前回の記事では、潜水艦がどのようにして敵を見つけるかについて簡単にご説明しました。さて、敵を見つけたら今度は戦闘です。
海中の戦闘は海上の戦闘とは全く異なります。陸、海上、空の戦いは電波技術の進歩により飛躍的に変化しましたが、実は海中の戦いは世界大戦以来大きく変化していません。イージス艦が最強だとか、ステルス機が最強だとか、無人機が陸と空を跋扈するだとか・・・潜水艦とは無縁の話。
イージス艦のハイテクレーダーも、ステルス機の隠密性も、沢山の無人機も、未だ潜水艦の脅威にはなりません。海中にイージス艦のレーダーは届きませんし、潜水艦は世界中のどのステルス機よりも隠密行動に優れています。海中に無人潜水艦を送り込んでも、無人機の情報は結局浮上して電波を使うか、母線に繋がった有線で受け取るしか無いのです。
潜水艦が登場して百五十年が経った今でも、潜水艦と言うのは独自の立ち位置を取り続けています。
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海中を高速で進む爆発物、魚雷
魚雷というは、爆薬を積んで海中を航行し、敵船に衝突して爆発する兵器です。潜水艦の登場以前から存在し、海上船舶に搭載して使用されていました。
そして、魚雷と言うのは海上船舶を沈めるための兵器では最も強力な兵器であると考えられています。というのも、船を沈めるために最も有効なのが船の内部に海水を入れることであり、海水を入れるのに最も有効なのが喫水線下(船が海水に触れている部分)に穴を開けることだからです。
魚雷は海中を潜航し、視認しにくい上に船の底部付近で爆発して船体に大きな穴を開けます。当然、その穴から海水が勢い良く入っていけば、船はそのまま沈んでしまいますね。現代艦船の構造と魚雷の破壊力であれば、殆どの艦船が魚雷を喰らえば一撃で沈みます。イージス艦はもちろん、巨大な原子力空母でさえ、魚雷が急所に当たれば一発で沈み兼ねないほどの威力を持っています。
これは、爆薬が進歩してミサイルや魚雷の破壊力が向上したというのもあるのですが、兵器の破壊力を装甲で防ぐより、装甲を軽くして「素早く避けるか、撃ち落とした方が良い」と言う考え方が現代では浸透している事にも理由があります。事実、魚雷はミサイルと比べれば遥かにゆっくり進むため、戦闘艦の速度(最大時速60km前後)で移動しながら避けるのが一番なのです。
誘導装置
さて、そんな魚雷ですが・・・爆薬も誘導原理もミサイルなどとは大きく異なります。というのも、水中では爆風や破片等の威力は水の抵抗であっという間に減衰されてしまうからです。当然、電波誘導したくともミサイルが使っているような電波は届きません。
そのため、誘導に関しては別の記事でもご説明しているように音や赤外線誘導で行われます。しかし、音だけで追いかけても、音を出すデコイや、回避運動時に巻き起こる泡や騒音で機械はごまされてしまいます。そこで、昔ながらのカメラと有線誘導なども駆使して、「今のタイミングでこの音がするのはデコイだ」とか、「泡と騒音で何も聞こえないが敵はここにいるはずだ」とか、逃げる側と攻撃する側で人と人との駆け引きが行われます。
空や海の戦闘は機械的にミサイルやデコイによって大部分が半自動的に行われますが、海中の戦闘は昔ながらの人と人の戦いが綿々と続いているのですね。
ちなみに、昔の魚雷には誘導装置などはありませんでしたので、距離と位置を計算して攻撃していました。その際、電波測距儀など、電波を出す装置は見つかってしまうので使えません。目標の実際の大きさと見かけ上の大きさから距離を割り出していたそうです。そのため、距離を誤魔化すための対抗手段として、海上船舶の中には大きさが分かりくくなる様な塗装や進行方向が分かりにくくなるような形状が採用された艦船もあるようです。あまり効果は無かったようですが、試みとしては面白いですよね。
爆薬
次に爆薬です。爆風や破片で船体を破壊できないわけではないですが、その分沢山の爆薬を積まなければいけませんでした。しかし、バブルパルスと言う水中で発生した高圧ガスによる泡の振動効果が解明されると、それを利用した水中爆薬(トーペックスやHBX)が発明されます。これにより、水中爆薬の破壊力は飛躍的に高まりました。
