくても、飛行機や車が近づいている事を耳で感じ取る事ができます。特に、光のない暗闇では音だけが頼りですよね。
そうなんです。海の中と言うのは、光の届かない暗闇です。だから、音で周囲を把握する他ないんです。
言ってみれば、潜水艦と言うのは地面の中を動きまわって地上からは絶対に見えないモグラのようなもの。もしくは、彼らは常に光が届かない世界に住み、目で見ることは出来ず、強いて言えば音しか出しません。
喩え話はともかく、技術の進歩した現在、空や陸、海の上であれば、レーダーや人工衛星を使って間接的に「見る」ことが出来ます。その範囲はあまりにも広く、衛星に至っては地球全体を把握できるレベルです。しかし、海の中ではそれが叶いません。海の中では電磁波の類が広がりにくく、レーダーやカメラなどは使い物になりません。そのため、物が動く時に発生する振動が水を伝って広がる「音」で物の位置を判別するしかありません。これは、海の生き物にも言えることで、イルカやクジラは音波を使って広範囲を探索する事ができます。
「音って動かなければ出ないよね? 動かない潜水艦は見つからないの?」
と言う疑問が浮かぶでしょう。実は、殆どその通りです。
原子力潜水艦は核燃料を冷やし続けなければいけないので、完璧に「止まる」事はできませんが、通常の潜水艦は完全に停止する事ができます。エンジンを切って、乗務員も息を潜めて、全ての動力を止めれば完全に無音になります。潜水艦がそうなってしまったら見つけるのは非常に困難です。
どうしても見つけたければ、探す側が大きな音を出して反響する音に期待するほかありません。山奥で大声を出すと声を帰ってくるアレです。水中の真ん中に異物があれば、どうしてもそれに音が跳ね返って普段とは違う音が返ってきます。潜水艦が出す音を聞くのが「パッシブソナー」と呼ばれる一方で、音を出して反響する音を聞き取るのは「アクティブソナー」と言われます。しかし、これも万能ではなく、潜水艦が海底にくっついていた場合、反響する音は海底の凹凸と区別が付きません。
実際のところ、海底の凹凸に隠れて無音状態になった潜水艦を見つけるのはほぼ不可能に近いです。探す側が海底の凹凸を完璧に把握していた場合は反響の違和感に気付くかもしれませんが、普段から測量をしっかり行っていないと出来ないため超高等技術です。そもそも、沈没船と区別が付きません。
つまるところ、潜水艦が本気を出せば、絶対に見つからずに隠れ続ける事ができるといえるのです。
潜水艦の任務とは?
潜水艦の特性が、「見つかりにくいこと」にある事は分かりました。
では、それで何をするのでしょうか?
よく、潜水艦は海の忍者などと呼ばれる事がありますが、それは任務が忍者と殆ど変わらないからです。
忍者の任務は、「偵察」「暗殺」「工作活動」です。これは潜水艦も同じです。
もし人がモグラと話せたとすれば、危険な任務は全てモグラに頼むことでしょう。地中を掘り進むモグラを敵が見つけることは出来ず、敵の陣地のと真ん中に突然現れる事ができます。これを活かして、潜水艦は敵地の奥深くに侵入して情報収集を行ったり、見つからないように接近して魚雷で敵を倒したり、こっそりと罠(機雷)を設置したり、工作部隊を送り込んだり。核兵器が生まれてからは、最終兵器をいざという時のためにこっそり隠して置く任務も増えました。
とにかく、コソコソするのが潜水艦のお仕事です。
そんな潜水艦の価値が大きく認知されるようになったのは世界大戦です。
具体的にどんな活動をしていたかというと、真珠湾攻撃などの大きな作戦前に敵地の情報を送ったのは潜水艦ですし、武器弾薬や兵員を満載した輸送船を次々に沈めて妨害工作を行ったのも潜水艦です。さらに、空母や戦艦といった戦闘中は厳重に守られている強力な船を防備の緩んだ隙に沈めたのも潜水艦でした。
潜水艦の乗組員はせいぜい数十人。船の大きさも数十メートル。それが、乗組員が数百人いる百メートル超えの空母や戦艦を沈めるのですから、相当な活躍をしていたといえますね。まあ、そんな獲物を仕留められる事は滅多にありませんが。
発見されたら終わり、逃げるが勝ちの潜水艦
さて、隠密行動に秀でた潜水艦ですが、音を出せば見つかってしまいます。
一度見つかってしまうと、多くの場合潜水艦はあっさりと沈みます。もちろん、すぐに音を消して逃げられればいいのですが、逃げようとして動いても音が出るのです。そして、その音を探知されれば近づかれて攻撃を受けるので、攻撃を受けたら(原潜は除き)潜水艦は非常に軽く(小さく)作られていて装甲も薄いため、攻撃に耐えられずに即死します。
「重装甲にすれば良い」と、思うかもしれませんがそうは行きません(原潜は除く)。
というのも、「燃費が悪くなるので大きく出来ない」からとか、「直接戦闘しても勝てないから」だとか、「軽く(小さく)して逃げ足を速くした方が良い」だとか、色々理由があるのですが、戦闘というのはそもそも逃げるか敵を倒さなければ終わりません。
潜水艦が集団で動きまわって戦うならともかく、コソコソ戦う潜水艦が一度見つかると大抵は「多勢に無勢」であり、敵を全滅させて生き残る事は期待できません。忍者が敵の城で見つかっても良いように重たい鎧を着込んでいたなどという話は聞きませんよね?
