前回の記事では、十二指腸の機能について扱いました。短い器官でありながら、食物の流入と同時に強力な消化液である膵液を分泌すると言うのは、その後に食物が流れる小腸において非常に重要な役割を果たします。
小腸といえば消化吸収を行う、全長数メートルに及ぶやたらと「長い」器官です。そして実は、「消化」においては最終工程を担当する器官でもあります。一方、小腸に続く大腸では「消化」は殆ど行われません。吸収においても、小腸で大半の栄養素が吸収されるようになっています。
小腸は一般に「空腸」と「回腸」分けられますが、これらについてもご説明していきます。
消化器官のしくみシリーズ
・「唾液(腺)」-炭水化物の消化や口内殺菌を行う
・「食道と咽(喉)」-何故食べ物が詰まるのか?気管と繋がっている理由
・「胃と胃酸」-胃液と消化酵素、胃が溶けない理由とは?
・「十二指腸と膵液」-全ての栄養素を消化する、胆汁の変わった機能
腸絨毛、腸全体に広がる栄養吸収の絨毯
腸の最大の特徴言えるのが、腸の内側全体に広がるその絨毛でしょう。
絨毛と言うのは腸内にあるイソギンチャクの触手のような小さな突起物のことで、腸の内側にずらっと並んでいます。あまり緻密に敷き詰められているので、よく見ると確かに絨毯の様に見える器官です。
こう言った細かな凹凸を作ることで、腸内細胞や毛細血管が栄養素に触れる機会を増やし、確実に栄養吸収が出来るようにした器官です。この細かな凹凸を含めた腸の表面積はテニスコート一枚分とも言われますが、いまいちイメージが掴めないかもしれません。
例えるなら、そのまんま絨毯や毛布と同じような機能と言っても良いでしょう。絨毯や毛布は、表面の細かな毛の中に空気を蓄えるので、熱が逃げにくく暖かいです。一方で、これらは水などをよく吸収することで有名です。一部の絨毯には撥水加工などがされているので一概には言えませんが、柔らかな絨毯や毛布を洗濯すると、水を大量に吸って信じられないくらい重くなりますよね。
これは、絨毯や毛布に使われている「毛」が空気の代わりに水を取り込んだせいなのですが、もっと言えば、「細かな毛」が集まると水に触れる部分の表面積が増え、沢山の水を吸着出来るということでもあります。
仮に絨毯を丸めて擬似的な長い腸を作り、そこにおかゆを流したら殆ど中身は流れてこない筈です。一生懸命振っていれば、そのうちポロポロと米粒状の物体が落ちてくるかもしれませんが、水分の大半は絨毯に吸収されてしまっている筈です。
腸内で行われていることも似たような事で、液状になった食べ物は「絨毛」によって絡め取られながら小腸を進み、栄養素はそのまま吸収されていきます。余った固形物が小腸を通り越して、大腸に入り、排泄されます。
(左が絨毛、右が微絨毛)
上図が腸の絨毛です。この絨毛の上を食べ物が通って行くのですが、どう考えても小さな栄養素達は隙間に入り込んできます。そして、一旦隙間に入ってしまえば後は絨毛の表面に吸収されるのを待つのみです。
さらに、驚くべきことにこの絨毛には微絨毛と呼ばれるもっと小さな絨毛がくっついています。電子顕微鏡じゃないと見えないレベルの大きさです。絨毯や毛布に例えたのはこのためで、絨毯や毛布も肉眼で得る大きな起毛の中に小さな起毛が沢山ついていて、上図の様な関係になっています。
実際に栄養素を吸収しているのはこの微絨毛たちで、腸液という消化液によって消化・分解された栄養素、ブドウ糖(元は炭水化物)、アミノ酸(元はタンパク質)、脂肪酸(元は脂肪分)などが吸収されていきます。
余談ですが、絨毯などの繊維は実際には表面積の効果だけではなく、繊維の中に小さな空間を作って気体や液体を「保持」する機能も持っているので、厳密には絨毛と同じとはいえません。とは言え、表面積が増える効果と言う意味では、絨毛の効果の例えとして分かりやすいかと思います。
腸液、小腸表面を覆って最後の消化を行う消化液
「先ほど腸液によって消化された」と言いましたが、小腸には腸液と呼ばれる消化液が分泌されています。腸液は小腸の表面からじわじわ滲み出るように出ているアルカリ性の液体で、胃液や膵液の様に常に大量に分泌されているものではありません。しかし、絨毛の表面を覆うように分泌され、腸液の中に入った栄養素は腸液の中で分解され、絨毛に付着し、吸収されます。
ただ、小腸が消化の最終工程を行うと言うお話はしましたが、あくまで最終工程、消化の仕上げであって、腸液だけで全部やってくれるわけではありません。腸液による分解・消化は、あくまで主役である「唾液」「胃液」「膵液」の活躍があって始めて働けるようになります。