このバブルパルスと言うのは、高圧ガスが水中で微細な泡となって勢い良く膨らむと、膨らみ続けている内に勢いがなくなって水圧に負けて縮み始め、ある程度縮むと今度はガスの圧力が水圧に勝ち始めて膨らみ始めるため、振動の様になる現象のことです。まあ、ゴムやバネが縮んだり伸びたりするのと要領は変わりません。似たような原理で起こる現象にキャビテーションがあるので、そちらのほうが馴染みがあるかもしれませんね。
これを利用して、強烈な圧力を船体に与えることが出来るのですが・・・原理が非常に面白いのです。下の図を見て下さい。
まず、爆発で高圧ガスが発生します。高圧ガスが泡となって膨らんで途中で水圧に負け始めた時、泡は縮もうとするのですが、壁や船体に泡が接している場合、壁側から掛かる水圧は壁がない側の圧力より低くなります(一番左の泡)。すると、水の圧力は片側に集中し始め、泡の圧力だけでは耐えられなくなって、反対側へと貫通します。例えるなら、両手でゴムを引っ張って片方だけ離してみたと言うイメージに近いでしょう。勢いを殺しきれずに、ゴムを持っている方にバチンとゴムはぶつかりますよね。
このバブルパルスが大量に、且つ高圧・高速で発生すれば破壊力は凄まじいことになります。潜水艦の兵器というのは、魚雷一つとっても非常に独特なのです。
これらの魚雷が進む際には、内蔵エンジンでスクリューを高速で回したり、ウォータージェットを噴出して推力を得たり、場合によってはロケットエンジンを使って勢いよく航行する魚雷もあります。基本的にこれらの魚雷は、水の抵抗を受けるためにどんなに速くても50ノット(90km/h)程度しかでません。船よりは早いですが、ミサイルと比べれば遥かに鈍足です。しかし、スーパーキャビテーション(水中を高速移動する物体の周囲に気泡が出来る現象)を利用した特殊な魚雷などは、気泡を纏うことで水の抵抗を減衰し、200ノット(360km/h)で進むことが出来るそうです。
余談ですが、第二次世界大戦開始時には日本の魚雷技術が世界の最先端を行っており、航空機から投下できる魚雷(世界初の航空魚雷)、航跡が見えない、射程が長い、破壊力が高い、など非常に優れた魚雷(酸素魚雷)を持っていました。そのせいで、魚雷を搭載する駆逐艦や巡洋艦が雷撃重視で設計され、対空装備が疎かになったと言う話もありますが、日本軍にそれほど期待させてしまうほど、魚雷と言うのは戦局を変え得る力を持った兵器だったのですね。
対地、対艦、対空兵器?水中だけじゃない潜水艦!
潜水艦といえば魚雷。そう思われるかも知れませんが、多くの潜水艦が魚雷以外の兵装を積んでいます。
対地・対艦攻撃装備
対艦攻撃と言うのは魚雷で事足りるのですが、この場合は海上から攻撃する対艦兵器の事を指します。というのも、魚雷は鈍足なので、遠くから撃ったとしても、着弾までに様々な対抗措置が取れるからです。また、地上の設備を魚雷で攻撃する事はできず、海の上や地上を攻撃できる装備というのは多くの潜水艦に要求される装備でもありました。
そこで、昔の潜水艦に必ずと言って良いほど搭載されたのが甲板砲です。
「潜水艦なのに砲撃?」と、思うかもしれません。
砲撃は水中からは出来ませんので、当然浮上してぶっ放します。危険際まりないのですが、魚雷の本数には限りがありますし、武装した敵がいなければ、非武装の敵に対しては有効な兵器です。近くに武装艦や航空機がいればすぐに攻撃を受けるので、砲撃は大胆かつ慎重に行わなければなりません。ちなみに、昔の潜水艦と言うのは航空機の機銃でも沈みかねないほど薄っぺらい装甲でしたので、対空機銃ですら脅威でした。
ちなみに、その場合は左図のような魚雷の形をした殻の中に対艦ミサイルを格納し、発射された対艦ミサイルのパッケージは海面目指して普通の魚雷のように航行します。そして、水面に出た瞬間に殻の中から対艦ミサイルが発射され、対艦ミサイルは水の抵抗が無くなった海の上を普通のミサイルと同じように飛んでいきます。
当然、対艦ミサイルは魚雷より高速で飛翔し、魚雷より射程が長いので、遠くの目標に対して安全に攻撃するのに非常に使い勝手の良い兵器となります。
ただし、この手の兵器の欠点として、潜水艦が音で敵を発見する一方でミサイルは電波で目標に向かうため、別の目標に向かって飛んで行くリスクがあることです。潜水艦が潜望鏡深度まで浮上し、電波系の探索機器を使えば精度を高める事も出来ますが、基本的には大まかな位置だけ入力して発射します。そのため、敵方の対抗策としては、重要な船舶を素早く退避させて、護衛艦がミサイルの迎撃を行うことで重要な船舶を守ると言う方法もあります。
対空兵器?空の目標と潜水艦が戦う?
