輻射熱という言葉をご存じですか、これは輻射という熱をもった物質が放つ電磁波が別の物質にぶつかって熱に変わった時に発生する熱のことを言います。
この説明は定義としては正しいのですが、いまいちピンと理解できません。なんだか、物理の実験だけで出てきそうな単語です。しかし、実は輻射熱というのはかなり身近な熱なのです。
太陽も、電子レンジも、ストーブも、床暖房も、人がそれを温かいと感じるのは輻射熱のおかげなのです。身近なのに身近に感じられない輻射熱について、分かりやすくご説明していきましょう。
2023年7月15日加筆
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そもそも熱とは何なのか?
まず、輻射熱を語る前に、熱についてご説明しましょう。
熱と言うのは、物質(分子)の振動や運動の大きさことです。温かい物質は分子が沢山のエネルギーを持ち、沢山振動したり動きまわったりしています。簡単に物質の三態のおさらいをしてみましょう。
(物質の三態―サントリーHPより)
上は水分子ですが、凍っているときはほとんど振動せずに小さく震えている程度です。しかし、そこに熱を与えると、水分子の振動が激しくなり、遂にはじっとしていられなくなって動きまわります。これが液体の水になった状態です。そして、その水に更に熱を加えると、分子の動きは非常に活発になり、まとまりのない状態になって何もない空間に飛び出してしまいます。これが気体です。
熱の状態と言うのは、物質がどれだけ激しく動きまわっているか、ひいては物質(分子)がどれだけのエネルギーを持っているかということを意味します。エネルギーというと抽象的ですが、普通に運動量と考えてくれても構いません。
伝導熱
そして、この熱をもった物質が別の物質にぶつかると、その振動や運動のエネルギーが別の物質に分け与えられるため、熱が伝わります。これを伝導熱と言います。ちなみに、分け与えた方の熱は分け与えた分だけ減っています。
身近なところでは、人が熱いもの触った時に伝わってくる熱が伝導熱ですし、シャワーを浴びて体が暖かくなるのも伝導熱のお陰です。また、料理をするときに沸騰したお湯に具材を入れて温めるのも伝導熱の成せるわざですね。
伝導熱では、この「物質同士が直接ぶつかって熱を分け与えている」というのがキモで、何らかの形でそれを遮断できれば、熱は伝わらなくなります。
例えば、気温の高い部屋に入って温かいと感じるのは、空気が体にぶつかって空気の熱を貰っているからなのですが、逆に寒い冬に外にでると寒いのは自分の体が空気にぶつかって空気に熱を分け与えてしまっているからなのです。そこで、コートを羽織ると空気に熱をもった体がぶつからなくなるため、熱を奪われなくなるのです。
薄いコートだと隙間から空気が入り込みますが、分厚いコートであれば隙間から空気が入ることもありません。また、羽毛が入ったダウンコートや布団は布団の中に空気を蓄えこんでおり、その蓄えられた空気が外の寒い空気と温かい体の間に入り込むことで、寒い空気を遮断しつつ体の熱を布団の中に集める事ができるですね。要は、布団が温かいのは体の熱を布団に分け与えて、体の代わりに布団がその熱を蓄えこんでいるからと言えます。
つまり、物や空気で遮断できるのが伝導熱です。
とは言え、遮断した物や空気に熱が伝われば遮断しきれなくなりますね。ちなみに、伝導熱の伝わりやすさは、固体→液体→空気の順に低くなります。それはそうです。気体は皆バラバラに飛び回っているのでなかなか別の気体にぶつかりません。そのため、なかなか熱が伝わらないのです。
次のページから、いよいよ輻射熱の説明です。
輻射という電磁波の発生と「輻射熱」
物質の運動が熱であるということはわかりました。しかし、これだけでは熱を理解しきれていません。
物質(分子)の運動が熱と呼べる一方で、熱をもった物質は動きまわる以外にもその有り余ったエネルギーを電磁波という形で放出しています。
この電磁波が輻射です。そして、電磁波と言うのはエネルギーを持っています。このエネルギーを電磁波に含まれる光子と呼ばれる粒子の運動と言ってもいいかもしれませんが、ここでは純粋に電磁波はエネルギーを持っていると理解して下さい。
そして、この電磁波のエネルギーは物質に当たると一部が熱に変わります。物理学的に正しいかどうかは置いておいて、電磁波の中の光子が勢いよく分子にぶつかってエネルギーを分けたというイメージで理解して頂いてもよいでしょう。