もちろん、群狼作戦のような潜水艦の集団戦法で戦闘力を高める手法も開発されましたが、これらは「小規模な護衛のある船団」に確実に被害を与えるための戦術であり、本格的な戦闘艦隊を倒すほどの力はありません。仮に潜水艦をたくさん集めたとしても、航空機や高速で移動する駆逐艦を潜水艦で撃破するのは容易ではなく、魚雷発射に伴う攻撃音も非常に大きいので、「一度見つかってしまったら逃げるのが最良」と言うのは今も昔も変わりません。
余談ですが、現代ではヘリコプターや航空機がソノブイ(小型のソナー)を海に撒いて水中の音を拾うことが出来るため、潜水艦にとって大きな脅威になっています。また、大戦時であれば浮上していない限り航空機からは見つかりませんでしたが、そもそも当時の潜水艦の電池では長期間潜ったままでいることが出来なかったため、ちょくちょく充電のために浮上した際に見つかって攻撃されていました。そこで、飛行機からは見えない夜間に浮上して充電していたようですが、それに対抗して探す側も航空機にライトを搭載(リー・ライト)したようです。
上述したように、大戦時の潜水艦は浮上航行している時間の方が潜行時間より長かったため、浮上時の航行速度が最大になるように作られていました。そのため、潜水時の速度が非常に遅く、見つかったら遅すぎて逃げられないことも多かったのです。
しかし、現代の潜水艦では潜行時間の方が浮上時間より長くなってきたため、潜行時の航行速度が最大になるように作られています。最大速度が水上艦とさほど変わらなくなっており、見つかっても全速力で移動すれば(高速航行は騒音が大きく危険ですが)逃げられないこともないのです。どちらにせよ、強力な誘導魚雷やミサイルを運用する現代では装甲など無意味ということもあり、重装甲・重武装で大型化するより、戦闘から素早く離脱する方が確実と言えるようになりました。
下図を見ればわかりますが、Uボートと原子力潜水艦は見るからに形状が大きく異なっています。Uボートは長時間海上を航行するので、船のような形状をしていますが、半年近くずっと潜っている原子力潜水艦はもはやただの大きな魚雷のようにも見えますね。
誰にも見つからずに贅沢は出来ない?
潜水艦はコソコソするのが任務で、見つかったら終わり。
と言うのは分かりましたが、何故それが潜水艦乗りの過酷な生活に繋がるのでしょう?
最大の原因は補給が乏しい事にあります。
食料や燃料はもちろん、酸素ですら限られている潜水艦です。補給を行うには、陸に戻るか物資を満載した船に合流する必要がありますが、それらを敵に見つからずに行うのは至難の技です。浮上などはもってのほか。
陸に戻れば任務は果たせませんし、物資を満載した船は敵からバレバレなので安全な海域にしか展開しません。仮に輸送潜水艦なるものを作り、海中で静かに接続して物質を輸送すると考えて見ても、そもそも「見つからずに敵地に物資を輸送できるなら、そのまま任務を交代した方が早い」ので何やら意味不明です。常に輸送潜水艦を引き連れた艦隊運用と言う手法もありますが、艦隊規模で潜水艦部隊を構成する場合、音源が増えるということは、見つかる可能性が数倍に膨れ上がるということなので、潜水艦の利点が失われることにもなります。
つまり、長時間敵に見つからずに活動するためには、可能な限り単独で行動し、誰とも接触せず、物資の消費は最小限にするべき。ということになります。要は引きこもり、誰とも話さず、宅配便も頼むなということです。きっと、近所の人は部屋に誰もいないと思うでしょう。
何はともあれ、そこが他の水上艦船とは大きく違うところです。
近づかれたら絶対に見つかる前提で行動する海上の艦船は、物資が足りなくなれば輸送船を待てば良いですし、輸送船を含んだ艦隊を運用する事もできます。特に酸素が潤沢なのは大きく、排気や騒音を気にする事無くエンジンを動かして発電したり、純水(淡水)を生成することが出来ます。
さらに、潜水艦は何でもかんでも、「静かに」しなければいけないため、音が出るものは全て制限されます。
これはエンジン音だけではなく、「搭乗員の生活音」も含まれます。足音はもちろん、ドアの開け閉め、トイレの使用、物の落下音、など多くの事に気を払わなくてはいけません。ただし、それが「船体に響く音」でなければ大丈夫なので、空気を震わせるだけの声などはセーフです。
極端な話、水に触れている部分(船体)が振動しなければ海中に音は伝わりません。ですので、エンジンの振動を吸収するサスペンションなどを使って、可能な限り振動が外(海中)に伝わらないような工夫が施されています。
まるで壁の薄い集合住宅で生活するような潜水艦の乗りの暮らしですが、何にせよ・・・音も立てずにコソコソ生活するのは苦労が耐えないということなのですね。
【第3回へ続く】