と言うのは、腸液は「炭水化物」「タンパク質」のままでは分解出来ないからです。この二つに関しては、上述の三種の消化液(唾・胃・膵)によって、かなり細かく吸収されやすい形に分解されていなければなりません。脂肪に関しては腸液だけでも消化可能ですが、脂肪はそのままでは水に溶けずに固まっているので、胆汁と絡めないと非常に消化しにいので、どちらにせよ腸液だけでは厳しいでしょう。
人の食事に例えて見ましょう。炭水化物が牛だと仮定すると、牛は予めざっくり切って加工した上で、焼いてナイフとフォークで皿に乗せなければ食べられません。腸の絨毛が食卓なら、ナイフが腸液で、フォークが微絨毛かも知れません。毛細血管やリンパ管と言う体内の栄養素の通り道へ栄養を送るには、かなり細かく元々の食べ物を分解しなければいけないのです。
ちなみに、腸液には「マルターゼ」「スクラーゼ」「ラクターゼ」と言う糖類の消化酵素と、「アミノペプチダーゼ」と言うペプチド(タンパク質がちょっとだけ分解された物質)の消化酵素、そして「リパーゼ」と言う脂質の消化酵素が含まれているので、食物の最終的な消化が可能になっています。
逆にいうと、今までの三種の消化液(唾・胃・膵)に含まれる消化酵素だけでは、(脂肪を除いて)十分に分解出来ていなかったと言うことでもありますね。
空腸と回腸、同じようで少し違う腸の部位
小腸は大きく分けて、胃に近い前半4割が「空腸」、肛門に近い後半6割が「回腸」と分けられています。空腸はいつも空っぽだから、回腸は見た目的にうねうね(回るように)しているから、なんて結構軽いノリで名前がついていますが、結構重要な違いがあります。
空腸には絨毛と筋肉が沢山ついており、腸液が分泌されるのも主に空腸。つまり、消化吸収を最も高い効率で行えるのが空腸です。筋肉が活発に動き、勢い良く内容物を押し出して先に進めるので、食べ物が結構早く通り過ぎて行くのでいつも空っぽなどと言われています。
一方で、回腸は絨毛の数も筋肉も少なめ。リンパ節が多く、脂肪酸の吸収効率が高いのが特徴ですが、全体的に栄養素の吸収力は低くなっています。しかし、腸の筋肉が少ないことで食べ物がゆっくり進むので、全体で見ると空腸の吸収量とくらべて大きな差異があるというわけではありません。
空腸はご飯を食べる量が多いが食べ終わるのも早い。回腸はご飯を食べるのが遅いが食べ終わるのも遅い。結果的に、食べてる量は似たようなもの。と言う感じです。
まあ、空腸は上に胃がくっついているため、もたもたしていると次の食料が届いてしまうのに対して、回腸は下が肛門なのであまり急いで食べ物を送ると消化が足りなくなって、トイレが近くなってしまう。と言う、深刻な事情があったりします。
ちなみに、腸内細菌が活発に活動し始めるのも回腸からです。腸内細菌については大腸で扱いますが、腸内細菌の役割というのも案外馬鹿になりません。
小腸で栄養分の大部分が吸収され、大腸へ
小腸で食べ物の栄養分の大半が吸収されると、大腸へ送り届けられます。
時折、小腸で栄養、大腸で水分を吸収するという表現がされることがありますが、実際には水分も含めて小腸が大部分吸収してしまっています。
単に、食べ物は水分(各種消化液含む)に溶かしておいたほうが扱いやすく、小腸で全部吸収してしまうと後々困るから少し残しておき、小腸で残しておいた水分を捨てるのもはもったいないから大腸で回収する。
と言うイメージの方が近いかもしれませんね。
そんな残飯処理的な大腸ですが、実は腸内細菌の住処としても有名です。さらに、彼らの働きと便の調子で体調まで分かってしまうと言う優れた器官でもあります。
余談ですが、腸の長さは動物の食生活によって大きく異なります。肉食動物や雑食系の動物は比較的腸が短く、栄養吸収にかかる時間もかなり短くなっています。一方で、草食動物は腸が非常に長く、胃も反芻のために複数用意されています。体の大きさは同じくらいでも、消化器官そのものの長さは肉食動物の10倍などはザラです。
これは、摂取する食べ物が栄養素の殆ど存在しない草類だけで、消化というよりは体内のバクテリアで栄養を作りながらゆっくり消化吸収しているからだったりします。人間でも実は腸内細菌を使った栄養生成は出来るのですが、草食動物ほどではありません。
そんな腸内細菌と大腸の働きについて、次回の記事で取り扱います。
【消化器官のしくみ(7):大腸と腸内細菌】