そして、こうして生まれたのが輻射熱なのです。
太陽は熱いです。電磁波(輻射・光)を出しています。そして、それが私達に当たると熱(輻射熱)に変わります。つまり、私達が太陽の光で暖まる事ができるのは、輻射熱があるからなのですね。
さて、物質が輻射熱で暖まる過程をまとめると以下のようになります。
物質A→熱→電磁波(輻射)→熱(輻射熱)→物質B
こう見ると、熱ければ熱いほど電磁波が出て輻射熱が発生するかというと、そういうわけではありません。
輻射熱と言うのは、「電磁波(輻射)→熱(輻射熱)→物質B」の部分が揃っていれば発生します。つまり、熱がなくても輻射熱を作れるのです。
また、同じ熱を持っていても物質によって出す電磁波の種類や量が違えば、その電磁波の種類によっては受け取る側が沢山の熱を受け取れる事もあれば、ほとんど熱を受け取れない事もあります。
後述しますが、電子レンジなどはその原理を利用して、食べ物の水分だけが暖まるような輻射熱の使い方をしています。
身近な輻射熱の原理
身近な所でも、様々な方法で輻射熱を生んでいるものが存在しています。それは自然物であったり人工物であったり様々ですが、一般人が理解しているよりも遥かに多くのところで輻射熱が使われています。
以下に、その例をいくつか挙げてみましょう。
太陽
太陽は核融合によって物凄い勢いで熱と電磁波を発生させています。つまり、太陽の輻射熱は核融合によって発生させられているということです。核融合は現在知られている中でもトップクラスにエネルギー発生能力が高く、無尽蔵と言って良いエネルギーを生んでいます。地球の動植物や自然現象のほとんどが太陽によって産まれているというほどで、輻射熱によるエネルギー提供がなければ、圧倒いうまに人類は死滅してしましますね。
電子レンジ
電子レンジは、電気の力を電磁波に変え、その電磁波を食べ物に当てることで輻射熱を作っています。つまり、「電気→電磁波→輻射熱→食べ物」という過程を経るのです。さらに、水にだけ特に強く作用するような電磁波を使うことで、電子レンジの内壁などを無駄に温める事なく、食べ物だけを効率的に温める事ができるようになっています。
焚き火やストーブ
ストーブや焚き火は周りの空気を伝導熱で暖め、その暖められた空気に人が触れることによっても暖まることが出来ます。しかし、それ以上に大きいのが輻射熱の力です。ストーブや焚き火などの光が顔にあたって「熱い」と感じることがあるのは輻射熱の影響です。
例えば、帽子でもなんでもいいのでその光を遮ってみてください。一気に熱さを感じなくなります。これは、ストーブや焚き火から発せられる電磁波(輻射)の多くが、帽子などで遮断できる可視光だからです。ちなみに、電子レンジなどにはあまり通用しませんので止めておきましょう。
他にも暖房器具の多くが輻射熱を利用しているので、詳しくは別記事:暖房機器の原理と仕組みを参照して下さい。
また、身近な例ではないものの、輻射熱の原理はものを冷やすためにも使われます。冷やすものはなんと宇宙船。
太陽が地球を暖めるのと同じように、宇宙空間に上がった宇宙船も太陽などから高エネルギーの電磁波を受けて暖められます。ただ、真空の宇宙空間では伝導によって熱を逃がすことが難しいため、宇宙船の冷却は大問題なのです。
そこで役立つのが輻射熱のはたらき。暖められた宇宙船の表面からも電磁波が発生するので、それにともなってエネルギーが逃げていけば宇宙船は冷えてくれます。輻射熱を受け取りにくく、かつ電磁波が発生しやすくなれば、暖まるより早く冷えていくので冷却ができるのです。
理屈としては、日差しの強い日に白い服を着るのと同じこと。そのため宇宙船の表面には特殊なコーティングやペイントが施されています。
輻射熱の力
熱の約7割が輻射熱によって発生していると言われています。
それはある意味当然の話で、輻射熱は電磁波で伝わります。つまり、伝導熱の伝わりにくい空気なども簡単に透過していきますし、電磁波の種類によっては壁なども透過して伝わります。
圧倒的に輻射熱は遠くまで届くのです。
最近、やたらと輻射熱を謳う電子機器が増えていますが、なんだか輻射熱を特別なパワーのようなニュアンスで使っているように思えてなりません。
輻射熱とは、非常に身近な熱の伝わり方であって、人々が生きる糧として使われているものです。決して特別なものではないんですけどね。