潜水艦にとって、航空機やヘリと言うのは天敵以外の何者でもありません。というのも、航空機は海中に音を飛ばさないため、場所がわからないからです。一方で、航空機は集音機器を海中に投下して、電波や有線(ヘリの場合)でその情報を受信する事ができます。
つまり、航空機は潜水艦を一方的に見つけられるのに、潜水艦は航空機を見つける術が無いということなのです。無論、対空レーダーや電波探知機で航空機の位置を探る事は可能ですが、海面スレスレか浮上しないと使えません。そのため、一般的な対潜哨戒機対策としては、潜水艦は海の奥深くに沈んで隠れる他ありません。
それでも昔の潜水艦は充電のために頻繁に浮上する必要があったため、航空機と戦う術が必要でした。ですので、大戦時の殆どの潜水艦に対空機銃が装備され、航空機とも戦えるようになっています。ちなみに、機銃と言っても一つか二つしか無いので、実際に落とせる事は稀です。しかし、もし何もついていなければ、航空機はのんびり潜水艦をなぶり殺しにできるので、搭載しないわけには行きません。一つでも機銃がついていれば、航空機は多かれ少なかれ回避運動を取りながら攻撃する事を強いられ、潜水艦の生存率が高まるのです。
では、現代はどうでしょう?
実は、対潜ヘリコプターの登場で、潜水艦にとっての脅威は飛躍的に増大しています。ヘリコプターが対潜哨戒の主力になるまでは、航空機はソノブイ(遠隔操作の集音機器)をばら撒いて偵察するだけでした。ソノブイは小型で、集音能力には限りがあります。なにより、自由に移動したり深度を変えたりできません。そのため、潜水艦はソノブイを見つけた(聞こえた)ら、静かに離れるだけで良かったのです。
しかし、対潜ヘリは違います。ソノブイより高性能のディッピングソナー(吊り下げ式集音機)をヘリコプターから海中に投下し、深度や位置を変えながら集音活動を行えます。特に恐ろしいのが、一旦潜水艦らしき音を聞きつけたら、ジワジワ潜水艦に近づいてずっと哨戒し続けられることです。ディッピングソナーは最新型では深度500mくらいまでソナーを下ろせるため、より深く潜るか着底しない限り逃げ切ることが難しいです。
当然、ヘリには魚雷や爆雷も搭載され、潜水艦だと判明したらその場で攻撃を仕掛けて来ますし、近くの艦船に攻撃を要請することもあります。そして、一度見つかったら潜水艦は逃げる事以外出来ません。これが、艦船なら魚雷で反撃も出来ますし、ホバリングの出来ない航空機なら隙を見て逃げることも出来るでしょう。しかし、相手がヘリコプターでは、潜水艦はヘリの燃料や弾薬が切れるまで逃げまわるか、じっと音を出さないように身を潜めるしか無いでしょう。
そこで、近年では潜水艦搭載型の対空ミサイルの開発も行われ、様々な方式が検討されています。まだまだ一般的な装備ではありませんが、対潜ヘリに対する護身用として配備が広がる日も近いです。
海では最強との呼び声も高い
対空戦闘能力は殆どありませんが、艦船に対する戦闘力は水上艦最強のイージス艦以上です。
力関係的には、「イージス艦>航空機>潜水艦>イージス艦」のように、実はジャンケンのような力関係になっています。海上艦船の対潜哨戒能力は低く、潜水艦が先に海上艦船を発見し、潜水艦に攻撃されて初めて潜水艦の存在に気付くことが殆どです。
そのため、海上艦船は必ずと言って良いほど対潜ヘリコプターを搭載し、対潜ヘリが艦隊から遠く離れた場所で対潜哨戒を行います。つまり、海上艦船は自身の対潜哨戒能力の低さを対潜哨戒機で補うことで、潜水艦との戦闘を可能にしています。
さらに、純粋な攻撃力で見ても、巡航ミサイルを含め、最大射程を持つ対艦ミサイルを双方が保有しているため、攻撃範囲に於いては海上艦船と潜水艦は同等といえます。海で最大火力を持つ魚雷に関しても、艦船にもよりますが双方「空飛ぶ魚雷」を搭載可能です。空飛ぶ魚雷というのは、一旦空を飛行した後に着水してから魚雷になるというもので、長射程の魚雷と考える事ができます。
攻撃力は同等、しかし索敵能力と隠密行動能力に大きな差があり、無音航行中の潜水艦の隠密行動能力を鑑みれば、潜水艦が海では最強と考えることが出来ます。対抗できるのは対潜哨戒機ぐらいです。
近年、就航予定の日本最大の護衛艦「いずも」も、ヘリ母艦に分類されてり、多数の対潜哨戒ヘリを搭載する予定です。空母と見紛わんばかりの巨大護衛艦「いずも」がなんと潜水艦と戦うための護衛艦だというから驚きです。
大型ヘリ空母「いずも」の存在然り、最新鋭潜水艦「そうりゅう」の存在然り、高性能レーダーと人工衛星が当たり前になった世界において姿の見えない潜水艦が如何に脅威かというのがよく分かりますね。
【番外編へ続く】